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―Tell me a reason.―
The game is over.
早々に群がる敵の中に消えた政宗と成実は派手に暴れ回る。正にのびのびと思う存分、と言った感じだ。
特に政宗の身ごなしは、前回織田と渡り合ってからと言うものキレが違った。獲物を狩る獣の俊敏さがあった。場を制する勇者の冷酷とも取れる徹底した苛烈さもあった。
それは成実も眼を見張る程の鮮やかさだった。
負けてなるものか、と思った。
政宗に先陣を切って特攻させる事を望まない成実は、自分こそ彼の盾になると思い定めていた。下っ腹に力を入れ直し、目の前の男の顔面を張り倒してやる。
政宗は戦闘に没頭していた。
相手が襲いかかって来る前にその腕を引っ掴んでよろけた所へ裏拳を放ち、後ろから羽交い締めにして来た男へは間髪入れず頭突きを食らわせ、更に身を捩りつつ肘鉄を打ち込む。
囲われたりしたら逆に突進して行って、フェイントをかまして地面にしゃがみ込みつつ相手の足を掬う。崩れた一角へ、よろけた男の体を突き飛ばしながら更に前へと突き進んで行った。
無心になれた―――。
少し前までは丹念に戦いの手順を組み上げて行って、それをトレースするような動きをしていた。だが今なら何も考えずにいても体が勝手に動く。いや、相手が自分の動きを導き出してくれるような感じだ。
黙っていても次の手は敵が教えてくれる。
今、手元には何もなかったが、あの時のように日本刀があったなら確実に屍の山を築いている自信があった。
冷めた頭の隅で手にしたその重さを懐かしむ。
ずっしりとした手応え。
生き物のように脈打つ鋼の輝き。
酩酊感を漂わせる、あの感覚。
「…のヤロウ!!邪魔すんな!」
「うじゃうじゃ群れやがって、ムカつくんだよ!」
「どけどけどけ―――っ!!」
混乱の隅っこからそんな雄叫びが上がって政宗は我に返った。
「筆頭!!」
「筆頭、ご無事っすか?!」
政宗と成実を取り囲んだ人垣を乱雑に掻き分け、見知った顔が覗いた。
それを見やって「あのバカ共が…」と政宗は呟いた。
そこに出来た隙目掛けて手が伸びて来て、シャツの襟首を掴まれた。とっさに両手がボクシングの構えに上がって上体を沈める。
そこへ、別の方向からがら空きのボディに向かって拳が飛んで来た。
「!」
避けられない、そう思った瞬間だ。
ボディを狙った男がガクン、と膝を落とした。その側頭部を風が薙いで体は横っ飛びにすっ飛んだ。
代わりに政宗の前に降り立ったのは、
「…左月!」
「慎吾!!」
政宗と成実が交互に叫んだ。
慎吾が政宗の襟首を掴んでいた男を蹴り上げて退かせた。左月は政宗の腕を引っ張って自分たちの間に庇った。成実も政宗と背中合わせになって周囲を睨む。
ざっと辺りを見渡した左月と慎吾が、地面に癇癪玉をぶちまけた。周囲の人間が爆竹の破裂音と煙にたたらを踏んで後退する。
そこへ、もみくちゃにされつつも文七郎、佐馬助、孫兵衛らが駆け付けた。既に何発か食らって腫れ上がった顔が政宗を見つけた事で輝いている。
「筆頭の帰りが遅いんで探しに来たんすよ!」と、口の端から血を滲ませた文七郎が政宗の目の前で叫んだ。
「…筆頭ってのはやめろ……」
据わった左目に睨みつけられても嬉しそうな表情は消えない。
「すんません!でも、見つかって良かった!!」
「ああもう、助けに来たんだか邪魔しに来たんだか…!」
慎吾がそう叫んで文七郎を政宗から引き剥がした。
「政宗様」と左月が彼の耳元に小さく告げた。
「ここから12時の方向に、彼らに指示を出しているらしい人影が隠れています。樹上に」
「ずいぶん臆病な奴だな」
「彼らに騒ぎを大きくさせます。政宗様は7時の方向の森から回り込んでそちらへ向かって下さい。慎吾を逆回りに行かせます」
「わかった」
政宗の応えに左月は再び癇癪玉を投げる。今度のそれはもうもうと煙幕を張って周囲の視界をあっという間に塞いだ。
その中で、慎吾に指示された文七郎たちが三方へ散って喚き散らす。左月と慎吾に守られた政宗は成実の襟首を掴んで後退させた。代わりに左月と慎吾が前に出る。
混乱が広がった。



樹上でこの様子を眺めていた人物は、降って湧いた助っ人に舌打ちを漏らしていた。警備員が騒ぎを聞きつけてやって来るのも時間の問題だ。

人の群れからようやく離れて木陰に身を潜めていた慶次が、騒ぎの質が変わったのに気付いた。
―――形勢が逆転したかな?
両手に下げた紙袋が無事なのを確かめて、慶次は再び夜陰に紛れて走り出す。

「…全く可笑しいのな、あいつら。何なんだよ筆頭って…」
走る政宗の後から追い縋る成実が面白そうに呟いた。
「知らねえよ…」
「かたくーに取っ掴まってからあいつらすっかり舎弟気分な。こっぴどく叱られた筈だけど」
「だから仙台帰れって言ってるんだ…」
「懐かれて悪い気分はしねえだろ」
ふん、と政宗は鼻で笑った。



樹上で暗視ゴーグルを掛けたその人物が手下の群れの中で政宗たちを見失った事に気付いた時、不意に声を掛けられた。
「あんだけの手下を使ってる奴がどんな野郎かと思えば…」
「?!」
ちょうど真下から、今まで見張っていた顔二つに見上げられていた。
「ちびっ子じゃん」
「呆れた顛末だな」
成実と政宗がそれぞれの感想を漏らした。
「………」
「降りて来いよ」と政宗が言った。
そう言われて降りるバカはいない。樹上の人物は黙ったまま身じろぎもしない。
成実がそれへ向かって、木の根元に落ちていた小石を拾って投げつける。
「織田に義理立てすんのがそんなに大事かよ」
石ころは少年を掠めて落ちた。
「一体何処の何様だ、手前?」
重ねて成実が問う。その手には新たに拾った小石が二つ三つ転がされていた。
何も返して来ない相手に苛立ったか、政宗が木によじ上り始めた。余り太くもない、捩れ曲がった樹幹が揺れる。樹下では成実が待ち構えていた。
木の葉が生い茂る枝を払って、政宗は少年が踞っていた枝に取り縋った。この枝の根元にいた筈だが、今は枝先へと移動したようだ。
「何を抑えられてる」と政宗はその枝へ乗り上がりながら尋ねた。
枝は大きく撓り、シルエットの少年は無様にそれに縋った。
「恐怖心か?金か?それとも―――」
「貴様なんぞに話してたまるか!」
子供の声が震えながら叫んだ。
「そうか―――なら…」
政宗は枝を揺さぶった。
ミシ、ミシ、と音を立ててそれが撓る。枝葉はガサガサ擦れてちらりほらりと散って行く。
堪らず少年はその枝から飛び降りた。下で待ち受けていた成実が地面に転がった少年に飛びかかった。後を追って枝から飛び降りた政宗が、激しく抵抗する少年のこめかみ辺りを蹴りやった。
少年は頭を抱えて体を丸め、成実がそれを引き起こした。
「政宗様、警備員が来ました」
背後の闇から姿を見せずに慎吾がそう告げた。
「おい、お前の手下共を下がらせろ」
政宗の命令に少年は渋々と言った感じに従った。口元のイヤホンマイクに小さくぼそぼそと何事かを呟く。
広い草原を埋めていた群衆が波が引くように忽ち消えて行った。そこへ、大荷物を抱えた慶次が姿を見せる。
「ああ、ゲームセットか。中々面白かったぜ」
場違いに浮ついた声でそう言って近付く慶次をちらりと見やった政宗は、成実に片腕を捩じ上げられた少年に視線を落とす。
「俺を潰せなかったらお前はどうなる」
「―――…」
感情のない声で問われても少年は応えなかった。
「政宗様…」と慎吾が彼を促した。
警備員の持つ懐中電灯が森の中の散歩道をくるくる踊りながら近付いて来るのが見えた。



The game is over.
ーゲームセットー

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あきゅろす。
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