[携帯モード] [URL送信]

―Tell me a reason.―
During cool and violence.
ジョーンズが手当てを終えた小十郎を連れて来た。
眼の上も唇も消毒され、ガーゼを貼られている。多分、服の中もちゃんと手当てをしてくれたのだろう。上着をぎこちなく肩に引っ掛けた彼はそれでも卑屈な態度一つ見せず、輝宗の向かいのソファに腰掛けた。
「私は伊達輝宗と言う。ハーバードの卒業生だ。たまたま同窓会があってこちらに来ていた」
「片倉小十郎です」
声変わりの途中なのだろう、と思い込みたい程割れた声が何とも痛々しい。
「…もしかして」とふと、思った。片倉と言うのは。
「喜多の義弟…か?」
「―――はい」
呆れたような、感心させられたような、複雑な心境で輝宗はこの少年をつくづく眺めやった。
自分の名前を聞いた時に彼は何の反応も示さなかった。その鉄面皮にやはり賞賛を送りたいと思った。
鬼庭喜多は、輝宗の妻の友人だった。二つと四つになる輝宗の子供の面倒を一緒に見てくれている。その喜多の母が片倉家に嫁いで生まれた男の子がいると聞いてはいたが、名前までは知らなかった。
それでも、身内が14歳と言う若さでマサチューセッツ工科大学に進学したと言うのであれば話題に出る筈だ。そして、それは必ず輝宗の耳に入る。
喜多はこの事を知っているのか?と言う疑問はそれで打ち消される。
これは何が何でもどうにかしなくては、と輝宗は思った。
「しかし…片倉の息子がマサチューセッツに来ていたとはな」
探りを入れるつもりで輝宗はそう切り出した。
「俺は親に勘当されています。知らなくて当然だ」
「勘当…?」
「家業を継がないから」
「そんなバカな」
「父は昔堅気の人間です、仕方ありません」
もう既に達観している者の眼で小十郎は言った。
隠しても嘘を吐いても無駄だとわかっている者の口調だ。そして、事実を知ったとしても他人に何が出来るか、と挑むような気配もある。
だが、相手は伊達輝宗だ。一般人とは訳が違った。
「小十郎、日本へ戻りなさい。いや、少なくとも他の大学に移るんだ。こんな事、赦せる筈がない」
「―――何の為に?」
「何の為って…」
ああ、この子はわかっていて耐えているのかと輝宗は思った。
ならば、自分も腹を括らねばなるまい。
「小十郎、お前は頭がいい。だが保護者が必要な年齢だと言うのも確かだ。お前にも言い分はあるだろうが私は聞かないぞ。私が帰国する時、お前も連れて行く」
「は???」
何だその強引ぐマイウェイは。
「話になりません、俺は帰ります」
失礼します、とそれでも折り目正しく礼儀を尽くして小十郎は席を立った。輝宗も今はあえて追わなかった。
少年と入れ違いにジョーンズがデスクに入って来た。
「テル、いいのか帰して?」
「ああ、ジョーンズ。マサチューセッツに知り合いはいないか?」
「あ?ああ…何人か」
同窓生の事など頭から吹き飛んだように、この後輝宗は大学から大学へと飛び回った。



その日の夜にはMIC(マサチューセッツ工科大学の略)の中での小十郎の身辺調査を終えて、彼のスタジオがあると言うボストンのダウンタウンに輝宗は立っていた。
ボストン市とケンブリッジ市の犯罪件数の大多数を担っている地域だ。
確かに、ダウンタウン以外の市街地での家賃の高さは輝宗も知っている。だからと言って、14歳の少年が一人で住んでいい地域ではない。
自分の考えは、大人の身勝手なご都合主義を少年に押し付けるものなのだろうか、と考えないでもない。
彼の将来を考えて、日本に連れ帰ってどうするのか。
希望するのなら日本の大学の研究所に紹介する事も出来る。
大学院へ進学するのでもいい。
日本そのものが嫌だと言うのであれば、輝宗の伝手のある別の海外の大学を薦めよう、もちろん信頼出来るホームステイ先とセットでだ。

そんな事をぐるぐる考えながら歩いていると、背後を自分と同じリズムで歩いて来る足音が聞こえて来た。
輝宗は溜め息を吐く。何処でも裏通りはこんなものだ―――面倒くさい。
気付かぬ振りでそこの角を左に折れ、足踏みで自分の足音を響かせた。間もなく、輝宗を追って男が角を曲がって来た。
その男の首根っこを引っ捕まえてビルの壁面に顔を押し付けてやった。
「Ha! Give me money…. Fake?(金寄越せ…、なんてな?)」
「―――Shit!!」
「I does not need the money. On the other hand, will me get your life?(金はいらない。その代わり、お前の命を貰おうか?)」
ゴリッ、と男のこめかみに銃口を押し付けてやった。男の尻ポケットから拝借したものだ。
男は情けなく命乞いをし、他の事ならなんでもすると言った。
「It is so? Then do you know a man named Vincent?(そうか、だったらヴィンセントと言う名の男を知っているか?)」
輝宗は男から必要な情報を聞き出すと、軽く引き金を引いてお休みの挨拶をした。
そして元来た道を引き返し、目的のスタジオへと再び足を向けた。



小十郎のスタジオは、別にダウンタウンに限った事ではないがその中でも100年以上の時代を感じさせる建築物だった。
何処からか水が漏れていて常に壁を濡らし侵食し、鉄製のテラスが今にも崩れ落ちそうだ。鎧戸など外から見てまともに残っている方が少ない。
少年のスタジオはそこの2階だった。
扉の前で立ち止まる。
中からガタッ、ガタッとものがぶつかり合うような音がする。
済まない、失礼するよ―――心の中で小十郎に声をかけ、木製の扉を片足で蹴破った。同時に右袖の奥のボタンをスーツの上から一つ外す。
と、するりと掌に超小型の拳銃が落ちて来た。紙で出来ていて一、二発撃ったらおしまいだがそれで今は十分だ。
輝宗は音の在り処を確かに聞き取りながら、迷わず一直線に寝室へ向かった。

覚悟しろ輝宗、何を見ても受け止めろ。

前知識としてある性的虐待の現場に向かっているのだ、と言う意識が否が応でも高まった。
音が大きくなる。
ガタン、ガタン。
その音に混じる人の声、苦鳴、肉が肉をはたく音―――。
目の前に迫った戸を、足早に歩きながら輝宗は又しても蹴破った。
そこで眼にした光景にざわ、と耳鳴りがした。
深く考えもせず、輝宗はその若い男の脇腹に容赦ない蹴りを入れた。
男―――多分ヴィンセントはベッドの向こうに吹っ飛び、壁紙がボロボロになったままのそこにぶち当たって床に落ちた。
ベッドヘッドに両手をまとめて括りつけられていた小十郎は、虚ろな瞳で何が起こったのかと見ていた。
それには眼もくれず、輝宗は蹲ってもがく白人男性を、その頭髪を引っ掴んで引き起こした。
拳銃を持った右手で顔面に一発。よろけた所へ頭をホールドして下から蹴り上げる。鼻血を吹いて仰のいたボディへ重い拳を幾つも叩き込む。
男は血反吐を吐いた。
おまけで、左フックもくれてやった。
殺さなかったのは、小十郎の身を思うだけの理性がまだ残っていたからだ。でなければ、先ほどの強盗の二の舞になっていた筈だ。
抗議の声を上げる事もままならず床へ倒れ落ちた男を、輝宗は冷ややかに眺めやった。そうしながら、これを使うまでもなかったなと紙製の銃をスーツの内ポケットに仕舞う。
「な…に、してるんですか…」
掠れた声が、背後から掛けられた。
「悪いが私にはSMショーを楽しむ趣味はないんでね」
応えながら、振り向く事もなく少し乱れた髪を片手で撫で付けた。
「人殺し、強盗、強姦、薬―――君はこんな男の何処に心を動かしたんだ?」
「……他の奴らから、守ってくれる…」
「―――バカな!」思わず吐き捨てていた。
「子供が一人でこんな所で暮らして行ける訳がないでしょう」
その、他人事のような言い草。親に勘当されてから今まで一体どんな無茶をして来たのか。それともこれは、親の期待に応えられなかった彼の自分に対する罰だと言うのか。
「服を着ろ、ここを出る」
「な…に言って―――」
「いいから黙って従いなさい」
文字通り、有無を言わさずそう言い放った。
ベッドサイドのクローゼットから適当なものを見繕ってベッドの上に放る。その間、全裸の小十郎を視界に入れる事もなく。
「……手が縛られて、動けない…」
「―――――」
輝宗は動きを止め、靴下の中からサバイバルナイフを取り出した。そして振り向く。
うつ伏せに縛られた小十郎の背には、何とも表現のしようのない傷、傷、傷―――。内腿からたくさんの血を流し、痣やら膿んだ切り傷やらがびっしりと。
ベッドの柱に括りつけられていた少年の両手を解放して、そこで堰が切れた。
輝宗は漏れそうになる嗚咽を噛み殺す為に、自分の手で口を覆い、饐えた臭いのするシーツを握り締めた。
―――なんて非道い…!
声を殺して咽び泣く大の男を、何とか上半身を起こした小十郎が眺め下ろしていた。
少し不思議そうな、だが哀れみの眼差しで。


During cool and violence.
―冷静と暴力の間。


[*前へ][次へ#]

3/12ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!