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―Tell me a reason.―
Move!
能登半島は周囲を平原に囲まれた、全くのド田舎のド真ん中にあった。
成田空港から一時間のフライトで到着した彼らは、あっけらかんと晴れ渡った空を眩しそうに見上げる。
学校から勢いに任せて成田空港で飛行機に飛び乗ったのは当初の予定では政宗と成実、そして自分だけの筈だった。それが、元の倍以上の人数になったのは政宗が皆の面前で「能登に行く」と言ったからであり、5人乗りの小十郎の車に無理矢理7人乗り込んだ挙げ句、チケットを取った飛行機に空きが十分あったからだ。
小十郎はまるで学生を引率する教師になった気分だった。
それも最悪な。
幸村・佐助のコンビは元々騒がしかったが、ここに慶次が加わると成実までもが声を裏返してギャンギャン吠える。いつぶち切れてやろうかと本気で思った。
家康はそんな中でもむっつりと黙り込んだまま。
仕方なく空港で7人乗りの大型ワゴンを借りると、全員を乗せて珠洲市へと向かった。

途中、国道沿いのガソリンスタンドで慎吾と落ち合った。
その彼が車内をざっと見渡すなりげんなりした表情を隠そうともしない。
小十郎はSSのスタッフに給油と清掃を任せて車を降りた。
「何?ピクニックにでも来たつもり?」
そいつはこっちが聞きてえ、とは思ったがそれには応えず、小十郎は憮然とした表情のまま言った。
「家康の母親は?それと他に捕まってる連中も」
「徳川芽衣は今の時間なら珠洲市役所で仕事してる、普通に。ただ見えない監視が薄気味悪いね」
「織田の手下か」
「ここから連れ出したって、どうなるもんでもなさそうだけど。他の人たちも行方不明だった人物は全員居所が掴めた。…皆名前変えてるから大変だったんだぞ、それを今朝までに調べろなんざ鬼畜だね、鬼畜」
文句をたらたら言いながらも差し出された一通の封書を、小十郎は礼も言わずに受け取った。
中から出て来たのはクリップで留められた書類の束だ。一枚一枚の書類には彼らの顔写真がホチキス止めされている。
「悪いけど、その人たち全員を助けるなんて俺たちには無理だからね」
「わかってる。…所で、織田の居所は?左月と涼太が追ってんだよな」
「あ〜、そっちね。凄い難航してるみたい。都内のホテルをシラミ潰しに探してるんだけど何処にもそれらしいのがいなくって。奴さん、東京に知り合いとかいないの?もしかしたらそう言うのに潜伏してるかも」
「知り合いなんざ…」と言いかけ、小十郎は記憶を漁った。
「そういや、外務省の国際情報統括室に用があるようだって言ってた男がいたな」
「何でそういうの先に言わないの!」と慎吾は声を裏返して小十郎を詰った。
その後、慎吾にしては珍しくバツが悪そうに脇の景色へと視線を飛ばした。
「…外交官を罷免されても、庁舎や寮なんかには紛れ込めるかもね…そっちも調べてみる」
目を反らしてそう呟く慎吾の横顔を改めて眺めた小十郎は、そこに疲労の影が差しているのを見た。さすがに無理をさせたか、と思い知る。
「悪いな」
小十郎の言葉にしかし直ぐに慎吾は微笑んで見せた。
「子供たちの引率、頑張ってね保父さん」と。
その襟首を掴み寄せようとした左手が空を切った。見やった先で慎吾はとっとと小十郎に背を向けて自分の車に乗り込む所だった。扉が閉まる寸前、彼の後ろ姿が掌をひらひら翻した。
据わった眼でそれを見送った小十郎は、手にした封筒から中の紙片を取り出した。ざっと見た所15、6人が日本各地に散らばっている。それこそ北海道から九州まで。
ワゴンに戻った小十郎は、運転席の真後ろに座っていた家康の膝の上にそれを放った。
「そいつらだろ、織田の監視が付いてるお前の身内は?居場所が分かったんだ、その付近のお前の手下を動かして助けてやれ」
家康は恐る恐ると言った風にそれを取り上げた。
車が発進して、家康の母・芽衣の勤める珠洲市役所へと向かう。
「……いいのか?」
暫くしてから家康はそう尋ね返して来た。
何が、とは言わずにそれに応えたのは政宗だ「お前がやろうとやらなかろうと知ったこっちゃねえ、と俺は言った筈だ」と。
助手席に座る政宗の後ろ姿が冷たく言い放つのを、家康は不思議な気持ちで眺めた。
明智が自分の生命を取りにやって来たあの時、織田の中で自分の存在がどれ程小さいものだったかを味わった。家康と言う旗印を失った反織田勢力がどう言う行動に出ようと、織田は歯牙にも掛けていない。
それだけの存在だった。
その小さき者共がどれだけ反抗し得るか、見せてやるべきではないか?



珠洲市役所に入って、政宗は家康と小十郎だけを伴って受付カウンターに立った。
他の連中が周りにいると話がややこしくなるから待合室で大人しく待ってろと言い残してある。
役所仲間に呼び出された徳川芽衣は、大柄な美丈夫だった。
苦境にあってただ耐えるだけの可憐な女、には見えなかった。全てが大作りな顔の中にあって、漆黒に見開かれた一際大きな瞳が意志の強さを現している。それが、終始卑屈に俯いている家康の母親だとは思い難かった。
芽衣はカウンター前に並んだ政宗と小十郎、更にその間に所在なさげに立ち尽くす我が息子を見やって、「ここは地元の人たちの眼がありますからどうぞ、奥へ」と言った。
彼らは、役所のバックヤードにある休憩室と見られる雑然とした一間へ通された。一度席を外した芽衣が戻って来ると、冷たい麦茶が出て来た。見た所本当に監視されているのか疑わしい程さり気ない日常の1シーンだ。
何から話すべきか、と小十郎が迷っていると芽衣の方から先に口を開いた。
「家康があなた方にご迷惑をお掛けしたようですね」
迷惑ってレベルかあれが?と政宗は口の端を歪めた。
「お詫びしても許される事ではないと承知しておりますが…申し訳ありません。逆に殺されても文句は言えないと、覚悟はしておりました」
「何の、覚悟だ」
不意に政宗が尋ね返す。
「それは…当然、世間様に顔向け出来ない事をしていると…」
「そうじゃねえ、あんたが言ってるのは何時こいつが死んでも構わないって事だよな?」
「…ええ、それでも親かと詰られても」
「そうやって殺されるのをただ待つだけか」
「え?」
「待っていれば、誰かが助けに来てくれるとでも思っているのか?」
「―――…」
芽衣は、右目を眼帯で隠した少年をひっそりと見つめた。その独眼が彼女を揺さぶる。

動け、と。

待ってるだけじゃ何も始まらない。大人しく他人によって幕が引かれるのを待ってるだけじゃ生きている意味がない。意味は神や運命によって与えられるものではなく、自分で動く事によって作られて行くのだ、と。
「君の言いたい事は分かる、でも…」
「芽衣、わしは全員を助ける為に皆を動かしたぞ」
唐突に斬り込んで来た家康の剣幕に、母親は二の句を継げなくなる。
「公の監視下から奪い返して彼らの家族の元へ帰す為に、今正に動いておる」
「家康…あなた自分が何をしたか分かってるの?!」
蒼白になった芽衣が小さなテーブル越しに少年の肩を掴んだ。
「織田がそれを放っておく訳がないでしょう!報復として反抗した者も庇った者も皆殺しにされてしまう…!」
「戦え、と命じた」
静かだが、はっきりと家康は言った。
未だ戸惑いと恐怖に揺れる瞳を幼い顔の中に讃えているが、その内面に燃え盛る何かを抱えて。
「わしも戦うから、お前たちも戦え、と」
息子の肩を掴んでいた手を逆に痛い程に握り返されて、芽衣は言葉を呑み込んだ。
もう少し大きくなってから彼はその道を選ぶと思っていた。あるいは、それ以前に折れてしまう事もあるかも知れないと危ぶんでもいた。その時は自分の生命を賭けてでもこの子に荊の道を歩ませるつもりだった。
全て、あの魔物と深く関わってしまった運命だ。
―――だが、運命だと言って諦観していたのは自分の方だったようだ。
芽衣は我が子の未だ小さな手を握り返しつつ、政宗と小十郎を顧みた。
「お名前を伺っておりませんでした…」
震える声でそう言われて、政宗は苛立たしげに顔を反らした。代わりに小十郎が応える。
「こちらは伊達政宗様、仙台で企業グループをまとめていらっしゃる伊達輝宗様のご子息です。私は彼の世話役の片倉小十郎」
「ああ…」と芽衣は嘆息した。
「伊達のお名前は存じております…それに伊吹山での事も。あなた方が家康を日の照る所に導き出して下さったのですね」
「血みどろの道だ、日の照る所なんかじゃない」
不貞腐れたように言うのへ、芽衣は泣き笑いのような表情を少し傾けた。
「それでも…闇夜よりは」
伏せた眼が家康の顔を捕らえた。
視線が合って、母は母に相応しい微笑みを振り向ける。少年はただ照れたように俯いた。それまでの闇に閉じ篭る卑屈さではなく、母親に受け入れられた喜びを噛み締めて。
それを政宗が無感動な眼差しで眺めていた。
母と子とはこのようなものであったのかと、見知らぬ異邦人を見るように。



Move!ー動け!ー

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