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―記念文倉庫―
10
未だ蝉たちの鳴き声がちらほら残る庭木の下で、青年は得難い友人の前にばつが悪そうに立った。
それを見つけた幸村は、手にした水まき用のホースを放っぽりだして駆け出した。飛び散る水飛沫が休日の突き抜ける日差しにポロポロと零れ落ちて行く。
地面に落ちて水を吹き出しながら暴れるホースに、メルが何事かとじゃれ付いた。
走り寄って来た同級生は突き飛ばす勢いで政宗に抱きつき、その名を呼びながらわんわんと泣いた。
蝉たちが恐れを成して一瞬鳴き止んだ程だ。
縁側からも、やはり幸村の声を聞きつけて佐助が庭へ降りて来た。良かってねえダンナ、伊達チャンが戻って来て、と言いながら水塗れになったメルを抱き上げる。そのまま片手で、迷惑しているらしい政宗から巨大な蝉を引き剥がした。
佐助の視線は、日差しの中で照れ臭そうに立ち尽くす政宗と、その少し離れた背後に立つ木陰の中の男の姿を一緒に捉えた。
―――おかえり。
と、佐助の口がそう動いて、僅かに政宗の左目が見開かれる。
―――おがえりでござるぅ…!
当然のように告げられる言葉、それはここしばらく青年が言われた事のないものだった。ここに居ても良いのだと感じられる事は何と胸に沁みるのだろう。
蝉たちが思い出したように再び鳴き出す。
不協和音の合唱が降り注ぐ。
降って落ちた先で土の地面に染み込んで行く。
政宗は水浸しのメルを佐助から受け取って、自分のシャツでその体を拭ってやった。トラジローも元気でいるよ、と言われて思わず微笑みに口元が染まる。
片倉は不意に隣に立った巨躯の男をちらと横目で見やった。戻した視線の先では若者たち3人(と1匹)が、ホースから飛び散る水飛沫を巡って走り回っていた。
―――そう言う時はただいま、って言うもんでしょ〜伊達チャン!
―――そうでござる、言うでござるよ!!
―――うるせえ!そんなむず痒いコト言えるかボケ!!
土の地面が水をたらふく含んでぐちゃぐちゃになるのも構わなかった。酷暑の名残を振り払うように木漏れ日の中で光は輝く。
「あんた…知ってたな」と片倉は隣にいる男にだけ聞こえる声で問うた。
それに対して禿頭の大男はちょっと小粋に肩を竦めて見せる。
「儂とてどうしようもなかったわ…。後悔はしないとはっきり頷いたあやつ相手に、それ以上何を言えば良かった?―――ま、今となってはどうでも良い事であろう。雨降って地固まる、と言うしな」
ふん、と片倉は男の訳知り顔な台詞を笑い飛ばした。

それは夏の終わりが見え隠れし始めた日の事だった。


  Altass El ―欺くために―


20110828
   SSSpecial thanks!


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