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―Tell me a reason.―
The thing which is lost.
高校進学は東京で、と思い立ったのには理由があった。
勿論、若者らしい好奇心だとか田舎はつまらない刺激を求めてだとか言う動機はなきにしもあらず。
だが一番大きな理由は、緊張感が途切れることを恐れていたとでも言うべきか。



The thing which is lost.
―失われてゆくもの。



政宗は「3年になったらお礼参り」のお題目を唱えて、日々心身ともに鍛錬する事に慣れてしまった。
そうしたら休む事も、立ち止まる事も出来ない、いやしたくないと思うようになっていた。
そして東京では、期待通り並大抵ではない緊張感を味わう事が出来た。

例えば、この真田幸村―――。
退学届けを出しに来た午前中の学校、ついでに部室の荷物を取りに来ると、授業が始まるギリギリまで朝連をしていた真田幸村と鉢合わせた。
マスクを取り去って汗を拭いていた幸村は、私服姿の政宗を見付けると大きな瞳を更に見開いて凝視した。
先に目を逸らしたのは政宗の方だ。
練習場からロッカールームへと足を運びかけた背へ「政宗殿」と覇気のある声が飛んだ。政宗は足を止めたが振り向かない。
ひゅんっ
と独特の音がして、つい条件反射で体が動いてしまった。政宗は振り向き様、視界に入ったサーベルを宙でキャッチした。
「演台に上がられよ」
そう言ってフェンシングの試合場に自ら立つ幸村。
「俺はジャケット(防具)も着けてないんだぜ」
言ってやると、幸村は汗で濡れたプロテクターやジャケットを体から剥ぎ取り始めた。
「これでよろしかろう」
二人はしばしば顧問のいない場でこのように防具無しの試合に臨んだ。
サーベルが折れて眼に突き刺さり、それが脳にまで達して死亡する、と言う事故すらある競技だ。防具無しでの試合は無謀としか言いようがない。
不真面目、でもない幸村が防具をしないのは勿論政宗が相手の時だけだ。
だが、政宗は顧問の目さえなければ「邪魔だ」と言って身に着けない事の方が多い。当然、負ける気がしないからだし、タダでさえ視界が健常者の半分なのに更に見えにくくされるよりは余程マシだった。

ステージ(演台)の上で二人は対峙した。
手にしたサーベルの刃をひょんひょんと鳴らしつつ、手に馴染んだその感触を確かめる。
その眼だ。
正面から真っ直ぐ見据える眼。
幸村の迸る闘志そのものの、灼け付くような視線。―――生命のやり取りをしているのだと思わせる、射抜く程の眼差しが。体を芯から熱くさせる、その眼差しが…。

瞬間、これを自分は失うのだとわかった時、政宗の腹の中に重いしこりが産まれた。

「En garde!(構え)」幸村の張りのある声に我に返る。
「Etes-vous Perts?(準備は良いか)」下っ腹に力を入れて、政宗は応えた。
「Oui(よし)」
「Allez!!(始め)」
政宗は左手のサーベルを撓らせつつ、一歩踏み込んだ。対する幸村も左使いである。
もともとは政宗も右手でサーベルを握っていた。
狭い視野の、さらに死角に当たる部分を反射神経と動体視力、それに勘でどれだけ補えるかを試す意味合いもあって始めたフェンシングだ。
勿論、小十郎に叩き込まれたボクシングで培ったものがあったればこそのチャレンジではあった。
だが幸村はそんな中途半端を瞬時に見抜いて、かつ嫌った。
それ以来、幸村とは左右どちらでも試合った。
静かな練習場には、彼らの息遣いと、ステージを踏み鳴らす足音と、サーベルの刃と刃が打ち合う鋭利な斬激音だけが響いた。

「…男は語らずってね」
練習場の入り口に凭れ掛かってその様子を見ていたのは、佐助だ。授業が始まると言って幸村を迎えに来たのだが。
危ないと何度言っても二人は聞く耳を持たなかった。
そうして、試合に夢中になっている彼らは非道く楽しそうで、結局こうして見守っていた。
利き手ではない方に慣れるまでは、利き手を使う者が当然有利だ。それがこの3年弱で面白い程に拮抗するようになった。
向き合えば向き合う程、この二人は己を高め合えるのだ。
―――まあ、仕方ないか…。
思わず漏れた溜め息と、次の瞬間ぬっと湧いた気配に、佐助はビクリと肩を揺らした。
「あの二人はいつも防具を着けねぇのか…」
佐助の隣に立って独り言のように呟いたのは、小十郎だった。
「ちょっと…、あれを止めようなんて野暮すぎるんじゃないの片倉サン?」
ジャケットの裾を掴まれて、小十郎は足を止めて赤毛の青年を振り向いた。
赤毛と言うより、オレンジか。
「今まではとりあえず一回も怪我した事ないから」言いつつちょっと片眉を上げて見せる。
「終るまで待ってよ」
「―――――」
何とも言えない渋面を作って見せると、小十郎は演台の二人を見やった。
佐助や自分が視界に入らない距離でもないのに、こちらに気付いた様子はない。と言うか、一瞬でも気を散らしたりしたらそれこそ大怪我になりそうな激しい攻防が続いている。
下手に声を掛けるのは却って危険か…。

眼にも留まらぬ光速の斬激が絶え間なく応酬されている。
その、しゅっとした立ち姿の若者二人の機敏な動作は、見ているこちらが小気味良くなる程だった。


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