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―記念文倉庫―

奥羽山脈に阻まれて今なお初雪を見ない仙台から、既に豪雪に埋もれつつある米沢へ、政宗と小十郎は来ていた。
「久々の休暇だな、小十郎」
車の戸を勢い良く閉めて雪の上に降り立った政宗は、浮かれた調子で言った。
遅れて車から降りた小十郎は笑顔もなく応える。「休暇ではありませんでしょう。仙台を離れる必要があった…覚えてらっしゃいますか?」
「Ha-ha!」足下の雪の塊を蹴りながら、政宗は軽快に笑う。
「誰かの為に動く必要がないってのは、休暇って言うもんだ。お呼びが掛かるまでは浮き世の事は忘れようぜ」
何でも前向きに考える若者だ。小十郎は隠しきれない溜め息を吐き出した。
小十郎には今の懸案事項がどのような展開を見せるのかが気になって、のんびり羽を伸ばす、などと言う気にはなれなかった。
「小十郎」
滑りそうな足下に気を取られていた所へ声を掛けられた。
「お前も、俺のお守りを一休みして来たらどうだ」
顔を上げた先で、ダウンジャケットの裾を揺らしながら雪の中にずぼずぼと足を踏み入れている青年の背が見えた。
「何をふざけた事を」
「ふざけてねーよ」
「?」
何を不貞腐れてんだ?
と思いつつ、政宗が先に玄関の前に立ったので慌ててポケットから鍵を取り出しつつ走り寄った。
体を乗り出して鍵を開けようとすると、政宗がすっと身を引いた。特にぶつかる事のない距離だと思ったのだが。
思わずまじまじと青年の横顔を見ていると「何してんだ、とっとと開けろよ。寒い」と言われてしまった。


「思いっきり羽を伸ばすぜ!」
と彼が言っていた事を実行するのは最初の一時間程だけで、雑誌を読んだり音楽を聴きながらうつらうつらしたりして過ごしていた。その間、小十郎は暫く使っていなかった山小屋風の別荘の中を掃除して回って、意外と忙しく立ち働いていたのだが「Shit!!退屈だ!」と言う居間から上がった声に苦笑したりした。
一通り家の中を奇麗にすると、居間へと政宗の様子を見に行く小十郎。ひょう、と風が吹くので見やれば、庭に面したコテージのある窓を全開にして彼が突っ立ていた。
「I feel so tired…(たりい)」
憎々しげにその背中が吐き捨てるのを小十郎は苦笑とともに聞いた。
「ジェンガでもしますか?」
「I am worthless!(下らねえ)何が悲しくってガキの遊びなんざしなきゃらなねえんだ」
政宗は窓を開けたままふいと顔を背けると、Gパンに包まれた素足でソファに寝転んだ。
走り続けていなければ死んでしまう鮫のような青年だと思っていた。例え「仕事」で切羽詰まっていても、同時に成実と一緒に遊びの計画を立てて実行したりするのも常だった。その逆も又然り。幾つもの事柄を同時にその手で動かしているのが常態の彼にとって、「何もない」と言うのは却って持て余すだけだった。
「お前と将棋とかチェスとかやると、必ず負けるし…」
成実とだったら良い勝負だが。
「政宗様の戦術が行き当たりばったりだからですよ」小十郎は応えながら窓を閉めた。
「俺は勘で戦うのが好きなんだ」
「ゲームに偶然や勘は役立たずですよ」確率の問題だ、そう言う事をさらっと言って退ける男を、政宗は厭なものを見る目つきで盗み見た。
その小十郎の視線が降りて、ソファの背凭れ越しに青年のそれとぶつかった。だが政宗は、時計を見やる振りをしてすぐ様それを外す。
僅かな沈黙。

「―――奴は、仕掛けて来ると思うか」
結局、思考回路の行き着く先は「仕事」の話で、今彼らがその動向に注目している男に話題は及んだ。
「その為にこちらまで来たのでしょう。事業の根幹を揺るがすのが目的か、あるいは幹部クラスの人間を潰すか…」
「潰される前に潰してやる」
鼻で笑いながら青年は言い捨てた。
「成実は大阪、綱元さんは東京―――、奴がここに来たのは明らかに政宗様が目当てなのでしょう。ですが、手の者を数人しか連れていない所を見ると正面切っての闘争と言うより…」
政宗を煽るつもりはないが、小十郎は冷静に状況を分析する。何より、小十郎自身が気を尖らせる理由はその事実にある。政宗にも緊張感を持って欲しいと思った上での発言だ。
だが、政宗は薄く笑んで「上等」と呟いた。


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