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―Tell me a reason.―
The sweet temptation is Aoi.
綱元が陣頭指揮を執ってリストアップされた書類を集める為に、成実や文七郎に指示を出している所へ小十郎は戻った。喜多は喜多で彼女にしか分からない分野―――主に産業方面だ―――の許可書やら認可書やらの書類を用意する為に屋敷を出て行ったと言う。
綱元は小十郎の顔を見るなり彼にも仕事を言い渡した。主に必要なものを挙げて見れば、労務や社会保険などの人事雇用面、税務会計や財務・経理などの資金面、そして官公署や行政機関に提出する認可関連だ。
―――これは、今夜も眠れなさそうだ…。
小十郎は季理子たちが用意しろと言って来た必要書類のリストを眺めながら顎に手を当てて感じ入っていた。
その季理子たちのチームらは、車で運んで来たパソコンを人数分運び入れてセッティングを始めている。他に段ボールに詰め込まれた届け書や報告書、請求書など、これから必要になる一切の資料も用意して来たらしい。
メールでのやり取りが不可能なものは、小十郎と綱元がそれぞれ車を出して取りに行く事になった。文七郎は宮城県庁まで行って開庁時間内に出来る限りの資料を作成してもらう為、飛んで行った。
政宗と成実は電話とメールでPDFファイル化された資料をこちらへ送るよう指示を飛ばす。

そうやってバタバタしている間に昼になった。
女中らが作業の様子を見て、サンドイッチなどの簡単な食事を用意して応接間まで持って来てくれた。若いコンサルティングチームは礼儀正しく「ありがとうございます」と言ってそれを口にした。
張りのある声はインテリと言うより体育会系のノリに近かった。
政宗はこっそり様子を窺っていた応接間の前から離れて2階へ戻ろうと踵を返した。その目の前に段ボールがぬっと現れる。
「えっ…あっ!」
腕がちょっと擦っただけだったのだが、その段ボールを持っていた女はバランスを崩して大きな荷物を取り零した。中に詰まっていた書類の束が床にざらりと広がる。
「わっ!あ、すみませんっっ!」
彼女は慌ててしゃがみ込むとそれらの束を皺になるぐらいの勢いで掻き集め始めた。
リクルートスーツみたいにフレッシュで仕立ての良い上下が良く似合う女だった。政宗もしゃがみ込んで横倒しになった段ボールを起こすのに、ふと振り向けた彼女の顔は素朴そのもの。化粧っ気も余りなく、髪全体に緩いパーマをかけてバレッタで顔に掛かるサイドの髪を纏めているだけだ。
「あ……伊達、政宗…様…?」
ぽかんと開いた口がぼんやりとそう呟いた。
あの季理子の纏めるチームにしては異色のルーキーと行った感じだった。何より頼りない。もしかして本当に新人で雑用係なのか?と思われた。
「政宗でいい、あんた俺より年上だろ?」
「…た、たぶん」
多分も何も、自分より年下だったら高校生の筈だ。常識で言うなら未だ働いてもいないだろうし、コンサルタントなどと言うインテリジェンスを売る商売に就けるとも思えない。政宗は苦笑しつつ彼女の手の中で皺くちゃになった書類を受け取ってそれを丁寧に引き延ばした。
「…業界紙で…拝見した事があります…」
「Hum…?」
「4月の取締役会の時の…凄いですね…」
政宗と一緒になって段ボールに紙束を突っ込みながら彼女は呟いた。ぽかんとした物言いは彼女のクセらしく、驚きは去ったものの未だに呆然としているように見える。
「何が凄いんだか…どうせ親の七光りだろ」
「いえっ!そう言う事じゃなく、…何か、オーラが見えるっていうか…」
「Ha???」
「何か、凄いビシッと決まってるなあって、何か迫力があるなあって…」
「………」
政宗は段ボールを持ち上げながら立ち上がった。
「あっあの…!もう大丈夫ですっ、ありがとうございましたっっ」
「いいから、応接間の扉開けろ」
「は、はい!」
彼女に扉を開けさせて中に入って来た政宗を見て、サンドイッチ片手に休憩を取っていたチームの中から男が一人駆け寄って来て段ボールを受け取った。
「あら、ありがと」などと季理子は口の中をもごもごさせながら軽く言う。
それから、所在なさげに突っ立ったルーキーを見やって「葵ったら姿が見えないから何処ほっつき歩いてるのかと思った」と言い放った。
「すみません、季理子さん…」
「ほら、葵ちゃんも食べな」
肩を縮こませその場に突っ立つだけの彼女を、もう一人の女が手招いた。葵と呼ばれたルーキーはちらと政宗を見やってから、そちらへとおずおずと歩み去る。
政宗はほぼセッティングの終わったPC群を眺めやって、季理子の横顔を視界に納めた。
「ここにずっと詰めっ放しか?」
「まさか」と彼女は即答しつつ笑った。
「まあ、泊まりたいって言うんなら無理には引き止めないけど?お宅も別に構わないでしょ?こんだけ広いんだし、みんな身許ははっきりしてるんだから」
「女は帰せ」
あら、と言うように季理子はようやく政宗を振り向いた。
「あなた、フェミニスト?」
「基礎体力の問題だろ」
「ああ、成る程ね…。でもチーム内では自己裁量に任せてる。あたしは何も言わない、ちゃんと仕事が出来さえすればね」
部屋の隅で葵が体を更に縮めたのが見て取れた。しかし、雇い主ではあれど部外者に過ぎない政宗にこれ以上言える事は何もなかった。
彼は黙って出て行った。
その気配が去ってから女の1人が興奮気味に声を上げた。
「ちょっと見た?!超カッコいい!あれで19?ホント、カリスマ性って世の中にあるんだねえ!!」
彼女に「ねえ?!」と同意を求められた葵は曖昧に頷くだけだ。
「見た目が良いと直ぐこれだ、靖子は」
「カリスマの何たるかがわかってないね」
男2人は冷たくあしらって取りつく島もない。しかし靖子はそんな事一つも気にもせず、このサンドイッチ最高!と既に別の話題を振り蒔いていた。
葵は手にしたサンドイッチをちびちび齧りながら、若き頭首のあれこれを思い出してみる。グレイのVネックシャツにネイビー色のジーンズと言うさっぱりした服装に凛々しい顔立ち、声はちょっと唸るように低く、抑揚が微妙に変化する。
そして、あの片目だ。
―――多分、見た目の格好良さじゃないと思う。
葵も実は靖子のそれに同意見だった。

メールで送られて来た書類をプリントアウトしていたらインクがなくなった。
政宗は屋敷のあちこちを探して歩き、コンサルタントチームにも聞いたがメーカーが違っていたので使えなかった。小十郎の部屋にあるかもな、と言う成実の言葉を思い出して外出中の彼の部屋を訪れた。
最初に眼に飛び込んで来たのは、ベッドの上に放られた幾つかの茶封筒だった。何だろうと思いつつ当初の目的をデスク周りや戸棚を探して見つけた。買い置きしておいてそのまま忘れていたのだろう。それが未使用なのを確認して部屋を出て行きかけた所ではた、と止まった。
ちょっと見てみたい気がする。
見た所で直ぐに戻せば何の問題もないだろう。第一、仕舞ってあったものを引っ張り出した訳ではなく無防備に放られていたのだから。
封筒を一つ掬い上げて中身を指先で摘み出した。
「………?」
澄ました表情の女の写真と、何故か履歴書。
―――新しい女中を雇おうってか?
バカな、と直ぐに打ち消した。屋敷内部の事は長年勤め上げた家令と女中頭が協議して決めている。小十郎にその采配は任されている筈がなかった。
―――じゃあ、何だ?
見合い写真、そう取るのが自然の理だ。履歴書なんて何処の転職活動だよ、と突っ込みたくもなるがこれは小十郎宛に届けられた見合い写真に他ならなかった。
―――この忙しい時に…。
思わず舌打ちが漏れたのは、それをそうと認識した時にぎくりと己の心臓を締め上げるものがあったからだ。それを誤摩化す為に慌てて写真を元に戻し、封筒も放り捨てた。
誰が持って来たのか?
それは当然、取締役会からこちら伊達屋敷に寝泊まりをしている小十郎の義姉・喜多だろう。彼女なら見合い希望者の履歴書を要求する事など平気でしそうだ。
自分が18で小十郎は28になる。年齢から言ってもう身を固めてもおかしくはない。むしろ自分が晴れて頭首となり落ち着いたなら早々に家庭を持つべきだろう。もう"お守り"は必要ないのだから。
そんな己の近侍に、精神的に参っていたとは言えあんな事をせがんだ事実に思わず頭に血が上った。
―――そんな事までさせるかフツー?俺はどんだけ奴に甘えてんだよ…。
東京のシティホテルで行われた取締役会と引き続いての懇親会。その席を中座した政宗が渋る男にしどけなくせがんだもの。
そして、せがんだ以上のものを与えてくれた男。
―――呆れてんだろうな…やっぱ。
男の前で醜態を晒した事に更に頬にも耳にも首筋にも、朱の色が立ち登っているのが自分で見なくとも分かった。本当に今更だが、バカな事をしたと全て消しゴムで消し去ってしまいたくなる。
けれど―――。
あの口付け、最後に小十郎の方から与えてくれたあれを思うと何故だか息苦しくなる。自分の呼吸が出来なくなる。
何故だ、どうしてあんな口付けを寄越す。
今は亡き懐かしい面々に問い質してみた所で、何の答えも返って来る筈もなかった。



The sweet temptation is Aoi.
―花は葵―

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