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―Tell me a reason.―
The story that you cannot miss.
夏休み直前の休日の事だ。
だらだらと伸びた陽の光が何時までも路上に降り注ぎ、空気をより一層蒸し暑くしていた。新宿南口、タイムズスクエアに向かう途中の交差点にも白熱色の陽光が斜めに差し込んでいる。
全てが、色褪せて見えた。
そこで信号待ちをしていた政宗と成実は、やけに重苦しいものが目の前の道を滑るように走るのを見た。
黒塗りの高級車だ。それのフロントガラスがギラリと輝いて左ハンドルの運転席の人物を垣間見せた。
俄かに政宗の表情が険しくなる。
瞬間覗いた人物は車の移動と共に見えなくなり、後部座席の人影までは見極められなかった。サイドガラスはスモーク貼りになっていて、訳あり顔に中の人物を歩行者から遮っていたからだ。
運転席の、胸元に垂らした白髪に蝋のように白い肌の若い男は、あれは明らかに明智光秀だった。となると、後部座席に納まるのはたった一人しかいない。
―――織田信長。
ンのヤロウ…何しに東京に来やがった…。
政宗は奥歯を噛み締めて、走り去る外車を凝視した。
それが赤坂方面に向かうのを確認してからタクシーを探す。行く先を突き止めてやるつもりだった。
「?どしたの、まさむー?」
「あの黒塗り、追っ掛ける」
成実は、既に他の車の影に隠れてしまったその外車の行く末を眼で追った。
幸村たちから話にだけは聞いていた。あれが、噂の人物だったのかと今になって気付いた。
成る程、避けられない運命はあるのかも知れない、と思って成実も同じ車線を走る車の中にタクシーを探した。
―――と、道の向こうを見やっていた2人の背後から政宗の腕を掴んだ者がいた。彼がばっとばかりに振り向いた先にいたのは、随分背の高い男だった。
しかも腰の下まである豊かな黒髪をポニーテールにしている。お陰で人混みの中良く目立ったが、更に腹立たしいのは趣味の悪い派手なその格好だ。黒いランニングの上に袖無しの黄色いパーカーを羽織り、ダメージデニムに真っ赤なトレーナーを腰に巻き付けている。
政宗は鼻の頭に皺を寄せた。
「んだ、手前?」と口を歪めて威嚇するように問うと、その男は人懐っこい笑みを浮かべた。
「デートしない、お嬢ちゃん?」
ぶんっと空気の潰れる音がして、男は身軽に飛び退いた。
「うそうそ、冗談だって…話があるんだ、ちょっと付き合ってよ」
「シゲ、行くぞ」
「あ、うん」
奇妙な男の外見に半ば見入っていた成実が、我に返って政宗の後を追う。
男の手を振り払って歩き出した政宗の背に声が飛んだ。
「伊達政宗、織田と対峙して唯一生き残った面々の一人」と。
「―――…」
肩越しに振り向いて片目だけで睨みつけてやった。
するとその男はやっぱり人好きのする―政宗にしてみればニヤけた―表情で言って退けた。
「聞き逃せない話だと思うんだけどな…聞きたくない?」



10分後、彼らはルミネ内の喫茶店に入って、冷たい飲み物を片手に涼んでいた。
「俺は前田慶次ってんだ、よろしくな伊達。…いや、こっちも伊達だったな。名前で呼んで良い?」
こっちと言うのは成実の事だが慶次と名乗った若い男がどうしてそんなに詳しいのかと、政宗は据わった目をして男を睨みつけるのみだ。
「…そんなに警戒する事ないだろ、政宗。俺はあんたの為になる情報持って来てやったんだから」
「情報屋なら間に合ってる」
「…つれないねえ…」
「何なの、その情報って」代わりに尋ねたのは成実だ。
「代償は何だ」
応えようとした慶次の言葉を遮ったのはやはり政宗だった。椅子に背を預けて興味のない素振りを示しているが、彼は慶次の含む所を鑑みて先に牽制して見せた。
慶次は、政宗の台詞に眉をへの字にして困ったように微笑んだ。
「俺の目的はあんたの考えてるような所にはない。取り敢えず話を聞いてよ」
腕を組んで左目だけで睨め付けて、政宗は鼻で笑った。
「話せ」
横柄な政宗の態度に慶次は肩を竦めてから口を開く。
「織田はあんた一人の為に人を動かした。その数はちょっと計り知れないんだ、何せあらゆる所にいるからね。だから単独行動は避けた方が良い」
成実は気色ばみ、政宗はせせら笑った。
「何だよ、それっ!政宗が目障りだから消そうってのかよ!!」
「命じたご本人はわざわざ東京に来て高見の見物か、良いご身分だな」
「試されてるんだよ」と慶次は言った。
「あんたがじゃない。あんたを潰すよう命じられた方が、だ」
「…何それ…」
成実が呻いた。
政宗は別の事を考えているようだ。相変わらず顔を斜にして唯一の瞳だけで、真正面から見据えて来る男を凝視している。
そうして徐ろに息を吸い込む。
「一つ、その情報をお前はどうやって手に入れた?一つ、それを信じる根拠が俺たちにあるのか?一つ、それが真実であれ虚構であれ、伊達に刃向かう者はぶっ潰す。それだけだ」
「―――」
一息に言い切った青年を慶次はただ黙って見つめていたが、やがて勢い良く溜め息を吐いた。話にならないと言うように。それからグラスに残ったコーヒーを啜る。
「まあいいや。それならそれで、お手並み拝見と行きますか」
「何なんだよあんた、一体何者だ?」
食らい付いて来る成実に慶次はピッとグラスの中のストローを向けた。雫が飛んで成実は思わず眼を閉じる。
「あ、ごめんごめん…。ただ、これだけは言っとくよ。俺はどちらの味方でもないし敵でもない」
にっかり笑ってそう言う慶次を成実は憮然とした表情で睨むばかり。政宗はただ俯いて皮肉に微笑った。



The story that you cannot miss.
ー聞き逃せない話ー

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