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―記念文倉庫―
11●(※獣姦)
吸血鬼の血液を沸騰させる香、炎舌香からは解放された。
本人に対して叛乱を起こしていた体中の血潮が正常に流れ出し、苦痛は速やかに引き上げて行った。その代わり、如何ともし難い欲望の塊が押し寄せて来る。吸血衝動と分ち難い性衝動だった。あの女吸血鬼が製造した香油は、これまで松永が捕らえて監禁して来た数多の吸血鬼たちに面白半分に与えられたものだった。

血を禁じ、餓えて狂うまで個体差があると言う事は最初の数百年でデータを集積した。そのうち飽きて、ケーララの研究していた香油を使う気にもなった。それが、どの吸血鬼も容易に籠絡させて行くのを見て、これに対抗しうる者はいないかと言う点に興味が湧いた。
数多くの試験の結果、今の所この欲望の衝撃に耐え切った者はいない。効果が切れるまでどの吸血鬼ものたうち、悶絶した。
効果が切れても痴呆のように抜け殻と化した者も多かった。
閃華珠ー黄金の光で吸血鬼を焼く珠だーも同じような理由で炎舌香に改良を加えている内に出来たものだ。作った松永ですらあれは身を危うくする。エルダーに試した事はなかったので丁度良いデータが取れる。それはジプシーたちに任せて、松永は取り敢えず目の前の興味深い存在に目をやった。
忿怒像の祭られた礼拝堂、その入り口を全て開け放った向こうに夜空を鋭利に切り取る山脈が何処までも続いていた。万年雪を頂いた山頂は星明かりに蒼白く輝いており、亡霊のように浮かび上がる。
それの齎す微かな灯りの元、剥き出しの石畳の上に全裸の青年は転がされている。
逃げた所で媚薬に犯された身ではそう遠くへも行けまいと高を括った松永によって、その身を拘束するものは何一つない。
その思惑通り、政宗は踞ったまま動けなかった。
喉を灼くのは何も酸素不足のせいだけではない。
したしたと滴る唾液と、だらしなく濡れる長い舌は、自分の身に滲み込んだ香油から立ち登る処女の血を求めて意識しても納まらない。特にその餓えは下半身に集中して、熱い塊となって凝る。
屹立して己の欲望に濡れたそれを堅い床に押し付けて、揺れる腰。自分の手で擦り上げてしまえば我を忘れてその行為に夢中になってしまうだろうから、両手は石畳に爪を立てて堪えた。
床に額を何度も打ち付けて、気を紛らわせようとした。
正気と理性を繋ぎ止めようと必死だった。
「卿は、ケーララの血を吸わなかったそうだね…」
松永は患者を問診する医師の口調で尋ねた。
「私の眷属に牙を立てるなど意地でもしたくなかったか。それとも、片倉殿の血以外受け付けられぬ身となったか?」
ふざけるな、と応えたくとも応えられぬ。
ただ、爪の伸びた掌で喉元を、胸を掻きむしった。
「おやおや、それ以上貴重な血を失ってどうするね?」
松永は青年から目を反らして背後の明王像を見上げた。その極彩色の身体を躍動感溢れるポーズでくねらせ、二対の腕、五つの顔、二対の脚で死と生のダンスを踊る強面の神。
男女交感の神秘は下世話な性的教義ではない。
有もなく無もなく、死もなく不死もなかった。茫漠たる水のうねりだけがあり、そこに一点ともった熱が意志が、生きとし生けるもの、生きていないものすら全てを産んだ。世界創造のヒラニア・ガルバ(黄金の卵)、それを神々の交感は再現しているのだ。
「私が卿に快楽を与えてしまっては、私が"良い吸血鬼"になってしまいそうだから」と松永はそのまま呟いた。
闇の何処かでのそり、と不穏な気配が蠢いた。
「卿が壊れて行くのをここで見ている事にしよう」
振り向いた吸血鬼の面は静かに凪いでいて、ただ世界を冷笑する笑みだけが浮かんでいた。
「大事な宝が壊れたら、あのエルダーは泣くだろうか?」
「………っ」
のそり、のそり、
這い寄る影は青年の周囲に集った。
「それとも怒り狂うだろうか?」
政宗はその足下を見ていた。
足の甲まで黒い剛毛が生えた、類人猿のような足には危険な鉤爪が湾曲して埋まっている。
「私が飼っているものの中でもそいつらは下等中の下等でね」
唇を動かしたとも見えないのに男は呟く。
「奪い、殺し、そう言ったものより何より好物がある」
それの毛むくじゃらの腕が、青年の頭髪を鷲掴んで顔を起こした。
政宗の霞んだ視界に飛び込んで来たのは、それのどす黒い一物だった。既に立ち上がって震えて邪悪な歓喜に脈打って、粘ついた液体を垂れ流している。
それの向こうに顔らしきものも見えた。見た事もないような猿だった。いや、顔の作りはより人間に近い。鼻は鷲鼻で分厚い唇がある。瞳には視野を広くするため白目があり、牙はそれ程発達していない。臼のようにぼってりとしたものが奇妙に歪んだ唇から覗いている。
後ろから腰を掴まれた。
体を引き上げられ、尻を高々と抱え上げられる。膝が浮いて、背が弓なりに反った。
「快楽、正に快楽にだけ忠実なもの共だ」
厭だ、そう叫ぶ前に口の中に生臭いものが突っ込まれていた。
同時に、尻の肉を掻き分けて薄汚れた巨根が容赦なく捩じ込まれた。
低い唸り声が、ケダモノたちが悦んでいる事を青年に教えた。
めりめりと引き裂かれて行く激痛に、最後の一匹が青年の下に這い入って政宗のそれをしゃぶった衝撃が追い打ちを掛けた。
声のない悲鳴が体の中で木霊し、青年の体が跳ねた。
苦痛も、屈辱も、全て弾けるような快楽に塗り替えられて行く。
それにつれて青年の体が変化していた。
屍喰鬼、ただ欲望のままに死肉を漁り、人間であった事などすっかり忘れた、獣以下の醜い存在。
爪が伸び、関節の浮き出た奇妙な形の手を取られ、導かれるままに自分の下にいるケダモノの一物を掴んで乱暴に扱き上げてやった。低く唸ったそいつはお返しとばかりに青年のそれを平たい歯でがりがりと噛み潰し、強く吸い上げた。
腰が、背が、激しく痙攣したようにうねった。
青年の塞がれた喉からごろごろと言う唸り声が上がり、口の端からは長い糸を引いて粘液が滴った。
そこにいるのはもはや、獣が4匹。何処にも人間であったものなどいなかった。

一塊の肉となって訳が分からなくなるぐらいに混じり合った。
喉の奥を激しく突かれ、吐くものもないのに嘔吐感に襲われ何度もえづいた。
汗と埃と悪臭を放つものとで汚れた頬を、唯一透き通ったものが流れて、そして又毛むくじゃらの手に汚された。
闇の何処かでボロボロと何かが崩壊して行く音が聞こえていた。
人の子であった事も。
そこで泣き、笑い、怒った事も。
ハンターとして築いて来た忍耐も、成長も、結果も。
懐かしい人々の顔も、何もかも。
崩れ行く政宗の意識の中に最後にぽっかり浮かんだのは、嵐の夜に自分を背後から抱き寄せる何者かの冷んやりとした腕の感触だった。
―――誰だっけ…?
幼い声が疑問を投げ掛ける。

静寂の崩壊の中、不意に良く通る声が響いた。
「片倉殿に見せてやりたい有様だな…実に」

ドクン

「未だかつてただの1人も眷属を迎え入れた事のなかったあの男が、血の交感をしたようだからどのような人間かと期待していたのだが…とんだ期待外れだ。興醒めだよ…」
後は山犬の餌にでもなってもらおうか、そう呟きを続けた背後で血腥い苦鳴が上がった。鷹揚に振り向いた松永は、足を止めて星明かりに蠢く下卑た獣の塊を冷ややかに見やった。


じゅるじゅると何かを啜る音がそこから這い登って来る。
逃げ出そうとした野猿を捉える蒼白い手。捩じ伏せ、肩の骨を砕き、残りのもう一匹の腹に思う様踵を落とした。
「ぐえっ」
力が余って殺してしまった獲物の血を啜った政宗は、鼓動の止まった心臓から齎される血を吐き捨てた。それはもはや吸血鬼を悦ばせる血潮ではなく、砂を喰らうようだった。
それでも、二匹分のケダモノの血を飲んだ青年はふらつきながら立ち上がった。相手が何ものであれ吸血鬼にとっての血が何であるかを、この時政宗は身体の隅々まで味わっていた。
牙から滴る血を彼はおざなりに拭った。
「Thank God, it was so good….」
振り上げた顔から、そんな台詞が吐き出される。
それに対して松永は小さく笑った。
「どうやら私は寝た子を起こしてしまったようだ」
「Good morning, Mr. Matsunaga.」
ふらふらとよろけながらも、すっくと立って歩き来る青年は傷跡一つない裸体を惜しげもなく晒しつつ壮絶に笑んだ。
「My name is Masamune Date. My work is a Vampire Hunter. Originally I am human being, but I had a "gift of the darkness" and became the friend of the vampire. But I doesn't seem to let me essence transform. I am a Vampire Hunter. So far from now on in eternity all the time.」
「卿のアイデンティティを1人の人間としてでなく、吸血鬼ハンターと言う職業に還元すると言うのかね。それはそれで面白い解釈だ」
松永が後ろに組んでいた両腕を解くと、何時の間にか忿怒像の直剣がその右手に握られていた。
生命が、限りある生命が人間の本質なら、吸血鬼とてそこから外れる事はない。
その時、有もなく無もなかった。
死もなく不死もない茫漠たる水の中、一点の熱と意志だけが芽生えた。


痛みの中に埋もれそうな意識を、その痛みに縋る事で男は何とか持ちこたえた。痛みに慣れているとは言え、小さな太陽ー閃華珠の齎すそれは格別だった。胸に突き立った剣を抜こうと何度も試みるが、皮膚の燃え落ちた血塗れの骨ではそれも難しい。
―――どんな目に合っていようと直ぐには助けに行ってやんねえぞ…。
身動き取れない状態をそのような悪態で誤摩化してみる。
彼が滅びれば片倉には直ぐにそれと分かる。吸血鬼の血の繋がりは、いわゆる血縁者の比ではないからだ。その予兆さえなければ取り敢えず平静ではいられる、と思っていた。
―――しかし、いい加減にしねえと肉体が崩れてなくなっちまうな…。
確かに見た目は焼け焦げたミイラとほぼ変わらない。登山服はそのまま真新しいものなので、わざわざミイラに着せてやったみたいだった。それもまた流れ出る血を吸ってどろどろだ。
身じろぎし、胸板を浮かしてみた。
剣の突き立った所から残り僅かな血が溢れ、片倉は呻き声を上げた。
「濃厚な血の匂いがすると思って来てみれば…」ふと、幼い少女の声が降った。
そう言って傍らに気配もなく現れ片膝を突いた小さなものの気配に、もはや片倉は気付く事はなかった。
慌てたのは影で記録を取っていたジプシーたちだ、見た事もない者の出現に思わず回廊から飛び出して来る。
「何者だ」とか、
「立ち去れ」とか、
ジプシーの言葉で口々に騒ぎ立てているが、ローブの人物は何処吹く風だ。
その中の1人がローブの肩を掴んだ。
振り向いたその人物が頭にすっぽり被った布の内から視線を投げる。
それだけだ。
それだけで5人のジプシーは糸の切れた操り人形のように言葉もなく昏倒した。
「やれやれ」
幼い少女の声は大儀そうに呟いて身じろぎしつつ、ほぼ死体となったエルダーを白茶けた光の中に見下ろした。


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あきゅろす。
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