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―Tell me a reason.―
A defect.◆
ザラリ、

と手錠の鎖が鳴って、政宗の両腕が男に向かって伸ばされた。しかし、男は逆にその手を取って頭上に釣り上げた。
ポタ、ポタ、と裂けた手首の傷から血が流れ落ちて政宗の顔に落ちかかる。
「……ん…?」
人の気配に文七郎が眼を覚ましたようだ。
寝ぼけ眼に映った、蒼黒い闇に浮かび上がるタールのような人影。驚いた文七郎はがばとばかりに跳ね起きて政宗を救おうとした。が、あっさり男に蹴り飛ばされる。
その弾みで、膝立ちに釣り上げられた政宗の体が揺れた。
「…てめ、何してやがる!」
佐馬助が倒れた文七郎の体を起こして、男にガンを飛ばしていた。
「Don't move.」
男は殊更ゆっくりと言った。
言われなくても、政宗の首筋に宛てがわれたナイフを目にしたとたん、動けなくなった。
「…むにゃ…どうしたの…?」
最後に起き出した孫兵衛が、とろんとした眼を徐々に真ん丸に見開いて固まった。

男は数珠つなぎの彼らを少し移動させて部屋の隅、何かを掛けるフックに政宗の手錠の鎖を巻き付けた。
「You may observer it. If you want to look.(見ていたければ、見学してても良いぞ)」
何と言っているのかは分からない。だが、運命共同体の彼らにそこから逃げ出せる筈もなかった。
男は片手で政宗にナイフを押し宛ながら、もう片方の手で政宗のGパンのベルトを解きに掛かった。
文七郎らが息を呑む。
下着とともにGパンを引きずり落とし、無造作にそれを掴む。


―――なんだ、これは…。


事態の展開に思考回路が追いつかず、真っ白に固まった政宗の顔を見ながら、男のニヤニヤ笑いが深まる。
周囲にいる少年らに見せつけるようにそれを差し出してみたりする。
視界がフラッシュしたような怒りが政宗を満たした。
足を振り上げ男を蹴ろうとしたら、ナイフを持った手で横っ面を張られた。それでも懲りずに何度も何度も蹴りつけていると、苛立った男の手が政宗の太腿に容赦なくナイフを突き立てた。
大して力は込められていないが、傷口からはどくどくと血が流れ出した。
「…Give it up. there is not the come to help you.(諦めろ、助けは来ない)」
低く恫喝を呟いて、男はついでとばかりにもう一度平手打ちをくれた。
刺激にも関わらず濡れて来ない陰茎に舌打ちを一つ零し、男はそれへ自分の唾を吐きかけた。その得も言われぬ不快感。
切羽詰まって、と言うなら文七郎も佐馬助も孫兵衛も同じだった。こんな現場を目の当たりにして、何も出来ない事の悔しさ。目の前で同じ日本人が撃たれて鮮血を散らしたと言う恐怖。陰険な男の冷酷な仕打ちはしかし、彼らがかつて経験した事のない程淫靡で熱く、また邪悪そのもの。
そんな事共が少年らの思考を停止させてしまったかのように見えた。
「……い、いい加減にしろよ!」
文七郎が眼を反らしたまま叫んだ。
男は無視。
「こっ…の、変態野郎…!!」
掴み掛かろうとしたのへ、男の右手が一閃した。
「っつう!!!!!」
炎のように咲いた激痛に見やれば、手首から手の甲に掛けてぱっくりと傷口が開いていた。見る間に血が玉を結び、それが繋がりしとどに流れた。
「I may please you later, too. Wait quietly.(後でお前たちにも楽しませてやる。おとなしくしていろ)」血塗られたナイフを政宗の頬にペタペタ押し付けつつ男は言った。
その間にも政宗は追い上げられ、それを押しやろうと身を捩らせた。
痛みと、疼きと、怒りとで行き場を失った感情を乗せて、熱い息が繰り返される。更にもっともっとと男の手が忙しなく政宗のそれを扱き上げる。先走りに塗れ、ぐちゃぐちゃと立てる卑猥な音が耳朶を打つ。
声を殺す為に噛み締めていた唇がぶつ、と切れて口の中に血の味が広がった。
やがて、政宗が吐き出した精を男は指に絡めて、少年の体を壁に向けてひっくり返した。
本当の恐怖が政宗の体を強張らせる。
「やめろっっ」
誰が叫んだか分からなかったが、高校生らが三人とも男に取り縋った。
「このヤロウ…ッ、このヤロウッ!」
「わあああぁぁあああぁっ!!」
「ぶっ殺してやるっ!」
男にどんなに殴られても、ナイフで脅されても、彼らは引かなかった。
騒ぎを聞きつけて他の男たちがようやくやって来た。
その男は犯罪者のように連行されて行ったが、政宗たちに対して気遣うそぶりは一欠片も見せなかった。



A defect.
―瑕疵―



胸を潰す程の息苦しさから、小十郎は咳き込みつつ眼を覚ました。
見た事もない部屋だ。
真っ白で清潔そうだが、簡素で何もない。そして誰もいない。初冬の昼下がりの日差しがブラインド越しに緩やかに差し込んで来て、暖かく生温い微睡みに満たされている。
しかし、小十郎は現実を忘れる訳もなかった。
二発の弾丸は肺を貫き、左頬を抉っていた。
直後、気を失った彼が海の水を呑む事はなかったが、放っておけば致命的な重傷である事に間違いはない。その自分がこうして無事にいると言う事は、左月が彼を助けたに違いない。
―――畜生…。
身を捩らせながら起き上がった小十郎は、壁を伝いながら部屋を出た。
病室がずらりと並ぶ廊下には、人の気配が全くない。建物全体に寂れた廃墟の穏やかさだけがあった。
永遠ともとれる時間をかけてそこを抜けて、下の階に降りた。
診察室や来院患者の待つロビーなどもない。
まるで学校の下駄箱を設置したような入り口があるだけだ。
車が玉砂利を踏みしめる音を耳にして、小十郎はそこから外へ出た。
左月が、白いセダンから降りた所だった。
「…政宗様は?」開口一番、小十郎はそう尋ねた。
「奴らの船に、俺の仲間が潜伏している」
「何処へ向かった?」
左月は玄関前に立つ小十郎の傍らに歩み寄って、その頬の大袈裟なガーゼと青ざめた顔をちらと見やった。
「その事で話がある。部屋へ戻ろう」
正直、もう一歩も歩けない程の目眩に襲われていたが、小十郎は気力一つで頷いた。左月に肩を借りたのは愛嬌だ。それでもベッドに座り込むと、大仰な溜め息が我知らず溢れた。
「…何から話すか」初めて焦燥を滲ませた声音で、左月は言った。
小十郎の知りたい事はただ一つ、「政宗様だ」
「船は今現在、津軽海峡を通って日本海に出た頃だ。目的地はNK国」
「は?」聞き間違いかと小十郎は間抜けな声を発した。
「輝宗様の所に要求を伝える電話があったそうだ。伊達家の貿易ルートに相手方の人間を入れろと言って来たらしい」
「自分の所と商売をしろってのが、要求か?」
「違う、伊達家の海外通商に新しく一部門を作り、そこに食い込む算段だ」
誘拐犯の要求としてあり得ない内容だった。そうして得られるものは何だと言うのか、小十郎は理解できず首を捻った。
「…一体なんなんだ」
「麻薬だ」
「―――――」
「要するに、伊達の貿易ルートに乗っかって、日本で麻薬を売りたい。そう言う事だ」
「輝宗様は?」
「交渉中だ、…内外と」
付け加えられた内外、と言う言葉に小十郎は苦虫を噛み潰したような表情を刻んだ。伊達の抱える商売で唯一取り扱っていないのが麻薬だ。それを許さない古参の関連グループは決して首を縦には振らないだろう。
輝宗一人の意志では、どうにもならない事態だった。
「政宗様は…見殺しか―――」
「そうでもない」左月はしかし、苦しげに首を横に振った。
「どう言う事だ?」
「あちらでは恒久的に伊達をコントロールする抑止力が欲しい。政宗様をNK国民として預かり続けることになるだろう、と輝宗様は仰っていた。つまり、人質だ。―――考え方に拠ったら、死ぬより悲惨な事態かも知れないが」
左月の台詞の途中から、男の表情は物騒なものに変わって行った。
「行かせねえ…」
低く呟いて、小十郎は拳を握りしめる。
「輝宗様もそのお考えだ。表立って政宗様奪還の行動を起こせないが、一度失敗した俺たちが自由に動く事を許可して下さった―――それと、」
その時、廊下からどやどやと複数の足音が響いて静寂を打ち破った。左月が何の警戒も示さな所を見ると敵ではないようだが、と戸口を見ていると忿怒の形相の綱元が扉を破壊する勢いで入って来た。
「てめ小十郎、失敗しただと?!」
「綱元様とその部下が、俺たちと合流する」
合流してから言うなよ、と言う突っ込みすら入れる暇もなく小十郎はさんざん綱元から大目玉を食らった。

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あきゅろす。
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