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―Tell me a reason.―
Are you used cruelly?
小十郎の運転するワゴンは何事もなく能登空港の敷地に入った。
平面駐車場にワゴンを停め、そのまま小走りに駆けた。
「おい、片倉」と、ずっとイヤホンマイクに掛かり切りだった家康が声を上げた。
「空港に公の手下がいる」
「何処に何人だ」小十郎はちらと背後を振り向きつつ問い返した。
その眼が遅れがちになる芽衣の姿を捕らえる。手を伸ばして彼女の細い腕を掴んだ。芽衣は気丈に顔を上げて追い付いた。
イヤホン越しに手下とやり取りしていた家康が顔を上げた。
「搭乗待合室に2人、チェックインカウンター前に3人だ!」
「後から追って来る者は?」
「…いない、今の所いない―――!」
ひゅう、と慶次は口笛を吹いた
「政宗たちが良くやってるみたいじゃないの」と。
ギリ、と音を立てる勢いで小十郎に睨まれた。
「慶次、手前今回ばかりは祭り見物たあ言わせねえぞ…」
「分かってるよ〜、そりゃあ俺だってお二人さんには無事逃げ切ってもらいたいんだから。―――例え、その後に待ってるもんが修羅の道だとしてもね…。意外と残酷だよな、政宗もあんたも」
「いい加減その減らず口を―――」
「抵抗による痛みなら、皆は甘んじて受け入れる」小十郎の言を遮ったのは、他ならぬ家康だった。少年は横顔を見せたまま、慶次を睨んでいた。
「…優しさの意味を知ったかい?」
彼の問いは優しかった。
アイスホッケーのスティックを肩に担いだまま長い髪を揺らして一行の殿を走る大男。その問いと同じように優しい、夢見るような瞳。
家康ははっと息を呑んだ。
「優しさは、残酷だ」
「―――…」
今なら、家康にもその言葉の意味が分かる、気がした。



彼らはチェックインカウンターへの道を更に急いだ。
吹き抜けのフロントを抜け、総ガラスの自動ドアを潜る。
小さな田舎町の空港だが全国的に終業式当日とあって、早速旅行に出かけようと言う人々でそこそこ混み合っていた。先ずこの中に3人、敵が紛れている。
息を整え、用心深く辺りを見渡す小十郎。
徳川母子をカウンターに並ばせ、少し離れた座席で待つ振りをして近付く者がないか様子を見る。辺りを思い思いに歩き回り、又は人待ち顔に立ち尽くす連中はどれも怪しく思えた。傍らに立つ慶次はTシャツの裾で額の汗を拭っている。重ね着した下のランニングの中でもぞもぞ蠢く者を見て取って、小十郎は思わず気を反らされた。
大阪へのチケットを無事手に入れた母子がカウンターから離れる。
それに気付いた小十郎が立ち上がった。
彼の視線の先で受付の女が2人に声を掛けた。案内に立とうと言うのか、カウンターに何か忘れ物でもしたか、女の体が小十郎の視界から一瞬芽衣の姿を隠した。
「片倉さん!」
慶次の叱責に我に返った。監視役が男ばかりと思っていた盲点だった。
地を蹴って走り寄る。
芽衣の体が揺れて、受付の女が手にした果物ナイフがギラリと光った。
手を伸ばした。
それより早く芽衣の両手が女の右手を捻り上げた。
「誰か!この人がこんなものを!!」
響き渡る声は凛として澄み切っていた。
母は体全部で我が子を庇い、凶行が発覚して敵意剥き出しに暴れる女の手を高々と掲げた。
小十郎は女の後ろから銀色の果物ナイフをもぎ取った。同時にその右手を背へと捻り上げる。そうなってからようやくカウンターマネージャーらしい男と警備員が駆け付けて来た。
「これは…これは申し訳ありません、こんな、こんな事…」
身内から犯罪者を出してしまった事に色を失い、言うべき言葉もなかった。
小十郎はそれを無視して女を警備員に渡した。
そしてカウンターに立ち並んで呆然とこちらの様子を窺う女たちをざっと見渡す。まだ、あの中に織田の手下はいるのか?
「怪我は?」と潜めた声で2人に確認した。
芽衣はただ黙って首を振り、家康も生意気そうな視線を振り向ける。
「あっ、ごめーん」
その背後で間抜けな声がした。
「貴様、何を…っ!」
立ち去った筈の警備員の一人が慶次が支離滅裂に振るうスティックに打ちのめされていた。呆気に取られたが、警備員の腰に差してあった警棒のストッパーが外れているのに眼をやって合点が入った。
「お連れの方で…?」
恐る恐るのマネージャーの問いに小十郎は首を微かに振った。
「ちっとオツムが弱いんだ。見逃してやってくれ」
「はあ…」
「な…」文句を言おうとした慶次を無視して、小十郎は母子を荷物チェックの列に並ばせていた。
―――もう一人残ってはいるが、問題はこの先だ…。
金属探知機のゲートとX線検査の手荷物チェック、そこで手際良く人々を捌いて行く作業員の様子を小十郎は間口から覗いた。だが見た所、それらしき影もない。
「芽衣さん、これ以上は…」
「分かっております、もう十分です…感謝致しております」
「済まねえ…」
「何をおっしゃいますか、大事なご子息を危険な目に合わせてまで…。伊達頭首には宜しくお伝え下さい」
「必ず―――お気を付けて」
早口にひっそりとやり取りされる別れの言葉、出来る限りの気持ちを乗せて、見送る者と見送られる者は刹那心を通わせる。
「片倉!」
不意に少年が声を上げた。
そうして見上げられた小十郎は、この少年はこんなにも生き生きとした表情が出来るのか、と呑まれた。
「伊達政宗に伝えろ!この借りは必ず返す!」
「当然だ」と小十郎は微笑んだ。
母子は荷物検査室へと消えて行った。
「はい、ごめんよごめんよ〜」
相も変わらず雰囲気をぶち壊してくれる能天気な声が、小十郎を押し退けて響き渡った。
「お客様困ります」と言って押し止めようとする係員らを、長い腕で有無も言わさず掻き退けて荷物検査を素通りして行く。
「…あのバカが―――」
憎々しげな口調とは打って変わって、小十郎の頬には淡い苦笑が浮かんでいた。
オツムの弱い男が搭乗待合室で我が物顔で暴れる、そうしながら端々に目を配らせて母子が搭乗口を取り急ぎ通り過ぎるのをこっそり見送った。
また、先に空港に向かわせていた筈の家康の手下が、残りの連中を先に抑えていたのだと知ったのはもう少し後の事だ。

息の詰まるような攻防が終わって、飛行機は飛び立った。



動け、と確かに彼は言った。
火中の栗を拾わせる、あるいは薮を突いて蛇を出す、そのような行為に走らせた事を政宗は自覚していた。
周囲を巻き込んで平穏から程遠い世界にかっ攫って行く。
その事が胸を突き刺して鮮血を流しつつ政宗を苛んでいたが、他所にはおくびにも出さずにいた。
他にどうすれば良かったのだ。
進む道は真っ直ぐで、間違いようはない。



小十郎から母子が無事に空港から飛び立った事を携帯で聞き知った政宗は、後部座席から身を乗り出していた成実のTシャツを引っ張った。
金属バッドで盲滅法に打ち据えた相手の車はボロボロだ。運転席の男は佐助の円盤投げで伸びている。助手席の男はハンドルを維持するので精一杯で反撃もままならなかったのだ。
不動産事務所の車両はスピードを上げて監視役の車を追い抜いた。

ガー
ガー
ガー

無線が何事ががなった。
「先刻の坊主、無事確保したそうだぞ!」と男が歓喜の声を上げた。
「良かったじゃん、佐助!!」
シートにへたり込んだ佐助に、成実は汗まみれの笑顔を振り向けた。
「な…に言っちゃってんのシゲちゃん。うちのダンナは無事に決まってる!」
「そだね、ゆっきーはあれで勘が良いもんな。それに政宗とフェンシングで対等に渡り合うぐらいだもん」
「まあね!」
成実にべた褒めされて満更でない辺り、佐助の贔屓目も相当なものだった。
ふと見ると、向かう先から小十郎と慶次の乗った白いワゴンが曲がりくねった道をやって来る所だった。
車内で張り詰めていたものが一気に緩んだ。
路肩に止まったワゴンを追って、不動産事務所の社用車もUターンしてそれに続いた。
ワゴンの扉が音を立てて開き、小十郎と慶次が姿を見せる。
政宗たちも傷だらけになった社用車から降り立った。

何時の間にか夏至に近い長い陽の光もだいぶ傾いて、辺りの森を薄黒い影に塗り潰していた。

その中で小さな人影はお互いを労いつつ合流した。
小十郎の眼が隻眼の青年の顔を捕らえる。何故か強張った、それ。
「徳川母子はきっと生き伸びるでしょう」
慰めにもならないか、と思いつつその感慨は溢れて言葉になっていた。
政宗は改めて目の前に立つ己が近侍を振り仰いだ。青年の生真面目そうな無表情が少し歪んでぽつりと呟き返した。
「生き延びてもらわなきゃ、困る」と。
「…そうですね」
吹く風に身が引き締まる。
何も終わっていない、今始まったのだと言える。
「政宗〜腹減ったあ、風呂も入りたい〜着替えたい〜」
それも、後ろから延々繰り返される要求の数々の前には脆くも苦笑となって崩れ落ちるのだが。
彼らは、不動産事務所の男から近くのリゾートホテルを紹介されて、そちらに向かう事にした。幸村もそこに無事届けてくれると言う。
日暮れた長閑な田園風景を、白いワゴンは静かに駆けた。



Are you used cruelly?ー残酷になれるかー

何よりも自分に対して、
自分の大切な人に対して、


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