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―記念文倉庫―
12
力尽くで彼女を拘束した男たちの元から仙台へ戻った喜多は、サンクトペテルブルグで消息を絶った政宗たちを何とか探し出せないものかとあれこれ手を打った。ヨーロッパで懇意にしているフリーの記者や、モスクワ在住の大学教授など、動かせそうなもの全てに情報を探らせたのだ。だが、それがロシア連邦の特徴なのか意図的に隠されているのか、数人の日本人の行方は杳として知れなかった。
移動を重ねている、と予測した喜多がベルリン、ウィーン、ブカレスト等に元KGB捜査官の知り合いを数人待機させ、ヨーロッパ側に政宗たちが出て来た時の確保に当たらせた。
そして一方喜多自身は迷っていた。
東行した場合、彼らが選ぶのはどの道か。
アムール川を下ってニコライエフスクアムーレからサハリンに渡る遠回りか、中国へ入って北京あるいは青島辺りから日本を目指すか、それともハバロフスクにやって来るか。この三つのうちの一つだと思っていた。
それが、攫われた先で最後に政宗と連絡を取ってから6日が過ぎ去り喜多は決意した。
他の飛行機などではない、シベリア横断鉄道を利用している、と。ならば終着駅であるハバロフスクにやって来る筈だ。
昨日早朝、成実と綱元がイルクーツクからの便でハバロフスクに降り立った。案の定、半兵衛の指示で詰めていた兵士に囲まれた所を喜多たちは正々堂々奪還した。
在ロシア駐日大使に勤める知り合いの秘書官に頼んでパスポートの再発行、そして身柄確保の法的処置を取った。
こうして、半兵衛の目の前で成実と綱元は無事日本行きの飛行機に乗って行った。

「完敗だよ」と半兵衛は言った。
「シベリア鉄道の乗客らは皆口を揃えて君たちを不法侵入者ではない、と言い張った。車掌の一人などは君たちのパスポートと乗車券を確かにチェックしたと主張するし…。どんな手を使って彼らの口裏を合わせたんだい?…後は、薬を強奪したチタの病院で職員らの証言を取るしかなかったけれど、これは後から来たアジア人が金を払って行ったと言うし―――」
沢山の名もなき旅人らに知らず助けられていた。
それは太陽の恵みのように、又日照りの後の驟雨のように、滋味豊かな人々の心根の賜物だった。その裏には勿論、未だソビエト連邦時代の習いが拭い去れないロシア政府への反感もあったろう。
ともあれ、人の心の機微にまで半兵衛の策は太刀打ち出来なかったのは事実だ。
「完敗だ」
むしろ、おどけたように半兵衛はもう一度言った。


「俺は勝ったとは思っちゃいねえ」と政宗は言った。
「この落とし前は必ず付ける」
両目を塞がれていると言うのに強い眼差しを感じる声音だった。
半兵衛は自嘲の笑みを消して、伊達家筆頭を正面から凝っと見据えた。やはりこの世に神なるものはいるのか。
そしてそれは今回、彼の頭上で微笑んだのか、忌々しい事に。
いずれ、その女神とやらも己の策によって陥落させるのみ、と蒼白い青年は腹を決め、そして言った。

「それは僕も望む所だ、伊達政宗くん」


言い放った青年は政宗の返しも聞かずに颯爽と立ち去った。
敗北宣言をした割りにむしろ清々しげでもある、堂々とした態度だった。
そのプライドの高さ、理性的な振る舞いから彼の本気を感じ取る。
半兵衛の姿が人の波に紛れて見えなくなると今度はパン、という甲高い音がして政宗は何事かと振り向いた。
「お前が着いていながら何てザマです、小十郎!」
女傑が腹の底から張り上げた声に、政宗は小十郎が平手打ちを喰らったのに気付いた。彼には見えていないが、この様子を他の乗客らが好奇心の眼で窺っている。文七郎たちに至っては、蒼白の顔面を反らすに反らせず泡を食ったまま固まっていた。
「使いもんにならない木偶の坊、政宗様の左目の代わりにお前が死んでしまいなさい」
おいそりゃ言い過ぎだ、と言おうとした所を、柔らかな体に包まれた。
滑らかな胸元が頬に当たり肩を抱き寄せられ、掻き抱く指先が何度も政宗の髪を梳いた。それはそれは、優しく。
「腕の良い眼科医を知っております政宗様…。必ずや左目は元の通りにさせてみせましょう……」
出来なかったらその医師のタマ取るとか抜かすなよ、とは政宗も恐ろしくて言えなかった。何にせよ、彼女が身を切り裂かれる程自分たちを心配していたのは分かっている。そう言う女なのだ。
「…お前も、大変だったな」
首を締め上げる彼女の腕を軽く叩いて言ってやる。
すると、感極まった喜多はえぐえぐとしゃくり上げ始めた。
「わたくしの事など…政宗様が味わった苦痛に比べれば……!」
そう言って、彼女は政宗の首っ玉に縋り付いてわんわんと泣き出した。化粧が崩れるのもものともしない。まあ尤も、化粧無しでも彼女は十分美しかったのだが。



長かったシベリア横断の旅が終わり、飛行機の窓から見えるユーラシア大陸は遥かに遠退いて行った。
懐かしきは、我が家。
極東の果ての果てにあるちっぽけな島国の、ちっぽけな街の一つだ。
政宗は広大無辺の荒野と共にそれをも、愛した。



  Final!!  20110416

おまけへ続く→

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あきゅろす。
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