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―記念文倉庫―
9●(政宗←オリキャラ女)
斬激を繰り返す人間を全く眼中に入れていない仕草で松永はちょっと肩を竦めてみせる。
「近頃は静かで良かったのだがな」
それこそ煩い蚊を追い払うように男が右手を払うと、飛びかかっていた2人の青年の体が風の壁に当たって跳ね返った。しかし、空中でくるりと回転して体勢を整えた年若いハンターたちに退くと言う言葉は頭になかった。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ、とっととやられやがれ!」
雄叫びを上げ、政宗は背負っていたもう一本の長剣も抜き放った。
地を蹴って走る彼の背後で元就は新たな手下をその円月刀のチャクラムから次々と現した。
「最近はこのように面白い種が来るようになったか」
ふふ、と低く笑った松永は更に襲う切っ先を避けて移動すると極彩色の仏像の傍らに立った。そしてそれの手にしていた古式の剣を一本、貰い受ける。
そこへ勢い込んで二刀を打ち込む政宗。
ガッキ、と受けたのは松永の右手一本で支えられた直刀だ。
「文化遺産を敬わない心根は感心致さんよ…」
間近に見たその男は、細めた両目に底知れぬ光を宿していた。そうして手首の返しだけで捻られた刃に押されて、青年の体はすっ飛んだ。
そこへ、元就の呼び出した魔物たちが一団の塊となって襲い来る。
屍喰鬼、土蜘蛛、狼人に泥人形、それは伝説や想像上の産物と思われ闇の中に生き棲む夜の子供たちのありとあらゆるものだった。それらが仏像を庇って立つ松永に飛びかかり、噛み付き縋り付く。あっという間に男が立っていた所はミディアンの肉体で出来た団子になった。その鈍色の塊がギシギシと鳴き蠢く様は余り気持ちの良いものではない。
元就はそんな事は歯牙にもかけずにスタスタと歩み寄った。
松永の断末魔の叫びなどは聞こえない。
それでも構わなかった。
「松永久秀よ…その魂、毛利元就が貰い受ける」
誰にともなく静かに宣言すると彼は二本の円月刀を両手にそれを振るった。
松永を内に抱え込んだミディアンもろとも、粉々に粉砕する。
情けの一片たりとて窺わせない元就の所行であった。
斬激が閃く―――一度、そして二度三度、粉微塵に。

ただの肉塊がこそげ落ちて行く。その亀裂が刹那、小さく輝いた。

風が、動いた。
熱が、発した。
世界創造のその瞬間のように。

だが、吸血鬼の勘が片倉と三好を動かした。一方はその肉塊に走り寄り、もう一方は窓を突き抜け外へと飛び出していた。
身体の軽い元就などは震源地に最も近い所にいた為、衝撃で気を失ったまま木の葉の如く吹き飛ばされた。
その衝撃波を追うように広がる眩い閃光は一気に礼拝堂の中を満たし、何もかもを白一色に染め上げた。
政宗は視界がホワイトアウトしたのと同時に全身を隈無く襲った激痛に吠えた。吠えた自分の声すら聞こえなかった。身体全部が膨張して細胞の一つ一つが自ら激痛をひたすら生産しているかのようだった。そんな痛みを感じる自意識すら、光の中に溶けてしまった。
閃光に触れたミディアンどもは悉く瞬時に沸騰し、蒸発し、粉々の灰となって地に振り降りた。
片倉も知らない、松永の用いる対吸血鬼の武器に違いなかった。それも片倉の記憶より遥かに強力で逃げる事も克服する事も叶わぬ完璧なものだった。
音もなく輝き続けていたものが徐々にそれを弱めて行っても効果は長引いた。吸血鬼の再生能力をもってしても、体中を占拠する苦痛は去らない。それもその筈だった。光源からは独特の紫煙を上げて吸血鬼の血を沸騰させる香が漂っていたのだから。
光は白から仄かに蒼白い光彩を残すのみとなった。
何処かに身を隠していた松永が、埃っぽい床に転がっていた丸いものをゆったりとした動作で取り上げた。見事な唐草模様を透かし彫りされた黄金の珠だ。その中を覗き込むと、魔術的に複雑な物体が脈打つように微かな明滅を繰り返している。しかもそれは、黄金の殻の中で何処にも触れずに浮いているようだった。
それを確認した松永は礼拝堂の床に転がった別のものを見た。
燭台や衣架などの調度を蹴散らして力なく床に横たわる元就と、そして1人の青年を庇うように抱き込んで踞る男だ。登山用のジャケットの襟首から、裾や袖口から、啾々と煙を上げている。
その男が髪を乱しながら顔を上げた。
「松永…手前―――…」
苦痛に掠れた声が怨嗟の呻きを吐き出した。焼け爛れた顔から覗くのは髑髏の白さと滝のように流れる鮮血の赤。
「卿とは何処かで会った事があるのかね?」
面白そうに問う松永の関心はしかし、既にその事ではない方向に向けられていた。



夜明け。
毛利元就の苦難は始まった。
香にも光にも反応しなかった彼を松永はジプシーたちに預けた。勿論介抱する為ではない。手足を鎖につないで、釘の打ち付けられた鎖で鞭打たれると言う拷問がひたすら続けられたのだ。
目的はどうやら元就が有しているミディアンをおびき出す事のようだったが、元就は頑としてそれに耐えた。耐えて気絶すると湖の水をぶっかけられる。そうして目覚めれば、再び訛りの酷い英語と鎖とで攻め立てられる。
間断なく苦痛は続いた。


同じ頃、政宗は薄暗い場所で目を覚ました。
一方の天井と壁の間に開いた天窓から、陽の光らしきものが差し込んで辺りに漂う薄い煙の膜を浮かび上がらせていた。
チベット寺院に必ずある半地下の燈明堂だ。ヤクの乳から作ったバターのような脂に炎を灯し、信者たちがその燈明を絶やさず燃やし続け、祈る。明かりの差し込む真下にその燭台が見えており、横にずらりと並んだそれらは妖しく炎をくゆらせながら天井近くまで続いていた。
「―――っ…」
痛みと怠さが続いていた。
燃やされているのはヤクのバターだけではないようだ。上身を起こそうとしてそれが巧く行かないのにもどかしさが募り、思わず口中で罵っていた。
捕らえられた、それは分かる。だが天井近くにある窓は無理をすれば破れそうだ。まだ何か罠があるのかと思い視線を巡らせてみる。出入り口は一つしかない。階段を5、6段、苦心して這い登り戸口に至ったが、吸血鬼の腕力をもってしてもびくともしなかった。
尤も、今はその力さえ上手く入らないのだが。
扉の隙間から白い靄が啾々と忍び込んで来た。それが例の女吸血鬼の形を取るに至って、政宗はこの女も松永の闇の賜物を受けた口なのだと思い至った。
彼女は、階段に這いつくばった政宗の前にしゃがみ込んだ。
「地獄の扉は開いたかしら?」
「…Ha,……こんなの、地獄での何でもねえ…蚊に刺された、もんだ…」
「そう、それは良かった」
政宗の強がりを彼女は本当に嬉しそうに笑った。
「だって、お楽しみはこれからですもの」
言って、階段のきざはしに蜂蜜色のゲルが入ったガラス瓶をゴトリと置く。得体の知れないそれは、勿論政宗を介抱する為のものではない。ハンターは身体を返して起き上がろうとした。
「いや、じっとして」女が、そっと片手を伸ばして来て青年の肩を押し戻した。
そのやんわりした仕草にさえ逆らえない。
女吸血鬼は尚も抵抗する青年の両手を避けながら、彼のジャケットを、フリースのシャツを一枚一枚広げて行った。それだけでなくパンツのベルトを解き、下着まで引き摺り下ろされる。
「ふ、ふ、若い身体は良いわね。他の吸血鬼のものでなかったら私が頂いている所なのだけれど…」
淫靡な言葉を妖艶な微笑みと共にその真っ赤な唇から零す。そんな女を政宗は怠い身体を投げ出して見ていた。少し動いたくらいで堪え難いまでの苦痛がいや増している。空気が薄いせいで大きく息を吸えば吸う程、血液を沸騰させる魔術の香を深く吸い込んでしまうようだった。
そんな無防備な青年の頬に、女吸血鬼は瓶の中のゲルをそっと指先でなすり付けた。
「良い香りがするでしょう?」
「―――…」
「人間の、特に処女の身体から精製された香油よ。製法は勿論ナイショ、私が独自に編み出したやり方なんだから…。少女の体臭が甘く香るのを私は何としても抽出して世界一のエールを作りたかった。例えば、薔薇の香水は、薔薇の花をエタノールに浸して密閉したままひと月ぐらい寝かせれば出来る。でも人間はそんなに簡単じゃない、ね?想像がつくでしょう」
「…て、め……っ!」
「動かないで」
女の手を遮ろうとする青年の腕に、女吸血鬼は先ずその冷んやりしたゲルを塗り込み始めた。柔らかく、細い指先と掌で、満遍なく。
「私は製造過程で散々触れて来たから耐性が出来てしまったけど……どう?」
「………」
「大丈夫、直ぐに我を忘れるから」
言って、女吸血鬼はくすり、と笑った。まるで少女のように。
そうしてたっぷりゲルを絡ませた両手で青年の首筋を覆った。
「……ふぅ…く、…っ」
聞かれるまでもない。
頬にちょっとゲルを塗り付けられただけで首筋に鳥肌が立った。
腕に塗り広げられた時には背筋が疼いて、身体が勝手に揺れそうだったのを何とか抑え込んだ。そして今、首筋から乱された胸元にべったりと塗りたくられるに至っては、隠しようもない官能に声が漏れ、身を捩らせてそれから何とか逃げようとした。

媚薬だ、
それもとびきり強力な。

香りも去る事ながら、皮膚から浸透したその成分が血液に満遍なく解け合って、全身を隈なく巡る。
息が上がる。
すると血が沸騰し、全身を灼く。身体のそこここから白煙が立ち登る。
血は又同時に甘い痺れを掻き起こし、激痛と共にもどかしい疼きは混じり合って訳が分からなくなりそうだった。
「は、…ぁ…うっ…ん…」
女の手を掴んで押しやる仕草をして見せるが、その実全身は女吸血鬼の成すがままで。ゲルを塗り込んでいたその掌で胸の小さな尖りを押し潰された時には身体が跳ねた。それすらも、女吸血鬼の怪力で封じられた。
「…ぁ…や、めろ…!」
「そう?―――でも、ここはこんなに悦んでる」
言葉に被さり、無防備に勃ち上がっていたそれを、ゲル塗れの手で掴まれた。
「ひぁ、ぁあ・あぁっ…!」
裏返った女みたいな声があられもなく響いた。
「…楽しみましょう、松永様が起きて来られる夜まで…好きにして良い」
女は青年の上に覆い被さりながら、密やかにその耳元に甘い言葉を注ぎ込んだ。


―――夜か…。
陽の落ちた気配を肌で感じて、片倉は身じろぎした。
回廊の一角にある中庭の一つだ。寺院のどの辺りなのか分からない。元より、片倉の全身は焼け爛れ、目も耳も潰れている。口の中ですら例外ではなかった。と言うのも、松永に肩を鷲掴まれ運ばれたここで、輝く珠を頭上に置いて行かれたからだ。更に、苦しみもがくエルダーの胸をその手にした剣で刺し貫き地面に縫い付けると言う念の入りようだ。
黄金の珠は、松永が去るなり視界を真っ白に染める程の閃光を放って延々と片倉を苦しめた。しかもそれは自ら浮かび上がって彼の全身を焼き尽くさんばかりだった。
太陽ではもはや滅びぬ身体になったエルダーの彼をこれ程までに苦しめるこれは何なのか。太陽のミニチュア、と言うだけでは済まないものがあった。その力を凝縮して強力にすら改造されている。これでは普通の吸血鬼ではひとたまりもないだろう。更に、同時に白珠から立ち登る香だ。それが吸血鬼の血を沸騰させ、破壊し、身体の再生を妨げる。
―――血が、欲しい…。
この時ほど切に願った事はなかった。
松永に運び去られた政宗の身が気掛かりだ。あの若者は相手を挑発するだけ焚き付けて、己が身を愚かしくも追い詰めるのが得意なのだ。
それだと言うのに助けられたり守られる、などと言う事を自身に許しはしない。
分かっている。
分かっていて尚、この胸を焦がす衝動を止められなかった。


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