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―記念文倉庫―
2●
それに追い打ちを掛けるように、背後からぬっと伸びて来た両腕に腰を抱き寄せられて、口から心臓が飛び出るかと思った。
長かった陽も傾いて厳しい暑さは退き、小さな窓が一つきりの台所は灰色の影に沈んでいる。六畳間から差し込むのはオレンジの色味が強くなった夕陽と、わんわんと鳴く蝉の声。
背に当たる男の胸や腹は暑っ苦しいと言うのに、固まった体では振り払う事も出来なかった。
「気に食わねえな…あの野郎…」と耳より上の方から声が降って来る。
「…わ、悪気はねえんだよ!黒田のおっさん、どっか世間からズレてるっていうか、視野が狭えっつーか!」
「そうやって弁護してやってる所とか」
「………っ」
じゃあ一緒になって黒田の悪口でも喚けば良いってのか、と政宗は口を噤んだ。
そうしていると六畳間に引き摺られて行ってドン、と突き倒された。
「あっちいな…」
男は呟きながらシャツのボタンを片手で外して行く。
政宗が尻餅を突いた所には、何故か布団が既に敷いてあって、しかし、そんな事よりも目の前で不機嫌そうにシャツを剥ぎ取って放り捨てた男に視線は釘付けで。
その上半身剥き出しの体が上からのしかかって来て、つい目を閉じてしまう。背中が反る程に抱き込まれ、中にタンクトップを着込んだサファリシャツの裾を掻き上げられる。
汗でベトついた肩から必死に顔を上げて、政宗は声を殺して喚いた。
「ちょっ…と、待てよ!来るなり、これかよ…!」
「来るなり?俺が部屋に来たのは2〜3時間前だ。その間、大人しく待っててやったろ。あんなむさっ苦しい野郎と仲良くお話してるのを」
「………は?」
思わずぽかん、となった。
片倉は体を離して青年の顔を覗き込む。
「男の悋気がどんなもんか思い知れ」
「ちょ…っ!」
りんきって何だ、とは思ったがもしかして嫉妬したのか?くらいは分かった。真剣なのか冗談なのか判別のつかない曖昧な男の顔が近付いて来て、唇を優しく食まれた。

それは悋気と言うには余りに物静かで、労りと慰めに満ちていて。
政宗は身を強張らせながらも男の口付けを大人しく受けていた。
何度か体を重ねるようになっても最初の内はこうやってガチガチに固まっているのを、片倉はゆっくり解いて行くのが好きだった。途中から訳が分からなくなって、声を上げ、啜り泣き、最後にはぐったりとした微睡みの中に身を任せて来る。その一連の流れの中に新しい感覚を植え付けたり、時折男の胸を鷲掴むような言葉や仕草に息を呑む瞬間を見つけるのが好きだった。
それまでの男の人生にはないSEXの楽しみ方だった。
今も胡座を掻いた自分の片膝の上に青年の体を乗り上がらせて、顎の下を両手でホールドしつつ唇を擦れ合わせるだけのキスをする。
唇の先で言葉のない会話を楽しむようにそうしていると、政宗は徐々にそれに応え、唇を食むタイミングを合わせて来る。それに気を良くして、下唇の縁や上唇の奥を舌先でそっとなぞると、中から覗いた彼のそれがおずおずと確かめに来る。
それを攫うように舐め上げてやれば、少し体を震わせながらも舐め返す。
互いの舌先を縺れ合わせるように押し付けながら、片倉はこっそり青年の顔を覗き見た。
赤く色づいた夕陽に沈みながら唯一の瞳を閉ざして成すがままの青年は、少しだけ眉を顰め、硬質なビスクドールのように見事な陰影を刻んでいた。
この青年は自分のものだと言う思いが、加速する。
両手を滑らせて首筋から鎖骨、それに肩へと落として行った。
前を開いていたサファリシャツがするりと落ちて床に蟠る。
置き場に困っていた両手を取って自分の肩に掛けてやると男は青年の黒いタンクトップの中に掌を這わせた。弾む息にうねる腹を、薄い肉に覆われた脇腹をするりするりと撫で上げれば男の口元に当たる息が荒く、大きくなる。
「キスして」と言いながら背を抱き寄せてやる。
青年は自分から男の首に腕を回し、角度を変えて舌を割り入らせた。
女の為の愛撫しか知らなかった身が片倉のものとなる瞬間だ。
それを受け止めて、愛しさに突き上げるまま彼の唇を貪った。

キスをしている間、足から力が抜けそうになったり踏ん張ったりしているその様が健気で、そんな彼の腰をしっかり抱き寄せる。そうして自分の膝の上にすっかり跨がらせてしまう。
今は唇を解いて、ただ男の両手がゆっくりとタンクトップの中で滑らかに滑るだけだ。
それで男に真っ向から見つめられた政宗は視線を落としたまま、時折くすぐったげに身を捩る。直裁的な刺激は未だ何一つ与えられていないと言うのに、分かり切ったこの後の予感に体中が震えながら色付いて行くのをいやが上にも思い知らされる。
そして―――、
「どれだけ俺がお前を欲しがってるか、わかるか?」
男の、こっそり悪巧みを打ち明けるような囁きだ。
「ぐっちゃぐちゃにしてやりてえ…」
鼻先が触れる程側近くで、非道く淫靡に男は告げる。
政宗は顔を真っ赤にして顔を背けた。
「今夜はちいと覚悟しろよ?」
そんなの何時もの事じゃないか、と政宗は言いたかった。
だが背を抱き寄せられ、ぶつかりそうになった所で唇を唇で塞がれ、同時にタンクトップの中で痛い程に胸の尖りを摘まれて、全ては掻き消されてしまう。
言われのない嫉妬心だと言うのは片倉も自覚している。
実際、それにかこつけて何時もよりは激しく彼をいじめてやりたくなっただけだとも言える。それ程までに青年は何処か頑なだった。表面的に気を赦しているように装っていても、芯の部分は鎧って姿すら見せない。そこを暴いてやったら本当に彼は自分のものになるのではないか、はたまた二度と取り返しのつかない事になるのではないか―――。正直、戸惑いに手が出せない分こうした行為には熱が籠った。
舌を鳴らして唾液を混じり合わせて唇を貪った後、男の手は背から滑り落ちて政宗のGパンに包まれた尻をするりと撫でた。
するりするりと何度かその丸さを確かめた後、力を込めて鷲掴む。布越しに感じられる柔らかい肉と筋肉の感触を十分味わってから、双丘の隙間へ指先を滑り込ませた。
青年が肩を震わせ、歯を噛み締める。
片倉は青年の反応を一つも漏らすまいとするように見ていた。
閉じた瞼の縁から、頬に影を落とす睫毛の震えを、落ち行く赤光の中に見ていた―――。
指先はそのまま何度もGパンの縫い目をそろそろとなぞる。タンクトップの中では相変わらず乳首を捏ねられ摘まれして、上体も揺れる。
指先は更に奥へと滑り込み、後孔の上を通り過ぎて陰嚢の手前で、く、と爪先を押し付けて来た。
「……はっ…!」
それまで声を堪えていた政宗が、詰まったように息を吐き出した。
爪の先でその部分のジーンズをカリカリと掻いてやると、喉の奥を切なげに鳴らして青年は顔を背けた。
「や…」と、震える唇が弱々しく呟く。
今まで触れられた事のない場所だった。その上そこは不思議と心地良く、くすぐったさと共に悪戯げな疼きが前後の性感帯に溜まって来る。
「…や、だ…っ、そこ、や…」
知らない場所に引き込まれるような不安と戸惑い、そして羞恥に揺れるその様が何とも言えず艶かしい。
「や、じゃないだろ、…気持ち良いんだろ?」
しつこく同じ場所を責めながら、男は背けられた首筋に唇を寄せて強く吸った。
「…っあ…!」と短く叫んで政宗が背を反らせる。
幾つもの刺激が重なり、それがまた的を得ているものだから、どうしようもなく体の熱は昂って行く。窮屈なGパンの中で青年の雄心はすっかり立ち上がっているのだ。それなのに肝心な行為へは至らず、じりじりと周辺だけを弄られる。
「…やだ、って…ぁ……ン…」
もどかしさが募って譫言のような言葉とは裏腹に、政宗は男の首に回した腕にぎゅうと力を込めた。更にはその腹に自分の腰のものを押し付けすらした。
「―――っ!」
こんな強請るような仕草をしたのは初めてだったので、男の動きは一瞬淀んだ。
―――どっちが最後まで保つかな…。
そう思いながら、首筋から耳の下、それに耳朶へと唇の愛撫を移動させた。
股間では爪がジーンズの布を引っ掻き、胸元ではひりつくぐらいに局所だけを嬲る。そこへ重なる唇の愛撫だ。体のあちこちで男の手が、体が、青年の快楽の弦を掻き鳴らして行く。
「…ん、も……や…あっ…」
喉をそらし、途切れがちな甘い声が零れ落ちるのを止められない。
男の口の端が捻曲がり、意識するより早くその耳に暑い息と共に卑猥な言葉を吹き込んでやった。
「上手に強請ってみるか?」
その台詞に青年はふるふると首を振った。
だが、詰めていた息を吐き出せばそれは例えようもなく熱く男の肩に吹き零れ。
男は一瞬政宗の体を引き剥がし、捲り上げたタンクトップの下から覗いた胸元に舌を這わせた。股間で蠢く指先は後孔の辺りに移動して、そこをゆっくりと揉み解すように動く。
ぞくり、と背筋を悪寒とも熱湯とも取れぬものが這い上がる。
予感、予感、予感―――。
これから齎されるであろう様々な刺激の予感だけが体中を踊り回る。そうした中で早くして欲しい、と焦燥にも似た情動が政宗を突き動かした。
飼い馴らされたパブロフの犬みたいだ、そう思いながら熱くなった胸の中の塊は、拒否とは全く別の動きを見せる。
薄っすら汗の浮かんだ胸の中央を丹念に舐めていた男の頭を掻き抱く行為で辛うじてそれを示した。
その褒美とでも言うように、温かくてぬるついたものが片側の乳首に絡み付いた。
「…んっう…!」少し高い声が口の中に籠った。
そうした青年の反応を、体の震えとしてダイレクトに感じる。
腰をくねらせ、片倉の指から逃れようと言うのか、逆に擦り付けているのか分からぬ動きをする。
「も、…いい加減、に…っ」
青年は震える指先で男の髪を掻き乱した。
「―――いい加減に?」
虚ろな視界に男の横顔が映り込む。横目だけでこちらを窺い、薄っすらと笑気を纏わせて歪む唇から覗いた蠢く赤い舌が、別の生き物のようにぬらりと光る。
その唇が欲しい、と思った。
片倉は悋気だなどと抜かしたが、とっくの昔にこの身はこの男に支配されてしまっている。
では、心は―――?
その答をはっきり意識に昇らせる前に、政宗は男の顔を両手で掴んで引き上げた。今しも蒼白い夕闇に視界が消え行こうとしている中、彼は少し目を見張ってこちらを見返していた。
それへ、男の何もかもをごっそり奪い取るようなキスをした。

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