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―Tell me a reason.―
A wounded wolf.
「ま、暴力団も様変わりしたよなぁ…」
車を運転しながら、綱元は独り言のように呟いた。
「パソコンにデータベースを作って、他所の組織図や動向を追ったり、夜の店と共有ファイルを介して売り上げの管理をしたりな。体育会系の筋肉バカばっかりじゃあやっていけねぇんだ、これが」
「綱元さんも?」
「俺は…まあ、必要な情報を引っ張り出すくらいはな」
「じゃあ、若い衆にそういうの得意なのがいるんだ?」
「ああ、なんつーの?コンピューター乗っ取る奴」
「ハッキング?」
「そうそれ。そういうの得意な奴とかいてよ。何も暴力振るうだけが能じゃねぇとか抜かしやがる…」
言って、綱元は声を上げて笑った。その若い衆に面と向かって言われたのなら、相当舐められているか信頼されているかのどちらかだろう。そして綱元は、相手の言わん所を汲み取る度量を持った男だった。
「なあ、小十郎。お前は何が得意だ?」
「―――――」
暗に、どんな事でも組織のためになれる、と説得する風の問いかけに、小十郎は黙り込んだ。
大学では最もややこしいと思った工業化学の分野で道を切り拓こうとしていたが、得意でも好きでもない事だ。
知識が増え、研究テーマの発想を探す努力は面白かったが、まさかバイオテロでも起こすつもりがないのなら、自分のそれは余り意味を成さない。いや、どんな事でも役立たせるのだろう、伊達に連なる人間なら。
しかし。
「……何も…」
小十郎はそう返すしか術を知らない者のように、深くは考えずに答えていた。
「―――そうか〜」と言って、車は赤信号で止まる。
ごっ
と、ガードする暇もなく、腹へ綱元の拳が入った。思わず屈んで息の詰まる鈍痛に耐える。一体、シートベルトをしながらどうやって…と思ったが、やった本人は涼しい顔でハンドルに手を戻した所だった。
「ふふん、何がかじる程度だ。頭に手をやった時の首の揺れ具合で、手前が相当鍛えてんのはモロばれだってーの」
「………っ」
痛みが去らない。
どうやら古傷にヒットしたらしい。厭な汗が流れる。
アメリカでは表面的な怪我の治療はしたが、内部検査までしなかった。小十郎が平静な態度だったからだし、いちいち何処を殴られたり蹴られたりしたのかなど覚えてもいなかった。
車が走り出してから、綱元が異変に気付いた。
「おい?小十郎、そんなにキツくは―――」やってないつもりだが。
皆まで言わず、彼は車を路肩に止めた。
エンジンも切って自分と小十郎のシートベルトを手早く外す。屈み込んで、両手で腹を抱えた小十郎の腕を無理やり引き剥がしてシャツの裾をたくし上げた。
「!」
傷自体浅いし消えかかっているが、それが鋭利な刃物で意図的に浅くつけられたものだと綱元にはわかった。綱元自身そうして手を汚した事があったから。
特に拷問、と言う形で。
そうした傷痕が満遍なく彼の皮膚の上を覆っていたのだ。
一瞬、驚きに呑まれた綱元だったが目的はその事ではない。躊躇した事さえ悟られない淀みを自分の中に呑み込んで、改めて小十郎が苦痛に身を捩る原因を探した。
しかし、他に今の一撃が原因の痣などは見当たらない。だから荒い息に隆起する腹筋に指を這わせた。先ほど拳を入れた辺りで少し押してみる。
「―――!!」
小十郎が海老のように体を縮めた。
「…こりゃ、内臓いってるんじゃねぇのか?」
脂汗を流す小十郎が薄目を開けて男を見た。
「だ、いじょう…ぶ、です―――」
とても説得力のない台詞だ。
綱元は、小十郎のシートを倒して自分だけシートベルトをし直した。
「…綱元、さん……」
「ちっと我慢しろ」
「義姉さんには…」
「言わねぇよ。言ったら俺が殺される」
笑うに笑えない冗談だった。綱元は自嘲の笑みを浮かべて車を発進させた。
「綱元、さん…」
「んあ?」
「…病院は、…ちょっと…」
思わず、イラっと来た。
「体の表面と違って中身の損傷は面倒臭ぇんだよ。ほっとけるか」
「でも―――」
「いいから黙っとけ。何人訳アリの若い者見て来たと思ってんだ」
「………」
小十郎は黙った。痛みも徐々に引いて来ている。
このまま大人しくしていればそのうちケロリと治るだろう。病院に連れて行かれたら、その場から逃げ出せる程には。


そう考える少年の胸の裡を、綱元はすっかり見抜いていた。
何でかこういう奴は傷付いている事を隠したがる。まるで野生の一匹狼みたいに。油断したらそれでお仕舞いだとか思い込んでいるようだ。
特に、若い男にそういう傾向が強い。
しかし、この事を輝宗は知って小十郎をアメリカから引き取って来たんだな、と改めて納得した。こいつが優雅にホームステイを楽しむタマじゃないのは知っているから、あちらではとんだヤクザな生活をしていたのだろう。ますます小十郎が伊達家に欲しくなった。
姉の喜多は、自分が小十郎をヤクザの世界に引き込む事を快く思っていないのを、綱元にだってわかっている。だから出掛けの寸前にあんな風にして小十郎(と自分)に釘を刺したのだ。
―――それでも。
この少年の眼差しの強さに、ぞくぞくする程の期待を抱いてしまうのは仕方ない事だ。
欲しいのは優しい仔羊ちゃんではない。
傷付く痛みを知っている、またその痛みを越えて行ける強い精神力を持った闘える人間だ。


A wounded wolf.
―手負いの狼。


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あきゅろす。
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