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―Tell me a reason.―
Born from soil, Return to soil.
遡って、土曜日の午後。
名古屋に到着した幸村たちは、信玄の運転する小さな軽自動車で市内を転々と見て回った。
それは燃え落ちた工場跡地であったり、古びた鉄筋の集合住宅であったり、あるいは建設事務所や金融会社、不動産会社などであった。

全てに共通して言えるのは、警察の立入り禁止テープが張られていた事だ。何の事件現場なのか、何故こんな事をしているのか、そんな幸村たちの質問に信玄は言葉少なに説明した。
「暴力団を狙って壊滅を目論む者がいる、その現場だ」
「ヤクザならやられちゃった方が世の為人の為なんじゃないんすか、大将?」と佐助は軽く返した。
「暴力団と言えど我らと同じ人間だ。それを虫けらのように殺しても構わぬと申すか、佐助?」
「人に嫌われたり恨まれたりするのが存在意義なら、それも自業自得だと思いマス」
「…そうか、それが大半の一般市民の考えよな」
「では、御館様のお考えは?」
信玄は助手席に座る幸村をちらりとだけ見やった。
「お主たちはまだ知らずとも良い」
車は赤信号で停まった。これからさる人物に会いに行くのだと言う。その男の名を信玄は今川とだけ二人に告げ、どんな経歴の持ち主かは明かさなかった。
「百歩譲って暴力団を潰すだけならまだ良い」と信玄は呟いた。
「他にまで飛び火するその計画は、既にして立てられている」
「…他…?」幸村は怪訝そうに首を傾げた。
「無差別大量殺人。何人殺してるんです?その"人"」
何の気無しに佐助が放った質問に信玄は渋い顔で応えた。
「ざっと300人超」
「さっ…!」
「300人?!」
「たった二人でだ。この数が異常であるのは理解できよう。そしてこれは増え続ける、加速度的にな」
「ホロコーストも真っ青だ…」
信号が青になって車は再び発進した。
「警察は何をしておられるのでござろうか!そんな殺人鬼を野放しにしておくなど、職務怠慢も甚だしい!!」
「さ、その警察だが、普段は暴力団対策法に則って取り締まる立場にある者たちが本気で犯人を検挙するかどうか―――」
「う…それは―――」
「そこも含んでの行為だとしたら、どうする?」
「―――」
「―――…」
二人は黙り込んだ。
「げに恐ろしきは人間心理を深く突いておる魔物の所行よ」
家康に言ったのと同じ台詞を、この時の信玄は又しても呟いた。

市街地の高級住宅街に小さな軽自動車は停まった。
やたらと高い軒や塀を並べた中の、だだっ広い屋敷の一つが目的の場所だ。信玄は車内に二人を残して一人で目の先の角を歩いて行ってしまった。
「…あの子供と"魔物"…一体どんな関係が…」
幸村は声に出しながら考え込む。
魔物とやらの狡賢い手下か、もしくは弱みを握られ身動きの取れない弱者のどちらかだ、と佐助は思ったがそれは口に出さずにいた。
「あの子と大将の関係も気になる所だよねー。あの子の父親と顔見知りだったのかな」
「ならば自衛隊時代の旧友でござろう。御館様は旧知の友を蔑ろにはなされぬお方。その御子であれば同様でござろう」
「多分ね」
両手を頭の後ろに組んでソファに沈み込んでいた佐助が、不意にシートの上から雑誌らしきものを取り上げた。
「ね、それよりさ、伊達チャンズの台所が完成したら先ず何作ろうか?俺様、フランス料理のフルコースに挑戦しようかって考えてんだけど、ダンナは何が良い?」
嬉々としてそう尋ねて来るこの幼馴染みを、幸村は不謹慎なものを見るような目つきで睨みつけた。
「そぉんな顔しないでよぉ〜、せっかくダンナの好きなハンバーグやカレーのスペシャル版も考えてるんだから!」
「む…ハンバーグ……」
その時、幸村の腹が盛大に鳴った。
「ああ、夕飯まだだったねえ」
佐助はほっこりと笑んで優しく言った、「大将が戻って来たら何処かで食事しよう」と。
移動している間にかなり伸びた陽もすっかり落ちていた。5月が近いとは言え夜はやはり冷える。空腹と寒さを体を丸めてやり過ごしながら待つ事1時間、信玄が戻って来た。
何やら難しい顔してエンジンを駆ける彼に向かって、後部座席から身を乗り出した佐助が言った。
「何か又問題でも?」
「いや…弱い者程良く吠える、とはよく言ったものだ」
「え?」
「今川の奴、彼奴の居所すら掴めぬに、お礼参りと息巻いておったわ。その実、己は表立っては動かぬ。手下を盾に使う。あれも長くは続かぬだろう」
「…ヤクザさんだったの、その今川って人」
「いや。とある政治団体のトップだ。暴力団と深く癒着していて、自らも暴力団とさして変わらぬ所は多々あるがな」
どうやら信玄は今川の威勢ばかりで行動の伴わない気勢に延々付き合わされていたらしい。実の所、その魔物とやらの所在を求めて今川を訪ねただけに、不首尾に終わってさすがに辟易している様子だった。
「じゃ、気分転換に食事に行きましょ」
「うむ、そうだな。お主らも腹が減ったであろう」
「はい!御館様!!」



その夜は名古屋駅前まで戻って一泊し、翌朝ホテルで朝食を摂り終え部屋に戻ると鏡台の前に新聞が置かれていた。
そんなものを頼んだ覚えのない信玄は何気なくそれを手に取って、瞠目した―――。
一面の記事には今川義元とその親族が計7名、昨夜の内に何者かに殺害された、とあった。
我知らず握り締めてしわくちゃになった新聞から一枚の紙切れが落ちる。
そこには名古屋市内の地図がコピーされていて、紅いサインペンで丸い点と数字が書かれている。目を凝らして見るまでもない、点は事件現場だったし数字は殺された人数だ。
「何者がこのようなものを部屋に置いて行ったのでござろうか?」
それを覗き込んで尋ねる幸村を信玄は振り向いた。敬愛する主人を見上げる犬のように無垢な瞳が、信玄のそれを見返した。
「佐助、幸村を連れて高尾に帰れ」
「承知しました〜」
「お、御館様…!」
「学生の本分は勉強する事であるぞ、それをゆめゆめ…」
「情けのうござる、御館様!!天涯孤独の身の上だった某らを引き取って下さった時より、佐助共々御館様に一生着いて行くと決めているでござる!それを、危険と分かっているのに御館様一人を残して己だけ安全な場所に逃げるなど出来申さぬ!!!」
「…ちょっと、ダンナ―――」
「ヤクザなどの為に危険を顧みないと申すか?」
「そうではござらん!…佐助の申した通り殺されても文句の言えぬ、警察すら見捨ててしまうような種類の人間であったとしても、同じ母親から生まれ、同じ土に還る者たちではござらぬか。某は誰とも対等でありたいと存じ上げる。翻って、その魔物は己自身以外の何者もいらぬと申しているように聞こえるでござる。それを放っておけましょうか?」
「…よう言った、幸村」
「ちょっと大将!」
「佐助!!」
「はいぃ???」
唐突に信玄に名を呼ばわれ、少年は素っ頓狂な声を上げる。
「隠しているものがあるだろう、出せ」
「―――…」
佐助の愛想笑いが引きつった。
目の前には信玄の大きな掌が差し出され、隣では幸村が好奇心と憤慨をないまぜにした表情でこちらを凝視している。
佐助は渋々とガーゴパンツの尻ポケットから取り出したものを信玄に差し出した。
一枚の写真だった。
黒いセダンを斜め後ろから、駐車中のバンの影越しに盗撮したものらしい。中にいる人物は見えない、だが写真の裏にはその車のナンバーが赤いサインペンで走り書きされていた。
「何時から気付いておった?」と尋ねて来たのは信玄の方だ。
「…ん〜、物心ついた時から…かな?」
エヘ、と可愛く笑って見せる佐助を信玄は何とも言えない表情で見下ろしていた「まさか普段の生活でこのような事を…」。
「してないしてない!してませんって!!…そりゃ、いつも大将の周りに出入りしてる人たちの中に絶対まともに訪問しないのがいるでしょ?その人たちが何者かな〜と思ってこっそり調べたりはしたけど、学校や近所の人たちには絶対何もしてません!天地神明に誓います!!」
「―――…」
「佐助…」今度は幸村に名を呼ばれた。
「お前、スリだったのか…?」
「違いますっ!!!」
暫く勘違いした幸村に、車中でも散々諭された佐助がげんなりしたのは言うまでもない。



Born from soil, Return to soil.
―土から産まれ、土に還る―

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