―Tell me a reason.― The feelings that named it. 「本っ当〜に鬱陶しい野郎だなぁ、全くもう…」 綱元に散々そうぶつくさ繰り返されて、小十郎はただでさえ落ち込んでいると言うのに、何度も追い打ちを掛けられている気分だった。 「仕方ありませんよ綱元様。俺の作った薬は完璧ですからね、後遺症もばっちり★」 「お前が作っただと?」 小十郎は隣のベッドに半身を起こしてケラケラ笑う慎吾を睨みつけた。素人の作った薬を服用したなど、更に気分が悪くなる事実だ。 「覚醒剤の効果が切れた後に抑鬱症状や倦怠感が起こるのは良く知られてる事だよ。それをまさか、天下の小十郎さんが知らなかったなんて訳ないよね?それを承知であの薬、飲んだんでしょ?」 「………」 ムカつく野郎だ。 そんな事は百も承知だ。普通の覚醒剤なら数時間から半日で効能が終わると言う事や、依存性が高い為たった一回だけならと言う軽い気持ちでやった訳ではない事も含めてだ。 しかし色々想定外の事象を引き起こしたのは、やはり「手作り」だからだろうか。小十郎は心の中でのみ悪態を吐いていた。 福岡の病院で緊急手術を受けた小十郎と慎吾は、術後の経過を見て2週間後に仙台に戻って来ていた。 それ以来、綱元は暇さえあれば二人を見舞いに来ていた。まあ、彼らだけでなく綱元の実働隊の二人も同じ病院に入院しているからだろう。 死んで詫びたい、と思う人が今の小十郎にはいた。 薬の余韻に浮かされていたとは言え、あんなディープキスも真っ青な罪深いキスをしてしまった政宗に。 そう、記憶はある。理性も働いていた。なのに、体が勝手に動くのを止められなかった。 覚醒剤を服用した際の特徴として、火花のように鮮烈な快感と言うものがあるが、小十郎がその罪を犯してしまった時にはもう既に十数時間は経っていた。薬の効果が切れてもおかしくないタイミングだ。なのに、政宗の姿をこの眼で見る事が出来たあの瞬間、何かの針が振り切ったかのように小十郎の中を満たしたものがあった。 それが何なのか、もうそろそろ名付けてやらねば危険な所にまで来てしまったらしいと、心の片隅でそう思う。 思い返せば―――。 抱き締めた体は筋肉質に作られているとは言え、まだ骨格も出来上がっていない14歳のそれだ。小十郎が本気で力を籠めたら潰してしまいそうだ、と言う恐ろしさと同時に切ないまでの愛おしさが募る。まして、首筋を吸ってやったときの反応と言ったら。 腕の中で強張り震える小動物を愛しいと思わぬ人間がいるだろうか。 それが何故か「あちらから」唇に吸い付いて来たのは、どうした事なのか。あの時の怒っているような、しかし心配そうな政宗の表情は今後もずっと忘れる事など出来ないだろう。条件反射のように、思いの丈を唇から唇へ流し込んだ。 少年のそれは柔らかく、甘く、蕩けてしまいそうで。 慌てる舌を追って絡め、吸い上げ、甘噛みにし、口腔内を蹂躙した。 このまま食らい尽くしてしまいたいと思える程、美味い口づけだった。 ―――いかん…。 小十郎は己が口元を手で覆って、思わずにやけてしまいそうになるのをひた隠した。 「何でも良い、もうひと月近く経ってるんだ。いい加減、薬から抜け出せ」 と綱元は上着を手に立ち上がった。 コートを持ってないのは車で来たからだろう。窓の外は立ち枯れた病院の庭木から空っ風が木の葉を振り落とす厳寒が始まっている。 綱元が出て行って、静寂が降りた。 もう、受験まで4ヶ月を切った。 勉強は進んでいるだろうか。食事はちゃんと摂っているのか。成実と元気にやっているのか。それらが気になりながら確認する術はない。仙台の病院に移ってから彼は一度も見舞いに来てくれなかったからだ。成実は一、二度やって来てベッドの上の小十郎を冷やかして帰って行ったものだ。 ただ、今一度顔を合わせても、どういう接し方をして良いのか分からぬ。 謝るのも妙な気がした。 ここはやはり知らん顔するしかない。 気まずい関係になってしまうのだけは、何としても避けたかった。 木枯らしの吹きすさぶ遠い音が、窓を通して聞こえるだけの静かな病室。慎吾がベッドの上で上身を凭れ掛けて、本を読む乾いた音だけが暫く続いた。 「政宗様に何したの?」 ぶ!!! ベッド脇のチェストからコップを取り上げて、それに口を付けていた所へそんな声が飛んで来て小十郎は吹き出しそうになった。 「ななななななんのことだっ、慎吾てめえっっ!!」 慌てる小十郎に対して、青年は澄ました横顔のまま文庫本の文字を追っている。 「ナースコールをしたのは政宗様だって聞いたけど?小十郎さん、泡吹いて倒れたんでしょ?政宗様に何かしたんじゃないの〜〜〜?」 九死に一生を得た慎吾が麻酔から眼を覚ましたのは小十郎よりずっと後だ。小十郎が薬のせいで麻酔が効かず病室に閉じ込められていた間などは、長時間に及ぶ手術の真っ最中だった。それが、一体何処からそんな情報を得ているのか、と疑問に思いながら即納得した。 こいつには後二人仲間がいたな、と。 「左月の野郎か…んな事、手前に吹き込みやがったのは」 「左月?あ〜ダメダメ、あいつ小十郎さんと同じで堅物だから、こんな面白い情報なんて仕入れてくんないし、つまんない」 言ってからちょっとしまった、と言うような表情をする。 ふと見ると、隣のベッドから小十郎が布団を押し退け立ち上がろうとしていた。 「うわ〜ストップ、ストップ!!!冗談だって!」 「………」 入院用の寝間着がこれ程似合わない男はいないな、と傍らに立った小十郎を、冷や汗をかきながら見上げる慎吾。 「お互い病み上がりなんだからさ、穏便に、ね?穏・便・に!」 ふう、とこれ見よがしな溜め息を吐いて、小十郎はベッドの上に腰を降ろした。 「今は左月と涼太が二人の側に付いてるのか?」 「んー、そうなんだけど、ちょっと困ってるみたいなんだよね」と慎吾は本を置いて中空を睨んだ。 「俺もそうだけど、左月も政宗様に面が割れちゃったからさ」 「仕事がしずらいか」 「そりゃもう」 それから小十郎を振り向いて、何故か咎めるような視線を寄越す。 「……何だ?」 「また薬くれっつってももうやらないよ?」 「金輪際いらねえよ、それより何だ」 「遠藤百合香がまだ見つかってない」 「!!」 「警察の捜査本部もお手上げみたいだ。何たって身代金の要求どころか犯人からの接触が一切ないんだから。唯一の目撃情報は、ヴィーナスにやって来た男たちが百合香さんを攫った時だけ。その時の目撃者の証言からモンタージュを作ったって、どうにも情報が少なすぎる」 「…おい、政宗様は……」 「左月に迫ったって」 「…迫った…って…?」 「百合香を探せ、でないとクビにするぞって」 ―――おいおい…。 「左月は凄い困ってたね。仕方なしに綱元様に相談したら、いっこ情報をくれた」 「何だそれは」 「ある男が動いてるから、そいつに任せとけって」 「ある男?」 「不破って言うらしいけど、俺も左月も涼太も知らないんだよな〜何者なんだろ」 「………」 「知ってるの小十郎さん?」 「いや―――」 小十郎はゴロリとベッドに横たわった。 政宗自身が無茶をしてないなら良いが、やはり百合香の事は気になっていたのだ。ほんの僅かな間だったが、一緒に過ごした事で政宗にとって百合香は見捨てられない存在になったようだ。 ―――これも何かの縁か。 近いうち不破と言う男に接触してみよう、と思う小十郎だった。 The feelings that named it. ―名付けた感情― [次へ#] [戻る] |