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―Tell me a reason.―
Does it taste what?
フロントで政宗の病室を尋ねて小児病棟へ向かった。
清潔な廊下を行く白衣姿の子供たちはまるで天使のようだ、と小十郎に思わせた。どんな現実が彼らを見舞っていようと、稚い姿をした子供は子供。大人の幻想の中にいるもののようだ。虎哉の言葉を思い出して、小十郎は思わず自嘲の笑みを口の端に浮かべた。
政宗の病室は特別に一人部屋だった。感染症を患っているのだから当然と言えば当然か。
ノックをしても応答がない。返事を待っていた小十郎は仕方なく、そっと静かに戸を引き開いて中の様子を窺った。
「あ」
寝ているものとばかり思っていた子供がベッドに上半身を起こして窓の外を眺めている。小十郎はもう一度、開けた扉をノックした。
「入っていいか?」
声に驚いて振り向いた少年の右目には、真新しい包帯が巻かれていた。相変わらず表情は読めないが「どうぞ」と小さく返されたので後ろ手に戸を閉めつつ中に入った。
「どうだ、調子は?」
ひんやりとした風が入る窓辺に寄りかかりながら尋ねるのに、政宗はうん、と一つ頷いたきり。
会話が続かなくとも小十郎は気にしなかった。とりあえずいつ頃からマラソンが再開出来そうか、日にちを数えてえみた。
「痛かった…」
ふと呟かれた細い声に、現実に引き戻される。
「ああ…麻酔もなしに神経ぶった切ったもんなぁ。だがあの時はああするしかなかったろうよ」
そして、くつくつと喉の奥で笑う。
「死にたがってた奴が今じゃ“痛かった”か…」
呟かれた言葉に政宗は少々むっとしたようだ。
「…どんな味がした?」と、政宗は明後日の方向に顔を背けながら尋ねた。
一瞬、何を言われているのか小十郎はわからなかった。
どうやら政宗は自分の眼球を小十郎が食べたとでも思っているらしい。「あの後、直ぐ吐き出したぜ?」
「…違う」
まだ神経が通っていた時、真っ暗な右目の視界の中で小十郎の歯と舌がやたらと大きく見えた。そして、眼球を支えるようにあてがわれたざらついた舌の感触。
「ああ〜、あの時、俺も結構切羽詰まってたからなぁ、覚えてねえな、そんなの」
そうしたら政宗に手招かれた。
「?」
ベッドの傍らに立つともっと、と言うように手を振る。
小十郎はしゃがみ込んで布団の上に肘を突いた。すると、小さな両手が伸びて来て顔を掴まれた。
何事だ、と思っている間に包帯で右目を覆った政宗の顔が近づいて来て、見開いた己が右目にピンク色の舌が映って―――。

ペロリ、と舐められた。

「……ちょっと、しょっぱい」
間抜けな一言にもやっぱり動く事が出来なくて、もう一度近づいて来た政宗を日の光の中まじまじと眺めてしまった。
人形のようだ、とそれまで何度となく胸中に昇った考えが今もまた頭を過ぎった。
条件反射で閉じた瞼の中に割り入って来る舌は、ぬらぬらと眼球の形を確かめるようにまんべんなく這いずり回る。
小十郎の背中を何かが走り抜けた。
何か、ではない。
それは明らかに性的な感覚だったが、それがそうと認識される前に小十郎は声を上げた。
「ちょ、止めろって」
慌てて身を離すと、血色の良い舌を出したままの政宗と視線がかち合った。
こんな、子供に―――。
いたたまれなくなった小十郎はさっと立ち上がり「元気そうで何よりだ」と言う捨て台詞を残して、逃げるように病室から出て行った。



その後、快復して退院した政宗はそれまでと変わりなく過ごした。
右の視界がないのは元々だったが、膿みを取り除いたお陰で常時彼を悩ませていた痛痒も去り、薬を服用する必要もなくなった。
マラソンは間もなく再開され、二人の子供はすくすくと成長して行ったのだ。年を経るごとに政宗の口数は増え、表情もコロコロ変わった。
中学校は市内の公立学校に行かせる事を小十郎は輝宗に進言して、その了承を得た。弾けたように政宗が変わったのは高校に入ってからで、たびたび…いや、しょっちゅう小十郎の頭痛のタネになった。
本当に、出逢った当初が信じられない程政宗は変わってくれた。



原因と呼べるものは何一つ解決しないまま―――。


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