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―Tell me a reason.―
A rise.
銃声と怒号の飛び交う向こう側を見やって、子供たちは息を呑んで身じろぎもしない。
「あの…さ―――」と言いにくそうに呟いたのは、文七郎だった。
「東京に行くのか?」
自分の事を聞かれているのだとしばらくしてから気付いた政宗は、「ああ」とだけ応えた。向こうの戦闘が気になって、それ所ではない。
「高校進学か?」
「―――?」
何故今そんな事を、と思って政宗は彼を振り向いた。
平凡で、気弱そうな表情で文七郎は視線を彷徨わせる。
「俺、お前のせいだなんて思ってないからな」
何の事だ、と思いかけてどうやら小十郎との会話を聞いていたらしいと理解した。政宗一人が責められるのに、納得行かないものがあった。
「俺も思ってねえよ」
政宗は、反対側にいた佐馬助を振り向いた。
「勝手に首突っ込んで、勝手に取っ捕まった。そんな所だ」
割れた丸眼鏡を後生大事に掛けている佐馬助は、えらく大真面目にそう言った。
「何でも良いだろ、そんなもん」と政宗はつれない。
「でもだって、助けに来た筈なのに、助けられてばっかだしよ〜」
孫兵衛は政宗の真後ろにいる。首を捻ってその表情を見やってから、政宗は前方へ視線を戻した。それから、ちょっと肩を竦めてみせる。
「俺たちも東京に行くわ」と言ったのは佐馬助だった。
「は???」
政宗の頭上で高校生たちは顔を見合わせて、頷いた。
「綱元さんて人に許可貰えば良いのか?」と文七郎。
「小十郎さんにもだろう」とは孫兵衛。
「政宗の親父さんじゃないのか、先ずは?」と佐馬助は真剣な顔で考え込む。
三人が三人勝手に話を進めるのに、政宗は目を白黒させた。
「俺らさ」と文七郎は戸惑いつつ言った。
「あの人たちみたく凄え腕っ節が強い訳じゃねえし、頭も良かねえけど」
あの人たち、と言うのは今も向こうで闘ってる大人たちの事だ。
「お前に着いてくって決めた!」
「おい…そんな事―――」
「東京ってな、怖い所だって言うぞ!俺たちがお前の周りに睨みを効かせてやるよ。舎弟もたくさん集めてな、指一本触れさせやしねえ!!」
「か、勝手な事するな!」
「そのくらい当たり前だろ、お前伊達家の跡継ぎ息子なんだからよ」
「俺らも鍛えなくちゃならねえぞ。舎弟に舐められたら堪らねえ」
「小十郎さんたちに鍛えてもらおうぜ」
「そりゃいい!!」
「盛り上がってるトコロ、悪いがな…」と地を這うような低い声が彼らに水を差した。振り向くと、目の前に息を乱した小十郎と左月が立っていた。
「移動する」
背を向けながらそう言うのへ、「小十郎、怪我してるのか?」と政宗が声をかけた。
首筋に汗と一緒に流れるのは敵の返り血だったが、彼の右腕の服が裂けているのは明らかに銃撃されたものだ。左月が無傷なだけに、より目立ってしまう。
「かすり傷です。政宗様、さ、早く―――」
重機の奥から出て行きながら、政宗は首を伸ばしてボイラー室の外を見た。
「全員、倒したのか?」
「…いえ、7人程逃げられました」
通路の奥で、次の曲がり角の様子を窺っていた綱元が、彼らの姿を見ると先へ駆け出した。殿は左月が勤め、子供たちは小十郎の背中を見ながら走った。



幾つかの防御扉を抜けて階段を一つ下がる。彼らは更に船首へと向かっていた。
鎖を収納するスペースは、整備の時以外人の寄り付かない場所だ。動いている船からもし、錨が落とされたら船は方向を失って回転をし出す。悪くしたら転覆だ。
そこへ向かう彼らへ、男たちが追いすがって来た。先程逃げた者だろう。小十郎は身を翻して子供たちを先へ行かせた。立ち止まりかけた政宗を、文七郎たちが腕を取って構わず駆け抜けた。
パン、パンパン
乾いた銃声が狭隘な通路に響く。
大人たちは上手い事、子供たちに流血シーンを見せずにいた。
だが、先頭を走る綱元の前に出し抜けに飛び出して来た男に対しては、その余裕は無かった。
一人をライフルの銃床でその顎を殴り上げ、もう一人を狙いも定めず右手の拳銃で撃った。顔面に赤黒い穴が開いて、血飛沫を上げる。
「ひぇっ!!」
「うおっっ」
高校生たちが飛び跳ねるように崩れ落ちる男を避けた。
パン、パン、パン
綱元が抑えた残りの男の手が、盲滅法に銃を乱射させる。
ガン、と男の背を壁に突き当て、ついでとばかりに頭突きを食らわす。怯んだ所を綱元は男の脇腹から心臓めがけて2発、拳銃を放った。
その男も崩れ落ち、場は静かになった。
血飛沫を振り撒いて倒れた男たちが死体だなどとは、すぐには飲み込めなかった。余りにあっさりしており、余りに呆気ない最期であった。人の死がこんなに軽々しいものであってはならないような気がして、むしろ心が冷めて行く。
背後から足音がして、小十郎と左月が戻って来た。
だが、その左月が小十郎に肩を借りて引きずられるようにしている。
「どうした?!」綱元が声を張り上げるのに、小十郎は顔を歪めた。
「流れ弾が足の甲を貫通した」
「うわ…」
それを見た文七郎が、自分が撃たれたかのように痛がった。
白い肉厚のスニーカーが血でぐっしょりと濡れていた。
「先に行け、俺は足手まといになる」
壁に凭れ掛かった左月は、激痛から蒼白い面相を伏せて呻いた。
小十郎は綱元の顔を顧みた。
綱元はちらとだけ小十郎に視線をやり、ふと息を吐いた。
「そうだな」
「ちょ、待って下さいよ!」異議を唱えたのは文七郎だった。
「そりゃないぜ綱元さん、この人見捨てようってのかよ!」
「ずっと一緒に来た仲じゃないっすか!!」
続けて、佐馬助と孫兵衛もそれに加勢する。
綱元がむっとしたのを目撃して刹那、怯んだ高校生たち。そこへとどめの一言が投げ掛けられる。
「俺がお前らの立場だったら俺は見捨てる」
彼らが庇っていた左月本人だった。
「―――…」
高校生たちは顔を見合わせた。
「…それでも俺は―――」
「佐馬助」彼の言葉を遮ったのは、政宗だった。
「安心しろ」
そっぽ向きつつぽつりと言ったのは、小十郎だった。
「左月はプロだ。多分俺たちが行った後、自分で応急処置をして空気ダクトに潜り込むんだろう。銃撃戦は出来なくなるが、配電線などの生命ラインを切る事ぐらいは出来る筈だ。―――なあ?」
最後の呼び掛けは、左月の顔を斜に眺めやりつつのものだった。
「…もっと別の仕掛けをしてある……」
左月は、伏せた顔を苦笑の形に歪めながら言い返してやった。
「俺の仲間を援護に向かわせる。とっとと行ってくれ」
「待て、名前を聞いてなかった」
「ああ―――」今更その事に思い至ったように、左月は無防備な表情を見せて応えた。
「今、船に居るのは慎吾、前にあんたを船に乗せたのは涼太だ」
「後で落ち合おう」
「………」
左月は片手を上げるに留めた。

再び走り出した一行。
「俺…はあ、映画かなんかで、見た事、はあ…、あるんだよな」
走りながら、誰に言うとも無く文七郎が呟いた。
「ああいう、ニヒルな奴って…はあっ最後は自分を犠牲にして…はあっ」
「黙って走れ」政宗が小さく叱責する。
「―――ごめん」
通路のどん詰まりの丸い防護ドアをくぐり抜けると、見上げるばかりに吹き抜けた一角に出た。
眼前に聳え立つ湾曲した壁の向こうに、錨鎖が納まる倉庫があるのだろう。その壁に取り縋るように長い鉄の階段が据え付けられている。
これを登るのか…と少々うんざりした気持ちで眺めていた子供たちの前で、綱元は勢い良くそれを駆け上り始めた。
「何をしている、さっさと登れ!!」案の定、怒鳴られた。



A rise.
―上昇―


そうするには、何かを犠牲にしなければならない。

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あきゅろす。
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