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―記念文倉庫―
4●
嫌々をする身体を骨が軋むくらいに締め上げて自由を奪い、その上で無理矢理その唇を唇で覆った。口の中で文句を言い続けるのを無視して口腔内に溢れ返る程、長い舌を突っ込んでやった。
吐き戻したい喘鳴と呼吸出来ない苦しさから青年の体が跳ねた。それを尚も抑え付け、壁のキルティング飾りを散らしてそこに押し付ける。

ガリリ、

青年が吸血鬼の強靭な舌に牙を突き立てた。
それでも構わず男はその熱い口蓋を、歯茎を、舌裏を舐り上げた。
ゴクリ、と青年の喉が一つ血混じりの唾液を嚥下する。
体の中に炎が点った。
それは激しさであった。
訳の分からない熱狂であり、光速で駆け抜ける疾走でもあった。
政宗は自分の眼前にあるものが何だか分からなくなったまま必死に掻き抱き、そのぬるついた甘露を夢中で貪った。ガジガジと牙を立てて傷口を広げ、口の端から溢れ出る程にそれを求めた。
壁に押し付けた青年の足は床に届いていない。
そのままべったりとした闇を広げながら片倉は政宗の片足を担ぎ上げ、前だけ広げたレザーパンツの中に片手を突っ込んだ。欲望に塗れて既に立ち上がった熱い芯は無視して、どろりとした闇を後孔に流し込む。
「…んぁっ…あ、ぁ……」
舌を絡ませたままで熱い声が啼いた。
こんな風に容易く理性を手放してしまっては、松永の前に屈服する様など手に取るように分かってしまう。あの男の冷笑は他のみではなく己にも向けられている。それが吸血鬼の餓え、欲望と言った最大の弱点にとって最強の盾となっている事は、かつて松永と相見えた事のある片倉は痛い程思い知っていた。
彼を、松永の前に晒す事は奴にとっての好餌をバラまくのに等しいのだ。
こんな風な有様を見せるのは己の前だけで良い―――。
そんな子供じみた独占欲に駆られて、片倉は青年の体と心を極限まで追い詰め、乱した。



ノーヘルで黒くごついバイクを駆る政宗の少し後ろを、都会でしか見掛けないメルセデス・ベンツの黒い車体がほぼ無音と言う奇跡的な静けさで続いた。栄光の丘の麓に駐車してあったそれが村のメインストリートを走り抜ける際、政宗のバイクと共に村人の好奇の目を無遠慮に向けられる原因となった。
村長の北条に暫く村を空けると告げた時は、最上をヴァチカンの司祭からの遣いと称してあっさり納得させた。神父が教区の司祭に呼び出されたのなら、それを拒否する事は難しい。何か問題を抱えているのではなく相談事があるのだと言う事で、あから様に狼狽する北条を落ち着けた神父の口の上手さには政宗も舌を巻いた程だ。
こうして、片倉は村を離れた。

「いや、それにしても考えを改めてくれて有り難い。しかも現地まで言ってくれるとは我が輩も大船に乗った気持ちで安心して任せられる」
軽快にベンツを走らせる最上は相変わらず耳障りな高音で好き勝手に喋り倒した。
無口で無愛想なあの政宗の伯父とは想像もつかなかった。どう言った繋がりなのか、多少気になる所ではあったが敢えてそこの所は無視した。自分自身、身内の話を他人に知られるのは苦痛の種であったし、聞くなら本人の口から話したくなった時に聞きたかった。
「松永の居所は、分かっておいでなのですか?」
今は肝心の松永久秀だ。
「ああ、先月アフガニスタンからペシャーワルを経てギルギットに入った所までは突き止めておる。…邪教集団の土地である。イスラム、ヒンドゥー、どちらの宗教の影響を受けながらどちらにも属さない、淫乱で血腥い秘教を抱えておる。吸血鬼どもがそこに混じったからと言って何の違和感もない」
宗教や信仰に対して片倉はノーコメントを通した。自身、ハーフのダンピールではあるが吸血鬼の身でありながらカソリックの神父などやっている辺り、余程胡散臭い。

とある理由から飛行機なるものが飛ばなくなって久しいこの地球上で、国家間を移動する手段は主に自動車や列車などの陸路、あるいは海路だけだった。その海路も海域によっては航行不可能エリアがあり、実質上は陸路のみが人間に許された移動区間だった。
政宗たちはヨーロッパ大陸を横断鉄道の貨物列車で駆け抜け、トルコのイスタンブールに到着した。そこからは全行程2400キロ、約5日間のバスの旅となる。町を出れば岩と砂の道路とも呼べない悪路を行く事となる。バイクやベンツなどでは走破が難しいだろうし、そう言った自然現象の他にテロや紛争など人間同士が起こすいざこざに巻き込まれる危険性もかなり高かった。定期運行するバスには協定が結ばれているらしく、テロの対象にされる事は先ずなかった。
バスは乾き切った灼熱の砂漠を延々走り続けた。
時折止まるのはトイレ休憩などではなく(それもあったろうが)イスラム教徒が日に数度決まった時間にメッカの方角に向かって祈りを上げる為だ。
緑の殆どない厳しい大地に生きる人々は何を神に祈るのだろう。その神も激しく厳しい。苛烈な環境と神に締め上げられた人間は常に戦争をしていた。
トルコとイランの国境でアララト山を霞の中に見つつバスは走った。平たい普通の山々の上に浮かぶようにしてある万年雪を被った山頂は、標高5000メートル級。旧約聖書でノアの箱船が降り立った地とも言われている。
イランに入ると途端に道が立派なアスファルト製になった。
石油を産出する国は裕福なのだろう。道路の脇には水銀製の街路灯も絶え間なく設置されていた。だがそれも一握りの人間が富を独占し、多くの人民は岩山の中腹に洞窟を掘り、そこで電気も水道も教育もない暮らしを強いられている。

やがて、カスピ海南岸にあるテヘランに至った。5000メートル級の峰峯が連なるエルブルス山脈を市内のあらゆる地点から眺める事の出来るこの町はイランの首都であり、テヘラン州の州都でもある。イラン文化の中心地であり、地理的な理由から宗教上のセンターでもあった。その為、町中には美術館、博物館、宮殿のみならずモスク教会やシナゴーグまでが各所に点在する、多彩な文化の融合地点でもあった。
バスはテヘラン空港の西ターミナル、別名アザディ・ターミナルに停車し政宗たちはテヘランに降り立った。
その近くのアザディ広場に立つテヘラン建国2500年記念塔の前で政宗の他に決まったハンターと待ち合わせているのだと言う。記念塔は古式ゆかしく大理石で作られていると言い、よくもあの脆い大理石でここまで巨大な塔を作ったもんだと片倉などは感心した。
待ち合わせの時間に遅れる事1時間半、涼しいヨーロッパ中央の山奥から灼熱の西アジアを渡って来た政宗たちが熱さにだれていると1人のムスリムと思しき女が近付いて来た。チャルドルと呼ばれる、目の部分だけ網になっている布で体全体を覆ったその女は、網の部分から人を射抜くような鋭利な眼差しで記念塔の足下でたむろしていた男たちをざっと眺めた。
「円卓の最上だな」
問われた声は少しハスキーな女の声とも取れなくはなかった。
だが、美しい目元だけでなく、小柄な全身から発散される気配が彼の人をただならぬ者と解き明かし顔だった。
「毛利元就か…何故女の格好などしておる?」
返事を返した最上はレースの付いたハンカチで汗を拭いながら呆れたように問うた。対して、毛利元就と呼ばれた黒ずくめの"男"は少し目を伏せ鼻で笑ったようだ。
「景色に溶け込む為だ、そなたらのように如何にも異国人と言った形では悪目立ちするからな」
そう、険のある口調で返してから元就は他の2人にもちらと目をやった。
「こちらは片倉小十郎殿、今回の特殊な対吸血鬼ハントに対して顧問の役割を果たして下さる。そしてこっちはもう一人のハンターの伊達政宗だ」
最上の紹介をろくに聞きもせず、元就は身一つでタクシー乗り場へと歩み去って行く。
「何をしている、早く行くぞ」
それが人を1時間以上も待たせた者の態度かと最上は目を三角にして怒ったが、辺りの地理を心得た元就の行動を見ると、彼は政宗たちがここに到着する前から様子を窺っていたのだと推測出来た。
随分と用心深いハンターだった。

降りた所とは又別のバスターミナルでバスに乗り、今度はテヘランの山岳地帯を北西に見ながらダシカヴィール砂漠を縦断した。テヘランからイランの東国アフガニスタンのヘラートへと至るそれは2日の行程で、そこから更に2日かけてアフガニスタンの首都カブールからパキスタンに入った。
世界の4大文明の一つ、インダス文明の発祥の地パンジャブ地方がありハラッパーの遺跡群を抱えインド仏教の名跡ガンダーラを持つこの国は、その最北端で国境を曖昧にしていた。
世界の屋根であるヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、そしてヒンズークシ山脈に囲まれたそこは自然の急峻な障壁もあって常に人々の争いの境界線になっていた。それが未だに定まっていないのは実際、人跡未踏の地の理がそれを阻むからだ。
政宗たちは今からそこへ踏み込もうとしている。
イスラマバードの町ではハンターズギルドの支部で登山の装備と登山ガイドのシェルパを雇った。勿論このシェルパたちは彼らの目的を承知しており、ハンターとしての教育や訓練を受けた屈強な男たちだ。3つの山脈に抱かれたその懐であるカシミールからタジキスタン、アフガニスタン、中国に跨がるパミール高原までを移動しているらしい松永を密かに探索し続けてもいた。
そこからカラコルムハイウェイでギルギットまで通じてはいるが山崩れなどで足止めされる事がしばしばだ。もとより彼らは観光が目的ではない、ギルギットでの松永の目撃情報も既に古いものとなっている。荷運び用のヤクを連れて民族紛争の土地を裸同然で行く事となった。

「私たちがパキスタン入りした事は既に松永の耳に入っていると思って間違いないでしょう」
様々な準備を整えて出発の前夜、イスラマバードの中心地に取ったホテルの一室で片倉は同行者たちを相手に語り始めた。
「私たちは彼のごく側まで近付く事が出来る筈です。まるでおびき寄せられるように。そこから彼の仕掛けた罠に落ちるか、それを利用して彼の懐から攻撃して勝機を得るかはあなたたちハンターの技量に掛かっています」
ふん、と片倉の言を鼻で吹き飛ばす音が聞こえた。政宗と元就だ。2人のハンターは奇しくも同時に失笑した事に互いを振り向き、そして顔を背けた。
片倉はそんな2人の若いハンターの態度に口の端を歪めただけで話を続けた。
「松永が取る行動は2つ予想されます。先ず相手が人間だった場合、ジプシーたちに捕らえさせ死ぬ寸前まで拷問した後、血を頂くと言うもの。次に相手が吸血鬼もしくはダンピールだった場合、自ら出向いて相手を弱らせ捕らえて地中の牢獄に閉じ込めるなどの実験材料にされると言うもの。その方法は2つ、1つは特殊な香です。これを耐性のない吸血鬼が吸うと陽光を浴びたように血液が沸騰して昏倒する。もう1つは使い魔で、土蜘蛛の形をして吸血鬼の怪力でもなかなか潰せない頑丈な生き物です。これが吸血鬼の血を吸い尽くすでしょう。ミイラと化しても吸血鬼は滅びませんから。これは人間にとっても脅威です」
「…………」
説明を終えた片倉が気付くと、ホテルの一室で思い思いの場所に腰掛けていた3人が皆、言葉を失って神父を凝視していた。
3人の思いを代弁したのは最上だった。
「…片倉殿は松永と知り合いなのであるか?」
「あ、いえ、昔別の土地で知り合ったハンターから聞いたものです。彼は瀕死の状態で、私が最後を看取りました」
「―――…」
「…………」
「…………」
「ともかく、我らは人間なのだからその香とやらは無効だな。ジプシーや土蜘蛛など取るに足らぬ雑魚だ。松永本人に関する情報はないのか?」
早くも気を取り直した元就がそう神父を促した。
「催眠術や邪眼などは定番です。体を霧に変じさせるのも、念動力や感応能力も、あの程度生きた吸血鬼なら持っているのは当たり前。能力においては特にこれと言って特殊なものはありません」
「平均的だ」
斬り込むようにそう言い放ったのは又しても元就だった。
「話に聞く限り、考え得る可能性を含めても松永と言う下衆の能力は平均を上回る事はない。これでどうして失敗しようぞ?」
彼は、片倉の説明が取るに足らぬものだったと言うようにさっさと部屋を出て行ってしまった。
それを見送った片倉は最上を振り向いた。
「…申し訳ありません、お力にはなれなかったようで」
「いや、そのような事は―――。ただ、あのハンター、あの自信、噂に聞いた通り…いやはや」
「噂?」
ベッドに横たわってもう話を聞く気も失せた政宗から視線を外した片倉は、感慨深げに髭を扱く最上を振り向いた。
「毛利元就…どのような手を使ったか知らぬが、噂では彼奴はミディアンどもを手なずけ下僕として遣っているらしい。その数、数千数万を越すとも言われる。人間のくせにミディアンをも上回る無情のハンター、と影で噂されておる」
最上の嫌悪に塗れた台詞に、片倉は溜め息のような失笑を漏らした。
「それはある意味、最も人間らしいと言えますよ…最上殿」
呟いた神父の声を背を向けた政宗は聞いていた。

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