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―記念文倉庫―
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ー追記ー

「虎哉、虎哉!!」
元気よく寺の講堂に駆け込んで来た幼い梵天丸を、その場に集まっていた僧侶たちは微笑ましく見守っていた。
いきなり抱きつかれた虎哉は数珠を掛けた手で、息せき切って波打つ小さな背中を宥めるようにぽんぽんと叩く。
「おやおや、そんなに走りますとまたお熱が出ますよ」
「あれからどうなったのだ?梵はねむってしまったから、ちゃんと見届けられなかったぞ!虎哉はしっているのだろう?」
「あれから?」
「いっしょに戦に行ったではないか、わすれたのか?」
虎哉は困ったように薄っすらと微笑んで、不貞腐れたように唇を尖らす幼な子の顔を覗き込んだ。
「申し訳ありません、梵天丸様。虎哉は忘れてしまったようです」
未来の虎哉と今現在のそれと、梵天丸には見分けが付かなかったようだ。
「な〜んだ…」
「けれど」言い差して、秘密めかした眼差しと笑みで見返してやると、梵天丸は大きな瞳を真ん丸に見開いて虎哉の顔を穴が開く程見つめた。
「戦には勝って、政宗様も片倉殿も無事でいらっしゃる筈」
「なぜわかる?」
「政宗様を支える家臣がたくさんおりますから」
「…政宗はこりつしていたぞ」
「それが全てではございませんでしたでしょう?貴方様は一人ではないのですから」
「むじゅんしておるぞ、虎哉!お前はあの時、領主とは孤独なものだと言っていた」
「領主としては」
はっとして梵天丸は息を呑んだ。
「貴方様を一人の人間として、男として、また友として、慕って家臣となる者がいる限り、貴方様は孤独ではないのです」
いいですか、と改めて虎哉は梵天丸をその場に座らせると噛んで含めるように言い聞かせた。
「領主と言う人間などこの世にはおりません…その役割を担っているだけ。農民にしろ、商人にしろそれは皆同じ。役割に拠って果たすべき勤めや、背負う義務などに違いはありますが、その前に泣いたり笑ったり悩んだり…そう言った事を当たり前にする人間には相違ありません。梵天丸様にはそう言った人間としての支えがどれ程人を強くさせるかを知って頂きたいと存じます。お父上の跡を継いで領主になる、その重さに恐れ戦く事もございますでしょう。けれど忘れてはなりませんよ、人は『領主』に心を尽くすのではなく、『その人』に精一杯の思い遣りを捧げたいと思うのです」
「小十郎のようにか」
「然り」
深く頷く虎哉の口元にはいつも消えない微笑み。梵天丸もそれに釣られてはにかむように笑った。
「貴方様がいつでもご自身を見失わないよう、わたくしも何時までも共にありましょう」
「…うん、」
何かを言いかけ、ちょっとだけ戸惑った梵天丸はすっくと顔を上げて虎哉の瞳をまっすぐ見つめた。
「ありがとう、虎哉」
花が綻びるように、笑った。


20100912 Special thanks!

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