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―Tell me a reason.―
Welcome to the battlefield.
ピックアップ・クレーンが整然と立ち並び、赤錆びたコンテナ船が幾つか停泊しているのが見える。その手前に横たわる大小様々な色形の倉庫の間を、コンテナを積んだトラックや空のトラックが虫のように行き来していた。
先導する黒塗りの車は、その倉庫街の外れに停まった。
そこには既に一台のベンツが待ち構えており、小十郎たちの車が到着するのを見るや、車中から4、5人の男達がおもむろに降り立った。
運転席から出て行く際、綱元の上着の内側に、いつの間にか拳銃が忍ばせてあるのを小十郎は見てしまった。
輝宗と綱元、そして「実動隊」の11人がそれなりの配置を意図しつつ、相手と向き合った。
「Welcome to Hong Kong!」
と幹部らしき男の一人が両手を広げつつ言った。
顔は笑っているが、眼が笑っていない。
時折、中国マフィアは妙な所に義侠心を持つ事がある。幾つもの地方訛りを持つ中国語で国外の人間と話すのを嫌ったりするのもその一つだ。故に、この後の会話は全て英語だった。
「一人50万ドルだ。私の所と君の所とで7:3、どうかな?」
何の前置きもなく始まった商談に輝宗の表情が変わった。
いや、その顔から表情と呼べるものが消えた。
まだ話し合いの余地があると思っていた自分に腹が立つ。輝宗は首を微かに振りつつ、答えた「無駄足だったようだ」と。
「………」
それはそれは嬉しそうに中国マフィアの男は目を見開き、大口を開けて笑みの形を作った。暴力の予感が男を舞い上がらせている。
衣擦れの音を響かせて、黒服の男達が懐から銃を取り出す。
「テルムネ、あなたは殺さないよ。日本との繋ぎの為に来てもらう―――他は用なしだ」
何の躊躇いもなく始まった銃撃戦に小十郎は思わず身を乗り出していた。
綱元とその「実動隊」は一斉に身を転がして手近な物影に飛び込んでいる。と言っても、ボロボロのドラム缶や砂利の山しかないのだが。
そんな中で輝宗はコートの裾を翻しつつ突っ立ったまま。
それへと幹部の男が歩み寄る、その手にもやはり拳銃。
顎の下から銃口を突きつけられ気味の悪い笑顔を向けられた輝宗が一歩、足を後ろに引いた。
と見るや、輝宗に銃を突きつけていた男の体が地面に向かって吹っ飛び、輝宗は振るった拳をすぐに納めた。彼を取り押さえようと、黒服の男達が輝宗の周りを取り囲んだ。

小十郎は慌てて車のドアを押し開けようとした。
「Hey boy! 子供は黙って見てるんだ」
ほんの少し開いたと思ったドアの向こうから歌うような英語が飛び込んで来て、ドアは押し返された。小十郎が見たのは後姿だけだったが、くたびれたトレンチコートを纏った長身の男が弾丸飛び交う渦中へゆったりと歩いて行く。
綱元は銃を持って追いかけて来る男を2、3人ぶちのめしながら輝宗の傍へ駆け戻ろうとしていた。他の実動隊も徐々に相手の数を減らしつつまとまろうとしている。
形勢を不利と見た別の幹部が左手を大きく振る。すると傍らの空き倉庫から黒服の男達がわらわらと走り出して来て、輝宗たちをその車ごと取り囲んだ。
「手こずらせるな…」
輝宗の右ストレートが顎に入ったらしい男が、ふらつく足取りで手下に支えられてこちらへ向き直った。目配せで合図を送ると、周りを取り囲んでいた男達が手に手に獲物を構える。
そこへ、ゆったりと歩いて来たのは先ほどの男だ。
「何かお手伝いしましょうか?(May I help you?)」などとのんびりと輝宗に問う。
「お前の獲物だ、お前の好きなようにしていい」
輝宗の返答に薄っすら笑んだ口元には無精ひげ。
「じゃあ」と言って軽く鳴らした指には銀の指輪。
パン パンパンパン パン
乾いた音が何処からか響いて、中国マフィアの幹部とその傍らにいた男達が数人、糸の切れた人形のように地面に崩れた。マシンガンなどを構えた残りの男達が慌てて辺りを見渡すが、新たな敵は見当たらない。動揺の走ったマフィア達の様子に好機を見た綱元が、手近な男から銃を取り上げ、渾身の蹴りを見舞ってやった。
「Hey guy! こいつら俺の獲物だって言ったろ―――」
飄々とした態度で綱元に抗議しようとする男の肩を、マフィアの男が掴んだ。
それと同時に、自分の車――正確には小十郎の無事を確認しようとして――を振り向いた輝宗の顔面に向かって、黒服の男が銃床を振りかぶる。輝宗が目許を押さえてよろけた。
それを見るなり、小十郎は車中から飛び出していた。
「ちっ!」
ひょろりとした男は輝宗の有り様に舌打ちをして見せた。
それから、ゆらりと体を揺らしてその長い足を、自分の肩を掴んでいた相手の首筋に叩き込んでやった。
パン パンパン パン
再びかなりの遠距離からの狙撃音が轟いて、狙い違わず黒服だけが倒れて行く。
「Hey boy!」
「小十郎!!」
男達の拳や銃口を避けて走り寄ってきた小十郎は、輝宗の背後から迫っていた男にタックルをかましていた。男は倒れたが小十郎はそれから素早く飛び退き、振り向き様に別の男に回し蹴りを放った。
大混戦となった中で小十郎と輝宗、そして見知らぬ男とが一つの輪になって襲い掛かるマフィア達を確実に倒していた。
浮き立つ気持ちを抑えもせずに綱元がそれに加わり、周囲では彼の「実動隊」が薙ぐように取り乱した黒服たちを倒して行った。

「Ha-Ha!! 楽しいがここらで終いにするとしよう!」
長身の男がそう言って、警笛を吹き鳴らした。
間髪入れず響いたのはサイレンの音で、建物の影に上手く隠れていたらしい香港警察のパトカーが次々と集まって来た。
1分と経たずにあたりは重装備の警官達に取り囲まれた。
連行されたのはマフィア達だけで、その死体も余す事なく車中に引き入れられた。
事の後始末に動き回る警官達の真ん中で、輝宗はその長身の男と軽い握手を交わした。
「久々に楽しいものを見せてもらった、テル」
「助かったよ、金劉」
そう言う輝宗の右瞼の上がぱっくりと割れて鮮血を流し続けている。スーツやシャツの襟元までそれは滴っていた。
「ずいぶんイキのいい若いのを見つけたんだな」
輝宗の背後、少し離れた所に立つ小十郎をちらりと見やって、金劉と呼ばれた香港警察の男は素朴な笑みを輝宗に向けた。
「血の気が多くて困っているよ…」
香港警察を悩ますマフィアの幹部を現行犯で(本人死亡のまま)捕縛して、彼らは意気揚々と引き上げて行った。



「輝宗様、手当てを」
黒いハンカチを差し出しつつ綱元が言いかけると、彼は黙ってそれを受け取った。
それから、背後の小十郎を振り向く。
医者に止められていた激しい運動――喧嘩をしてしまったが体に異変はない。埃まみれにはなったが怪我もない。だが、輝宗が胸の裡で怒りをくすぶらせているのはそんな理由ではなかった。
「ともかく、ホテルへ戻る」
ひんやりと言い放たれた台詞に小十郎も綱元も、ぎこちなく従った。


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