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―Tell me a reason.―
A kidnapping.
仙台駅に着くと、何時もより遅かったせいか百合香の姿はなかった。構わず、駅から徒歩数分の彼女の店へ向かう。
百合香本人にさっきの青年の事を聞いてみようと思ったのだ。
しかし店に着くと、路上にパトカーが停まり何やらものものしい様子だ。喧嘩でもあったのか?と思って警官に見つからぬよう物陰からこっそり見張った。
店の出入り口を制服警官が門番のように塞いでいる。無線で何処かと連絡を取る者や、路面を舐めるようにしながら何かを探す者、そして時折店を出入りする者と、皆己の職分を全うしようと立ち働いていた。
―――寒い…。
深夜の街中は一段と冷える。
いつもなら、ストーブの効いたバックヤードで女たちの香りに包まれながら参考書と睨めっこしている時間だった。
表に居続けて冷えきった掌に息を吹きかけて、暖めた。
初雪はまだだったが、あと一週間もしたら降り始めるだろう。
そんな事を考えながらぼんやりしていると、顔の両脇からぬっと手が伸びて来て、気付いた時には誰かに口を塞がれていた。
「……っ!!」
背後の男に体を持ち上げられそうになりながら、むちゃくちゃに暴れた。振り回した足や手が相手に当たったようだが、いかんせん背後にいるのでは全く効き目がない。
口と鼻とを白い布で覆われた政宗は、意識が遠のくのを感じた。
何故か、目の前のパトカーとこの男に繋がりがあるのだと確信めいたものが頭を過った。
だからと言って、どうなるものでもない。
その時「離しやがれっこの野郎っっ!!!」と聞き覚えのある声がした。先ほど、ホームで話しかけて来た声だ。
「バカ逃げろ」
そう言おうとしたが、政宗の意識はすとんと闇の中に落ちた。



「……で?」
不機嫌丸出しの声で政宗は呻いた。「何でお前までここにいるんだよ」
「知らねーよ…」
手錠を掛けられ、鉄パイプに繋がれた中学生と高校生がいた。
潮の香りと微かな潮騒が聞こえて来る。ここは多分、船倉だろう。空っぽの段ボールやら布の切れ端やら新聞紙やらで散乱しているそこには、窓一つなかった。
湿っぽい床に腰を下ろしたまま、政宗はまだズキズキ痛む頭を抱えた。かがされた薬のせいだろう、だるさが身体を重くさせている。それに、先ほど暴れた余波で眼帯がなくなっていた。醜い腫瘍痕を隠すように長い前髪の上から腕で覆う。
まあ、薄暗いし、相手とは少しく離れているので見えはしないが。
「何が起こってんだよ」
と相手は不貞腐れたようにぼやいた。
そんなのこっちが聞きたい、と思ったが政宗は応えるのも怠くて軽く無視した。
「あの女も攫われたって警察が言ってた…」続く言葉はさすがに聞き逃せなかった。
「百合香がか?」
「―――呼び捨てかよ…」
「………」
まさか、とは思うが。
「俺のせい、かも」
「はあ?」
「親父に言われたんだよ、自分には敵も多い、だからお前も気を付けろって」
まさかこんなにあっさり思う壷に嵌るとは思ってなかった。しかも、二人の他人を巻き込んで。
狙われても襲われても、逃げられると思っていた。
―――ああ、畜生…。
膝を抱えてその上に頭を項垂れた。
心底自分に嫌気がさす、悔しすぎて歯噛みする。
そんな政宗を何と思ったのか、高校生はちょっと身じろぎしつつ言った。「俺の仲間が助けに来てくれる、安心しろ」と。
年上と言うのを今更思い出したのか、やけに自信ありげだ。
「仲間だ?」
「俺の幼馴染みだ」
「―――――…」
やな予感がした。
上からガヤガヤと騒がしい足音が響いて来た。天井がガバン、と開いて梯子が下ろされると複数の人間がもつれつつ降りて来た。
「佐馬助!孫兵衛!!」「………」ああ。
高校生の上げた驚愕の声に、政宗は本気で痛い頭を抱えた。
バカじゃねえの…。
「文七郎!!」
「済まねえ…っ、下手打っちまった!」
小さな丸眼鏡をかけたのっぽと、丸々太った巨漢が口々に叫ぶ。彼らを連れて来た黒いブルゾンにキャップを目深に被った男たちが、政宗たちとは少し離れた所に彼らを手錠でくくりつけた。
―――マジ馬鹿だ。ただのガキのくせに…。
薬のせいか、こいつらの所行のせいか、未だにズキズキするこめかみに手を当てていた政宗は、立ち去ろうと背を向けた男たちを横目で睨んだ。
「待てよ、俺に用があんだろ?」
政宗の声に振り向く。
そして互いに目配せをして、小声で何事か囁き合う。
だが、予想に反して男たちは表情も変えずに船倉から出て行ってしまった。
政宗は鼻から息を吐いた。
―――さしずめ今頃、親父に身代金でも要求してるんだろう。
天井が開いて多少は明るかった船倉が、再び薄暗くなる。裸電球が2、3個灯るだけのそこに静寂が落ちた。

「―――――で?」

面倒臭そうに、政宗は言った。
「………」
「………」
「………」
「誰が、助けに来るって?」
揃いも揃って、一言もない。三人とも高校生のようだ。幼馴染みと言うのも本当だろう。離れた所から彼らは互いをそれぞれ見比べた。
ザラ
手錠の鎖が揺れて、静寂になれた耳を打つ。
では、自分はどうなのだ。
父が動いてくれるのをただ待つだけか。警察なんか動かない。動かせないのは政宗にも分かる。だとしたら、鬼庭良直か、あるいはその息子の綱元辺りが人を動かすのかも知れない。
成実が言っていたような結果になってしまった。
そして、自分に出来る事は何一つない。
―――つくづく格好悪い…。
ふと、小十郎はどうするだろう?と思った。
あの男が取り乱して一人、この船に乗り込んで来る様が思い浮かばれた。
―――バカバカしい…。
すぐ様それを打ち消す。
「…俺たち、どうなるんだろう…?」
ふと、不安をありありと滲ませて、太った高校生が呟いた。
「そりゃ…」
「お前―――」
「殺されちゃうのかなあ…?」
言ってはいけない事を彼は言った。
「ばっ!ふざけんなっっ!!そんな簡単に殺されて堪るかよ!!!」
「くっそっっ!!ふざけやがって…こんなもの…っ」
「ああ〜〜〜!最後に来来軒のラーメン定食、腹一杯食いたかったなあ〜っ!!」
それぞれが好き勝手に騒ぎ出した。
手錠の繋がれた鉄パイプをガンガンと蹴る音が姦しく響く。上に向かって罵詈雑言を吐きまくる。泣き言を延々呟く。
政宗のイライラがMAXに達した。
「Shut up!!!!!」
見事な発音で怒鳴られて、彼らは黙った。
「…逃げ出すチャンスは多分、たった一度きりだ。金と引き換えの受け渡しの時…それまで体力を温存しとけ…」
感情のない声がまるで死刑宣告のように呟くと、空気がしんと静まり返った。
右目を隠して踞る政宗を、三対の瞳が見つめていた。



A kidnapping.
―誘拐―

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