[携帯モード] [URL送信]

―Tell me a reason.―
Relief and Strain.
残りの選択授業を終えて昼休み、購買部で小さな菓子パンなどを買って政宗たちは学校の隣にある公園に向かった。
朝自分たちを降ろした時とは違う場所に小十郎の車が停められているのを見つけて、政宗はそちらへ真っ直ぐ歩いて行く。
後から着いて来ていた成実と幸村、そして佐助は木陰のベンチに座って弁当を広げ始めた。まるでピクニックみたいだね〜と暢気に呟く佐助の声が聞こえた。
日向はうだるような暑さだが、樹木の傍らで木陰になったベンチは不思議と涼しく感じられた。その、少しひんやりとした地べたに座って購買部で弁当を買った慶次が、目の前の手作り弁当に羨望の眼差しを向ける。「俺も作ってよ」と言うと成実があかんべえで応えた。
「ほら家康。お前の」
代わりにスポーツバッグから取り出した青い弁当包みを、成実は少し離れた所にいた少年にずいと差し出す。家康は戸惑いと頼りなさに揺れる瞳を、成実の顔と弁当包みに代わる代わる当てた。
「なに、いらないの?なら俺にちょーだい!」
「うるせボケ!おととい来やがれ」
手を伸ばして来た慶次から弁当を遠ざけ、成実は足を蹴り上げた。それをひょいと避けた慶次が少年を顧みる。
「食わないんだったら俺がもらっちゃうけど?」
「………」
家康はおずおずと手を伸ばす。
受け取ってずっしりと重いそれを、今朝方、政宗と成実が小十郎にせっつかれながら作っていたのを少年は知っている。まさか自分の分まであるとは思っていなかった家康は、それを見つめつつ下唇を噛み締めた。そのまま、彼らから少し離れた木の根元に背を向けて座り込む。
―――手前はうちのもんだ。
先刻、するりと政宗が言い放った台詞が思い起こされる。
捕えられた、と考えるには余りに―――。
不覚にも鼻の奥がツンとなった。溢れ出しそうになるものを必死に堪えて、家康は冷めてもやたらと旨いその弁当を貪り食った。

車の脇に立ち止まった政宗が、ちらとそちらへ視線をやってから助手席に身を滑り込ませた。
冷房を入れていない車内はむっとして暑苦しかったので、扉を開けたままにする。
不意に、そこに籠る男の匂いを意識する。微かに香る煙草の苦みと共に。
「…何か分かったか、小十郎」
何気なく問われるのへ、男はハンドタオルで額を拭いつつ応えた。
「家康の手下共ですが、奴らは一般人でした」
「一般人?どう言う事だ」尋ねながら、ぶら下げて来たスポーツバッグから自分の弁当を取り出す。もう一つ出て来たのは小十郎の分だ。
無言で差し出されたそれを小十郎は軽く目を見開きつつ受け取った。何時の間に、と思った。
一緒に台所に立っていた筈だ。そう言えば出掛ける寸前に数分の間、政宗は姿を消していた。その短い時間で詰め込んで来たのだろう。
「…有り難うございます」
「で?」
「皆、身許の明らかな連中だった、と言う事です。暴力団や政治団体に所属している訳でもない、ただ、職業に偏りはありました。郵便局員や銀行員、警察官などです」
「奴の父親が外交官だってのと関係があんのか?」
「恐らく、もっと深い結びつきが。人は生まれや住んでいる土地で関係性を築いて行くものですが、奴らにはそれ以外の…例えば主義思想などの結びつきがあるようで。それはどうやら、反織田勢力と言っても良いかと」
「I see.」
敵を作るのに糸目をつけぬあの織田のやり方なら国内にそんなものが醸造されても可笑しくはなかったろう。そしてその先鋒に徳川の父がいた訳だ。
徳川の協力者だった武田が現役を引退した今、織田に人質同然に扱われている家康が彼らの拠り所となっている。
耐え、忍び、何時かは叛旗を翻す、その旗印に。
今度は政宗が武田から聞いた話を小十郎に伝えた。
「ならば、名古屋での彼らの行動は」
「家康を助ける為だろうな」
「成る程…。織田が外務省に何をしに来たのかも調べてみましょう。何事か企んでいるのかも知れません」
うん、と頷いて政宗は飯を頬張りながら言った。
「あれだな…、織田は家康って象徴を抑えて上手く自分の反対勢力をこき使ってやがる。人殺しだけじゃなく、そっちの方にも頭が回るって事だろ。だが、あいつが寝返れば織田は苦しい立場に立たされる筈だ」
「…そうでしょうか?」
小十郎が箸を止めて呟いた声に、政宗は振り向いた。
「勢力、と言っても数を頼んでのケンカしか出来ない奴らばかりです。それが束になって掛かって来ても織田は痛くも痒くも何ともないのではないでしょうか。むしろ、苦悩する彼らの様を楽しんでいる、小十郎にはそう思えて仕方ありません」
「―――魔物の呼び名は伊達じゃねえって訳か」
2人の間に沈黙が降りて、ものを咀嚼する控えめな音だけが続いた。
「あのガキ、何で反抗しないんだろうな」
ポツリと呟かれた台詞に小十郎は窓の外、公園の木陰で弁当を食う少年の後ろ姿を探した。
公園には近所の老人や幼い子供連れの主婦、あるいはペットを連れた若者などが思い思いに憩い、遊んでいる。実に静かで長閑な光景だ。
なのに、あの少年の胸中はそれとは全く無縁の沈黙の闇に閉ざされている。語るまでもない、家康の苦悩は手に取るように分かる。だから政宗が何故と問うのも当然だった。
「―――一つ、気になる事が」
「何だ」
「家康の母親の所在が掴めません」
ははおや、
政宗は声には出さずに口中のみで呟いた。
「今、左月たちに探させています」
「母親を人質に、か?」
「可能性は大です。家康の他の親戚の中にも数人、行方知れずの者がおります。もしかしたら彼らも、と考えられます」
「つくづく、反吐が出る…」
言い捨て、政宗はペットボトルの水を呷った。
「織田のねぐらは?」
「そちらも同時に」
弁当を食べ終わった政宗が、ダッシュボードに広げたままのそれをひょいと乗せた。そして半分まで呑み干したペットボトルを小十郎に渡す。キャップは先程膝の上から転がり落ちて車内の何処かに消えてしまった。
「それ、やる」
言葉短かに言い放って、政宗はシートを倒した。
「熱いからクーラー点けろ」と言いつつドアも閉める。そうして倒したシートにごろんと横になってしまった。
一方的な政宗の態度に小十郎は何とも言えない表情をした。その片手でクーラーのスイッチを入れる。
だが政宗が水を寄越して来たのも、クーラーを点けさせたのも小十郎の身を思っての事だと言うのは分かっていた。
車のドリンクホルダーにはコーヒーの空き缶しかない。人の目を気にしてエンジンを切った車内でノートパソコンを広げ、名古屋・関西方面の事務所と連絡を取ったり、左月からの報告を受けたりしていた男が暑さにうだっていたのは最初の一瞥で気付いていたのだ。それへ気遣う素振りを全く見せず、あたかも自分の我が侭のように振る舞って見せる。
まあ、弁当箱が放ったらかしなのはご愛嬌だろう。
男は口の端に苦笑を乗せつつ、彼の弁当をきちんと仕舞った。それから自分の分を平らげてしまう。
「なあ、小十郎」
弁当箱を布にくるんでいた時に隣から声を掛けられた。
「家康は母親とは上手くやってたのか?」
「………」
小十郎は、織田の経歴とその周辺を調査した資料を頭の中から引っ張り出した。家康の顔写真―半ば盗撮したそれ―もあった。母親と一緒に街中を楽しそうに歩いている姿だ。
「父親が亡くなった時、家康は4歳でした」と小十郎は語り出した。
「母親は一時名古屋の実家に身を寄せましたが、直ぐに大阪へ引っ越しています。織田の生活援助はこの頃からと見られます。
母親は大阪で英会話の講師を勤めながら女手一つで家康を育てました。もともと彼女は外交官付きの通訳で、その仕事を通じて徳川と結婚した経歴の持ち主でしたので。家康は、学校へは上がらず母親に勉強を教えられて育ったそうです。…その家康が親戚の者に語った話では、"早く大人になって母親を守りたい"、とそんな事を言う子供だったと」
ふん、と政宗は鼻で笑った。
「普通過ぎるガキだな」
顔を背けて吐き捨てられた台詞に小十郎は目を細めた。手を伸ばして、己の体を抱く政宗のそれに重ねた。
「子供は母親が大好きなんですよ、誰だって―――」
密やかに、囁くようにそう言ってやってポンポンと軽くその手を叩いた。政宗からはだが、それ以上何も返って来なかった。
不意に小十郎の手が払われた。かと思うと、逆の手が手を引っ掴んで少年の太腿に押し付けられる。指の間に指を絡めて、強く握り込む。
「―――…」
小十郎は、背けた顔に腕を乗せてただ黙り込む政宗から目を反らした。
「貴方は貴方の気持ちを偽る事もない」
「うるせえよ」
言葉とは裏腹に、小十郎の手を握る彼のそれに力が入った。それに応えて少年の足を宥めるように軽く揉んでやる。その存在を確かめるように。
そうされて、政宗は動けなくなった。
手に感じる男の肌えと、制服を通して伝わる男の体温とが、何か取り返しのつかない事をしてしまったような気にさせる。
弱さを象徴する心の一部がぐずぐずと溶け出して、強固に鎧った筈の精神を呑み込もうとしてしまうのだ。
それを政宗はこの上なく恐れた。
母親の事など忘れたと思っていた。だいたい最後にあの女と会ったのが何時だったかなんて覚えてすらいない。それなのにこの男は何もかも見透かしたような事を言って、乱れた自分の心は唯事ではない程揺らいでいる。
―――こいつが導く先に行ったら、俺は…。
その先は見えない。
だが恐怖だけは止め処なく溢れた。そして、心の何処かでそれを渇望している自分がいる事に、ただ動けなくなる。



Relief and Strain.―安堵と緊迫―


[*前へ][次へ#]

7/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!