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―Tell me a reason.―
Knight who protects his princess.
夏休み半ばの登校日、注意事項を念押しされて下校となった生徒達は三々五々散って行く。久々に顔を見た彼らの顔は、とても健全そうに見えた。
下駄箱前でスニーカーに履き替えていた成実は、突っ立ったままの政宗を見上げた。
「どしたの?」
彼の手には一枚の紙切れ。ラブレターにしては愛想のないそれを見つめるその表情が、
―――変わった。
成実も見た事のないものだ。
無表情に近い、が、それだけではない。
政宗の手から奪い取ったそれを見て、成実は瞬時に青ざめた。
政宗が自らの携帯を取り出し、ぼそぼそと喋り出した。
「ま、待てよ政宗!!」
紙切れから視線を上げたときには、政宗は成実に背を向けて走り去っていた。

紙切れには汚い字でこう書いてあった。
「平井望を預かっている、連絡寄越せ」そして携帯No,―――成実も自分の携帯を慌てて鞄から取り出した。

そいつは何度か政宗と成実をシメようとして来た3年だった。何でか知らないが、そいつに望が政宗の彼女だとバレた。成実がその番号に掛けると「しばらくお待ち下さい」とのアナウンスが流れて、そいつの伝言が再生された。
ネット通販で使われる、いわゆるダミーの電話番号だった。個人を特定される事を避けたやり口だ。録音された伝言にあった場所は、市街地から離れていて電車で2時間も掛かる。政宗は一人、そこへ向かった。
それらの情報を何とか説明し終えて、成実は小十郎の車の中で祈った。
―――間に合ってくれ!!



そこは、市街地の外れにある廃工場だった。
砂利やセメント材が山積みにされ、放っておかれたクレーンやブルドーザーが錆付いたまま悪戯書きの恰好の餌食になっている。
小十郎はオンボロ工場の少し手前で車を止めた。タイヤの音を聞き取られると逃げると思ったからだ。
「おい、成―――」
「んだよ、早く助けに行こうぜ!!」
「お前、とりあえず一人で行って来い」
「はあ?!」
訳がわかんねえ、と言う苛立ちを隠しもせず成実は焦燥に駆られた顔を振り向けた。
「俺らの仕事、忘れたか…」
「………」
どうにも忘れがちだが、そして「インテリ」なんて余計なものがくっつくが間違いなく「ヤクザ」だ。
「どうしても危なくなったら行ってやる。だが、子供同士の喧嘩に嘴突っ込む程、野暮じゃねえ」
「ンなっ!ここまで来て…っ!」
「政宗はそれくらいわかってるぞ」
「―――――」
成実は俯いて唇を噛み締めた。
呼び出しの紙切れを見て、政宗は取り乱し我を忘れて一人で駆けて行ったのではない。あの時の無表情は多分、かつてない程冷静に全てを理解した者の表情だったのだ。
…だよな、やっぱそうだよな。…俺、すっげ情けない事しちまったんだよな…。
そんな心の声が聞こえるくらい意気消沈した成実、だが小十郎はその頭に手を置いて、ぐらぐら揺すった。
「俺に教えてくれたのは間違いじゃねえ、だが俺としても今出て行く訳にゃいかねえんだ。そこん所、呑み込め」
「……わかった」
「お姫様を護って来い」
渋々、でも少しずつ腹を決めて車を降りる成実。
その不安一杯の背を見送りつつ小十郎はハンドルに両手を掛けて顎を乗せた。
―――本当の所、今すぐ行ってやりたいと言う気持ちを抑えつつ。

途中から駆け出した成実は、今にも崩れそうな工場に飛び込んだ。「政宗!!」
薄暗いそこで見たのは、一番あり得そうだと思った光景だった。―――跪いた政宗の前髪を掴んで、あの憎ったらしい奴が笑ってる。周囲にはそいつ(確か加藤とか言った)の遊び仲間たちがにやけた表情で、それを見学している。そして、一番奥には、椅子に括りつけられた望の姿。彼女はとりあえず(今の所)無事なようだ。
駆け込んできた成実の声に、政宗が顔を上げた。長い前髪が頬に張り付き分かりずらいが、見るに耐えないボコられ具合に成実の頭の中が真っ白になった。
「政宗を離せぇぇぇぇえぇッ!!!!!」
だいぶ距離のある所から駆け出したので、相手にはたっぷりと余裕を与えてしまった。だがそんな事に気付かないくらい、成実は取り乱していた。
眼帯を剥ぎ取られ、すでに何発かゲンコツを食らっている政宗の赤黒く晴れ上がった瞼や頬。
許せない、と思った。
「わあぁぁぁあぁぁっ!!!!!」
習ったボクシングなど何処へやら、頭からしゃにむに突っ込んだ成実は、ひょいと避けられたのと同時に足を引っ掛けられド派手にすっ転んだ。
成実に意識を取られたその隙を政宗が見逃す筈もない。傍らに立っていた加藤の脇腹に、立ち上がりながら頭突きを食らわす。
「成!成!!望を!!!」
政宗の張り上げる声に、擦り剥いた頬を気にするでもなく立ち上がった成実は、望の方へと突進する。
縛られていた訳ではない政宗はわっとばかりに群がる3年相手に奮闘した。
だが―――。
「動くな!!動いたら、こいつの顔に傷を付けるぞ!」
何て陳腐な、脅し文句。
見れば、椅子に縛られた望に3年の一人が錆びた鉄骨の切っ先を突き付けている。成実はそれの足元に倒れて、別の3年が馬乗りになって押さえつけていた。
陳腐だったが、その威力は御定まりに大きい。
突っ立った政宗を、横からタックルかまして地面に転げさせた3年が、砂まみれの床に政宗の顔を押し付ける。
ざり、と厭な音がした。
「バーカ、…何恰好つけてやがんだ、みっともねえ」
笑い含みの挑発に、乱れた息の二人は言葉もない。
「やれ!!やっちまえ!!!」
脇腹に政宗の頭突きを食らった加藤が、顔面を醜悪に歪ませて憎々しげに叫ぶ。
二人は、五、六人ずつにそれはもう文字通りボコボコにされた。


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