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―記念文倉庫―

宿泊せずに温泉だけ入浴できるホテルも幾つかあるが、政宗はそのホテルのフロントで二人部屋を一泊とった。
元親は出掛けに小十郎に釘を刺された事を思い出して顔を歪めたが、政宗は何処吹く風だ。
「あいつもちっとは俺から解放されたいだろ」
部屋へ一度寄ってから手ぶらで温泉に向かう途中で、政宗は吐き捨てるように言った。
「解放ねえ…」
元親は頭の後ろで両手を組んで、中空を睨んだ。
「何か、片倉の兄さん、得してるよなあ…」
「何が?」
「六年経っても変わってねえ」
「……」
「もとから老け顔だからかな」
小十郎が聞いていたら殺されそうな台詞をさらっと宣った。
「渋さが増して、苦みばしった良い男って奴になれるんだからよ。無精髭とか似合いそうじゃね?俺、アメリカでガキだって馬鹿にされてよ、一時期ヒゲ伸ばしてたんだけど、ちびっ子ギャングみてえでやめた。ヒゲの似合う男になりてえなあ」
「下らねえ…」
チェックインの時間だからか、彼らと同じように早速温泉でひとっ風呂浴びに来ている観光客が脱衣所にちらほらいた。そこでさっさと服を脱ぎ捨てて風呂場に入ると、だだっ広い浴場が広がっていた。
「うおーーーっ!!見ろよ政宗、ジャグジーがあるぜ!こっちは菖蒲湯だってよ!どっから入ろうかなあ」
辺り憚らぬ元親の大声に、おっさんがちらりと五月蝿げな視線を寄越して来た。本人は素知らぬ体で風呂場をうろうろする。
政宗は付き合ってらんねえ、とばかりに洗い場へ一人向かった。
染めたとも思えぬ白髪に、眼帯を外した素顔は大きな火傷に覆われている。人目を惹くには十分すぎる容姿に筋肉質で大柄な体躯だ。誰かの舌打ちを誘う傍若無人な態度は、他の男が「負けた」と思う事で表立っての揉め事にはならなかった。
得してるのはお前の方だろう。
―――そういや、と政宗は思った。
小十郎とこうやって風呂に入る事など滅多に無いなと。
子供の頃はそれこそ公営の銭湯みたいに広い伊達家の風呂場で、成実も一緒になってのぼせるまで遊んだものだ。
中学に上がって、東京の高校に通うようになって、思春期と言う奴をくぐり抜けた頃から小十郎の方が距離を取るようになった気がする。
そうだ、小十郎の言葉遣いが変わったのも政宗が中三の時だった。
それがまさか「処理」と称しての―――。
ぼ、
と血が頭に登る音と共に小十郎のごつい身体が脳裏に蘇った。
―――絶対ムリ…。
「おう、何だ?のぼせてんじゃねえのか?」
身体を洗い終わって湯に浸かっていた政宗の隣に、水飛沫を上げながら元親が腰を降ろした。
湯は塩素系のもので茶色く濁っていて、眼に入るとピリリと滲みる。
「顔赤えぞ」
元親の右目が、斜に顔を覗き込んで来た。
「静かに入れよ、滲みんだろうが」
立ち上がろうとした所をぐい、と太腿の上から抑え付けられる。
「まあ、ゆっくりしてけよ」
そう言って、元親の横顔が笑みに歪んだ。
「………」政宗は黙ってそれを睨めつける。
「左腕の内側、痕残ってんぜ?」
にやり、と口角が上がった。
政宗はばっとばかりに湯から腕を引き上げてそこを見た。―――一週間くらい前の「処理」の痕跡が、薄っすら小さくとだが確実に残っていた。
「なーんでせっかくの二人きりだってのに楽しまねえのかなあ、お前は。お守りから解放してやるなんざ可愛げのねえ事吹きやがって…。昔からそうだよな。なんてーの?武士は食わねど高楊枝って奴か?」
一人で勝手にべらべらしゃべって彼はのどの奥でくく、と笑った。
未だ政宗の足を離さないその右手がぐ、と更に力を込める。肩の筋肉はさして盛り上がっていないので、指先だけの力だろう。
それでも政宗は動けなかった。
「俺の事より、お前の話聞かせろよ」
雫を含んだ前髪―――蜘蛛の糸のように純白のそれがはらりと落ちて、その隙間から元親の右目がこちらを窺い見る。
「…いつからだ?」
「ばっ…!」
絶句した。
この男は一体何の話をしているのかと、別の意味で頭に血が上る。
「馬鹿じゃねえのか?!おま…一体何の…っ」
「何って…恋バナ?」
確信犯の表情が白々しくそんな台詞を吐いて、可愛らしく傾げられる。
「お前の事だ、どうせ誰にも言えなくて悶々としてたんだろ?んで訳わかんなくなって、あの家飛び出して来た―――。俺は渡りに船って訳だ」
わなわなと怒りからか侮辱からか震える青年を面白げに見やって、元親はするりとその腕を動かした。
男の手が肌えを這うその感触、ついでとばかりに立ち上がりかけていた政宗のものを嬲って腕は引き上げられた。
「落ち着いてからゆっくり来なよ、部屋で続きをしようぜ」
―――続きって、何の?!とは口には出せず、ざばと勢い良く立ち上がった元親のお陰で、またしても酸っぱい水を頭から被せられた。
―――くそ…!
ひたひたと立ち去る青年を振り向く事も出来ず、政宗は態度とは裏腹の身体を宥めるのに至極苦労をした。

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