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―記念文倉庫―

結局その後、家の中にあったビデオを二人して見た。
三人掛けのソファの真ん中にどっかりと政宗が腰を降ろし、独り掛けのサイドソファに小十郎が座る。
古い映画だ。ビデオテープに録画されていた所を見ると、輝宗ものだろう。アメリカの黄金時代のストーリー、ジャズとブラック&ホワイト、少しのウィットと画面全体に流れる気怠さ。―――――翻訳も字幕もないそれを子守唄代わりに、政宗は本格的に眠ってしまった。
そう、本当は相当疲れている。
未だ24の若さがあるとは言え、連日の激務に加え休日を返上しての地方巡りだ。下手したら夜も寝ずに足りないものを補うように仕事の合間を遊ぶ。
寝るのが怖いのか。
何に急き立てられているのか分からないが、睡眠に対して余りに淡白すぎる。
窓の外に積もる雪が、昼下がりの陽を受けて白く輝いている。その冷ややかな照明は、薄暗い筈の部屋の中を不思議に明るく染め抜く。今にも横に崩折れそうに傾いた政宗の髪の上にもそれは降り注ぎ、柔らかな猫科の毛並みを艶々と輝かせた。
小十郎は遮光カーテンを音を立てぬようにしてぴったりと閉ざした。
蒼白い闇が部屋を満たす。
二階から毛布を持って来て、そっと横たえた青年の体の上に掛けてやる。そうして、その場にしゃがみ込み無心に眠る青年の寝顔を見つめた。
こんな無防備を晒すのは小十郎の前だけだと、小十郎本人は余り気付いていない。詰まる所、政宗が眠らないのは常に誰かがいるからで、いつも誰かが政宗に判断を求めて来るからだ。
解れて、左目に掛かる後れ毛を指先で細心に退けた。
長い睫毛が滑らかな頬に陰を落としている。

愛している、と言う自覚はある。
自覚して捩じ伏せて、己の心を飼い馴らしている。決して自分の都合を押し付けぬように、体の繋がりだけが最後のよすがとならぬように。それらを向こう側へ追いやって、引き寄せるのは伊達家頭首としての政宗の導きであるように勤めた。
本当は、恐れているだけかも知れない。
もし万が一愛し、愛される関係になって、現実が崩れて行くようで。いや、目的を忘れて自我が崩壊しそうで?
―――振り向かず、ただ前だけを見て、真っ直ぐに…。

その時、家の呼び鈴が鳴った。
俄に緊張感を纏わせた小十郎が立ち上がったのと、薄っすら政宗が眼を開けたのが同時。
青年は立ち去る広い背と、自分の上に掛けられた毛布とを見比べる。
「ちっ」と舌打ちを一つ残して政宗も立ち上がった。



この米沢の別荘に政宗と小十郎がいるのを知っているのはごく一部の人間だけだ。その誰も訪ねて来る予定はない。やって来るとしたら例の男が動いたと言う事だ。それにしても、早すぎる。
玄関に行く途中から、そこで交わされる押し問答が聞こえて来ていた。政宗は欠伸をしながらそちらへ向かった。
「ああ?だから何の用でここに来たって聞いてんだろうが?」
非道くご機嫌斜めの小十郎の声が、一際大きく上がる。
「んーだよ、生理中か?片倉さん、人の顔見るなりよお」
「ふざけてろ!下らねえ用事ならとっとと失せな」
「あ」
「あ?」
政宗は玄関先に立つその人物を認めて思わず固まった。
「元親じゃねえか!」
「おう、来てやったぜ」
何だかやたらと厚着して着膨れた長曾我部元親がそこにいて、にかっと思う様笑った。
「仙台行ったら、ここだって聞いてよ」
「誰が教えた」と突っ込んだのは小十郎だ。
「え、文七だけど?」
「―――――」
しれっとして応える元親に、小十郎は頭に手を当てた。
あンの口の軽い野郎が…、とは思うが、東京で知り合った彼ら(佐馬助、孫兵衛も含め)は元親とはすっかり打ち解けていたのだった。軽率だった。
「お前、今何やってんだ?」
「軍人」
政宗の問いに元親はあっさり答えた。
は?と固まる政宗に対して、彼は親指を立ててみせた。
「アメリカ海軍やってる★」
この台詞に、政宗も小十郎も開いた口が塞がらなくなった。
「…て事は何だ?お前、アメリカ国民になったって?」
「そう」
―――そうってお前、そんなあっさりと。
呆れると同時に相変わらず面白い奴、と笑気がこみ上げて来た。政宗は「ちょっと待ってろ、上着取って来る」と言って来た道を引き返した。
「政宗様?!」
小十郎の驚愕の声には振り向かない。
後に残された小十郎と元親の間に気まずい雰囲気が流れる。いや、主に小十郎に、だが。
「おい、長曾我部…」
「な、なんだよ」ドスの利いた声に身の危険すら覚えて、元親は思わずどもる。
「政宗様には重要な仕事がある」
「いや俺別に連れ出すつもりじゃ…」
「すぐお返ししろ」
「だから、俺のせいじゃねえって!」
眼の据わった小十郎にジト見されて元親はプチギレした。
「んだよ、土産持って来なかったのがそんなに気に食わねえのかい、片倉の兄さん!!ちっちぇえぞおい!」
「誰が土産の話をした―――?」
拳を握りしめる男に更に何か言おうとした所で、ダウンジャケットを羽織った政宗がマフラーを片手に戻って来た。
「行こうぜ、チカ」
「政宗様」
「退屈しのぎだ、元親にこの辺案内して来る」
おら行け、と突っ立った元親の肩を押しやりつつ政宗は出て行ってしまった。

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あきゅろす。
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