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―Tell me a reason.―
A fierce woman.
輝宗が病院から直接、会社に行ってしまったその日の午後、伊達の屋敷にちょっと困った人が訪ねて来た。
応接室へ案内された小十郎は、その扉を開ける前に下っ腹に力を込めた。
気合を入れた、とも言える。
扉を開けるとソファの上にその人の姿はなく、ぐるりと視線を巡らせてみる。
応接室の奥まったところにピアノが置いてあり、傍らの窓辺にその人は佇んでいた。彼女が扉の音に気付いてこちらを振り向く。
「―――小十郎」
「義姉さん…」
ハイヒールの良く似合う美しい足が動いて、彼女は颯爽と近付いて来た。
そして喜多は、小十郎の前まで来てにっこりと微笑んだ。
「小十郎、お前何のつもりで輝宗様の所に転がり込んでいるのかしらね?」
「―――…」
口調は優しいが、眼が笑っていない。
「それより…今まで何処ほっつき歩いていたのかと思えば、アメリカだなんて…。お前、一体何やってたの?」
眼が笑っていない微笑が更に深くなった。
蛇に睨まれた蛙状態で黙っていると、不意に義姉は視線を逸らした。
「…輝宗様に何も聞かないでやってくれと言われてるから答えなくてもいいわ。とにかく、座って」
小花柄が華やかな応接ソファに二人は向かい合って腰を下ろした。だがすぐにはどちらからも話を切り出さない。
小十郎は義姉に何を言われるかビクビクしていただけだったし、当の本人はテーブルの上を見つめて黙りこくったままだったからだ。
不意にノックの音がして、女中が紅茶を運んで来た。気まずい雰囲気の中、ティーカップが立てる音だけが響く。
女中が出て行った後、おもむろに喜多は口を開いた。
「お前はこれからどうするつもり?」
「…部屋を借りて、仕事を探して―――」
「14のお前にそれができるとでも?」
「―――――」ぐうの音も出ない。
「年齢はごまかせても、義弟にそんなマネはさせたくない」
ふう、と義姉は溜め息を吐いた。
「鬼庭の家に来なさい」
「…え、でも…」
「―――――」
反論しようとしたら、ギロリと睨まれてしまった。
「片倉はそれを快く思わないでしょうね」小十郎の父を喜多は片倉と呼び捨てた。
正直、この義姉も家業を継がないからと言って義弟を勘当した男を快く思っていないのだ。ただ母が再婚した相手だったし、他人の家庭の事情に嘴を突っ込む野暮な事はしたくなかった。母は一体どういうつもりなのだろう。
「鬼庭の父と母には了承してもらってる」
「義姉さん」
「何?」何か文句でもあるの?と強い視線で見つめ返されて、小十郎は一つ息を呑み込んだ。
「これ以上、迷惑をかける訳には」
「輝宗様にはかけてもいいっての?」
又してもぐうの音も出ない。
「―――輝宗様がね、お前の事心配してらっしゃったわ…」
不意に態度を和らげて、義姉はティーカップを取り上げた。
「お前にとって一番良い事は何だろうかと考えているんだって…あんなに優しい人は他に滅多にいないわよ?」
「知ってる」
即答だった。
俯いて、なにやら物思いにふける小十郎を彼女は紅茶の湯気越しに眺めていた。何かあった、とそれは喜多に悟らせるに十分の沈黙だった。
「私の手元に置いておく事も、考えてる」
ふと漏らされた義姉の言葉に小十郎は顔を上げた。
「輝宗様は、そうも仰ってた」
―――あの人の傍に。
小十郎は考えた。
世界の伊達、と言わせるまで事業の発展に全力を尽くす人の傍ら、仕事の手伝いが出来るだろうか。
こんな若輩者に、ビジネスの事など何も知らない自分に。更なる迷惑がかかるだけではないだろうか。
「とにかく」
思考の淵を彷徨っていた小十郎を、喜多の声が現実に戻した。
「鬼庭の家へ来なさい。まだ血の繋がりのある所の方がお前も気が楽でしょう。父も本当はお前の事を心配しているし、無事な姿を見せてあげて」
「…輝宗様はこの事は」
「知ってるわ、当然でしょ」
既に立ち上がっていた喜多は、事もなげにそう言い放った。


A stern lady and a tender lady.
―厳しいヒト、優しいヒト。


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