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―Tell me a reason.―
The careful consideration of the child.
学校から帰り、夕食を済ませた二人が一階のリビングで寛いでいる所へ、小十郎はふらりと立ち寄った。
「政道を何処に匿っている?」
唐突な問い掛けだった。成実がチラリと反応を示した。チラリと盗み見た先で政宗は無反応。
「何の事だよ、かたくー。みっちゃんが何だってぇの〜?」
当然知らない事を前提に成実は惚ける。だが又しても政宗の反応は違った。
「ただ帰すつもりはない、交換条件がある」そんな恐ろしい事をするっと言い出したのだ。まるで誘拐犯だ。
「おいおい、何のつもりだ政宗」
「小十郎の背後には、父がいるんだろ」読んでいた雑誌をソファの上に放って、政宗は小十郎の顔を見据えた。
反抗期なのか、それともこれが人形のようだった彼の本性なのか、物怖じしない「子供らしくない」言動を頻繁にするようになって来た。いや、時折子供とは思わない方が良いのかも知れない、と感じる。
「その通りだ政宗…俺はただの遣いっ走りだ。で、交換条件てのは?」
「政道をどこかに養子に出すこと。その手続きを終えたら、帰す」
「は?何言ってんだ、てめえ…そんな―――」
小十郎の戸惑いを無視して、政宗はソファから立ち上がった。
「それ以外の取り引きには応じられない」
そして、返事も待たずに背を向けてしまった。
ちらちらとこちらを振り返りつつ、成実が後に続いた。
―――何なんだ、畜生!!
小十郎は思わずソファの足を蹴っていた。



当の輝宗は一週間しないと帰って来ない。こんな時に頼りになるのは虎哉ぐらいだった。大学から戻って二人の子供たちそれぞれに何やらお土産を渡した彼が、部屋に戻ったのを見計らって相談を持ちかけてみた。
「おやおやおや」と相変わらず年齢不詳なのっぺり顔に、薄っすら微笑を浮かべて彼は暢気に感嘆符を並べた。
「あなたまだ輝宗様のお側に帰れると思ってるんですか?」
続く言葉がどうして今その話になる、とこめかみに血管が浮き出る内容だったので、小十郎はそっぽ向いて無視した。すると男の笑みが深まって「じゃ、そういう事で」と退室を促されてしまった。
「ちょっ、待って下さい!」
「例えば―――」唐突に、本当にいきなり虎哉は真面目に語り出した。
「例えば、政道様のそれが家出ではなく政宗様が示唆したものだと、あなたは思っている?」
細い指先でネクタイを緩め、デスクに寄りかかりつつ彼は小十郎を見やる。
「……………」何となく、だ。
そんな事もあり得るかも知れない、とは思った。だが、頷く事は出来なかった。
「まあ、いいでしょう。ではもし仮にそれを前提とするなら、その連絡手段は?」
「…ケータイ」
「はい、GPS機能の付いているものをお二人とも持っていらっしゃいますね。…では番号はどうやって知ったのでしょう?またどちらから掛けたのでしょう?」
政宗、の筈がない。わざわざ母の周辺に自分の存在を匂わせるような事などしないからだ。では成美?いや、あの少年は政宗が嫌がる事…特に母親にちょっとでも関係する事は避ける筈だ。ならば、
「政道様?」
「あの三人の中で一番可能性が高いのは、そうでしょうねえ。…では、どうやって、は?」
「輝宗様がお互いのケータイ番号をお二人に教えていらっしゃったんでしょう、離れて暮らしていても血の繋がった兄弟なのだから、と」
不安だったのは政道の方なのだろう。歳が近くて伊達家の内情(両親が別居中、更にまだ家督を狙っているとか)を理解している者などごく限られてしまう。
「そうですね。輝宗様はたまにあちらに顔を出してらっしゃるようですし、そして政道様は実の兄である政宗様に相談してみたいと思った」
「―――――」
「…で?」
「…わかりましたよ……」
小十郎は腕を組んで窓の外を見た。
家出が政道の意志であろうとなかろうと、問題の発生点は政道の方にあり、少年は幼いながらにその問題を解決しようと試みたのだ。そして、相談を持ちかけられた政宗が出した答えが先刻のあれだ。
「政道を養子に出す事」

もし、政宗が自分から政道に連絡したと仮定を逆にしてみる。政道に家出を促し養子の件を要求する。家督を譲られる事がほぼ確定している政宗が何故わざわざそんな犯罪めいた行動に出なければならないのか、と言う疑問が発生する。
母親への復讐?
自分の将来を確固たるものにする為?
政道が目障りだった?

どれも、政宗と言う少年を良く知る小十郎には、納得行かない動機だ。物欲だの金銭欲だの、彼には全く感じた事がない。
小遣いを決めているのは小十郎だ。この歳の子供たちに相応の額を与えていて、彼らはその額面を上手くやりくりして欲しいものを買い、遊びたい時に遊んだ。
通学の送り迎えをするべきだと言う意見が伊達家の古株から上がった事もあった。それは二人の耳に入る前に、小十郎が却下した。
「…そんなに、母親の側にいたくないんでしょうかね?」
分からなくもない。政宗9歳の誕生日に一度だけ見た、あの鬼女のような美しい女、子供からしたら恐ろしい事この上ないだろう。
「子供は、いえ親と子の間では子供は、親が悪いとは考えないものですよ、逆です」
「逆?」
「子供にとって親は絶対の存在、それが間違っている、などとは考えません。むしろ自分の至らない所が悪いのだと感じ、それを何とかしようとする。あるいは我慢しようとする。あるいは成長したら何とか出来るようになると思い込む」
「………」
「あなただって、そうでしたでしょう?」
「俺が?」
「家を継ぐ事、それが自分には出来ないと思ったから家を飛び出したんでしょう?それは言い換えれば、家は継げない、でもまだ子供だから家に置いて育てろとは言えなかった。親の期待に応えられない自分が家で親の世話になるのは図々し過ぎる、とね」
「そんな無理やりな―――」
「まあ、いいでしょう。ともかく、まだあちらでは伊達家への執着があるようですね。そして、頻りに母親が政道様にお前こそが伊達家の頭首だ、お前こそ頭首に相応しいと言うような事を吹き込んでいたとします。何故自分なのか政道様はわからない、小学校でも成績は普通だし、特に友達が多い訳でもない。人の上に立って偉そうに振る舞う自信もない。―――兄の考えはどうなんだろうと思いますよね」
政宗に、家を継ぐ気が本当にあるのか。
以前、虎哉は言った。政宗は既にして伊達家頭首なのだと。
「政宗様は自分が家を継ぐから、政道様にはこれ以上問題を起こさない為にも養子に出ろと?」
「まあ、だいたいそんな所でしょうね」
「…だいたい、と言うのは?」
「私の推測ですが」と、虎哉は珍しく前置きをして言った。
「政宗様は相談を持ちかけられた時、自分の考えより政道様がどうしたいかを尋ねたと思いますよ。そして政道様は、伊達に子供が二人いるから問題が起こると考えている。どちらかが伊達を出て行けばいい、それは自分だと政宗様に応えた」
そんな、痛々しい…。
「母親を庇うために、男の子はそれくらいの事はしますよ、当然。…だからこそ、政宗様は政道様を全力で庇ってらっしゃるんだと思います」
「―――――」
思わず、小十郎は溜め息を吐いていた。
―――それならそうと、何故俺に言わない?


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