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―記念文倉庫―
13
〈おまけ〉
酷暑が仙台の街を覆う8月下旬には、政宗の傷はすっかり癒えていた。と同時に、夜になるとおかしな追っ掛けっこが始まる事に喜多や文七郎、佐馬助、孫兵衛らは首を傾げずにはいられなかった。
「待てよこのヤロウ、約束だっつったのは手前だろーが!」
「あっ、あの時はあの時ですっっ!売り言葉に買い言葉ってもんですよ!!」
「Haa?! てめ、ケンカ売ってんのかぁ?! Jokeで済むと思ってたら大間違いだ、このすっとこどっこい!!!!!」
「何と申されようと、こればかりはなりません!」
「優等生面してんじゃねえ、手前の化けの皮はとっくに剥がれてんだよ!手前俺に何つった、ああ???このまま2人でくもがむご…っ」
急に静かになった。
伊達屋敷の1階リビングで夕食後のお茶を嗜んでいた喜多は、首を傾げながら天井を見上げた。
「小十郎の奴は一体何を約束したのかしらねえ…」
呟きに、傍らでテレビを見ていた文七郎も顔を上げる。
「や、あれはただじゃれ合ってるだけだと思いまさあ、喜多様」
「でも…、政宗様を困らせているのなら叱って来なきゃ」
言って湯飲み茶碗を置いた彼女を見て、佐馬助や孫兵衛も顔色を変えた。
「ま、まあまあ!本当にあれはあれでスキンシップなんスよ、お二人にしてみたら…」
「そうですよ!政宗様だって本気で怒ってる訳じゃないんで」
「まあ、片倉様を困らせて楽しんでると言うか、何と言うか…ねえ?」
「……そお?」
再びソファに腰を下ろした喜多の背後で、男3人は胸を撫で下ろす。
小十郎相手のストレス発散を邪魔された日には自分たちの身にどんな災いが降り掛かるとも知れない。この大役は片倉小十郎にしか勤められない事なのだ、と彼らはこっそり手を合わせて左頬に傷のある男を、拝んだ。


2階には政宗と小十郎の個室の他に客人が泊まる部屋や、ただテーブルが置かれているだけの用途不明のものもあった。
政宗と小十郎はそのうちの一つ、元子供部屋だった広めの部屋でゼエゼエと喉を鳴らしていた。
子供用の小さなソファ、子供用の小さな勉強机と椅子、そんな細々したものが一切その頃のまま据え置かれていた。そのクッションやぬいぐるみ、子供用の小さな鞄などを蹴散らして、床にもつれ合うようにして彼らは踞っている。
政宗の口を塞いで小十郎は荒いだ息を無理矢理呑み込んだ。
―――やべえ…。
このシチュエーションは飛んでもなく、ヤバかった。
慌てて手を離すと「2人で雲隠れ」と大声を張り上げるので仕方なく又塞ぐ。
「………っ!」
「………」
2人は暫時見つめ合った、いや睨み合った。
「階下に姉たちがいます…」
低めた声は殆ど囁きに近かった。
「貴方は伊達家頭首だ…。忙しい身で、明日も視察や会議や接待などがある……」
政宗の左目が細められた、悪巧みを抱く小僧のように。
「分かって下さい、貴方を…俺一人のものになど出来ないと言う事に…」
政宗の両手が器用に男の掌を払った。
「その気はある訳だな?」そうして、囁き声で問い返して来る。
「……出来るものなら…」
男の返答に政宗は両腕を伸ばしてその首を引き寄せた。
唇は唇に重なり、否応無しに互いの熱を昂らせる愛撫が混じる。
この奔放さは何処から来るのだ、と小十郎は薄れ逝く理性の欠片の中で思った。皆にバレても構わないと?どんなに後で辛くなっても、その勤めだけは果たす自信があると?
それにしたって情熱に走り過ぎだ。
心地良い唇の動きは、そんな男の戸惑いも無視して加速して行く。

どたどたどたっ

そこへ飛び込んで来た喧しい足音だ。
ギクリとして身を強張らせた男は飛び起きた。と同時に隣の政宗の部屋を覗いていた人物が子供部屋の扉をバン、と勢い良く押し開いた。
「まさむー!新作ゲーム手に入れて来たぞ!!」
喜色満面の笑みが、男の姿を認めた途端凍り付いた。
小十郎は跫高くずんずんと歩み寄って来ると成実の襟首を引っ掴むなり、部屋の外へ引っ張り出した。
「…んだよ、かたくー!政宗は?!これから一緒に貫徹でこいつクリアするんだからっっ、離せよ!!…ちょっとぉ〜、つなもっちゃ〜〜ん、かたくーがイジメル〜〜〜!」
「………」
綱元と連れ立って車を走らせ、先行発売するとか言うゲームを買いに行った成実には飛んだとばっちりだった。
子供部屋に残された政宗は、カーペットの上に上半身を起こして沸き起こる笑気を懸命に押さえ込んでいた。
あの時は極限状態だった。
小十郎も精神的にかなり参っていた筈だ。だからこそ聞けた胸の裡だが、平素の日常にもその証しを見せて欲しかった。
だから、十分だった。
あの男の愚直さ振りは理解していたがここまでとは、と思うとなかなか笑いの発作が納まらない。それには他にも理由があるのだが、まあ今は良い。

満たされて、落ちて行く。
膨れ上がった雨雲が堪えかねて雨滴を散らすように。
男の心の中の闇、その荒野に向かって落ちて行く。

それは小気味良いイメージだった。


  SSSSpecial Thanks!!

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あきゅろす。
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