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―Tell me a reason.―
Feather touch.
名古屋駅に着いたのは11時前だったが、鉄道警備員に捕まった二人は30分程大目玉を食らっていた。
身分証明を求められ、東京の伊達事務所にも連絡を入れられた。それだけではなく、仙台の輝宗にも知らせを入れなければならないとあって小十郎は苦い顔をした。だが、警察にも輝宗にも綱元にも(ほぼ)本当の事を言って納得してもらえたのは、やはり小十郎の説明があればこそだった。
高校生の政宗一人では叶わなかっただろう。
それに輝宗と綱元は名古屋で起こっている騒動を知っていて、早く戻って来るようにと強く釘を刺された。無論それに巻き込まれぬよう小十郎も細心の注意を払うつもりだった。
名古屋駅から解放された二人は、静まり返った駅前のバスターミナルでつくねんと立ち尽くしていた。
想像以上に発展した駅前の夜景はしかし、深夜に近い事もあって巨大ビルが乱立する中に明かりは少ない。この工業都市から人を捜し出すのは非道く困難な事だと二人は打ちのめされたようだった。しかし、帰りの列車ももうない。引き返す事は出来なかった。
ともかく名古屋駅前の新幹線口でビジネスホテルを探し、そこで一先ず休む事にした。

政宗を先に風呂に入らせ、小十郎はフロントでレンタルしたノートPCで名古屋市内の地図を調べた。
東京に比べたらその都市の広がりは10分の1以下だが、宛もないままの人探しをするとなるとほぼ絶望的と言えた。やはり連絡を取って何処かで落ち合うしかないのだが、政宗自身が幸村や佐助に電話を掛けているのを見た事がない。
どうしたもんか、と考え込んでいた所へ政宗が風呂から上がって来た。
「政宗様は真田や猿飛の携帯番号をご存知ですか?」
「いや」
水に濡れた髪を掻き上げながら、政宗はキングサイズのベッドに腰を下ろした。「明日、成実に教えてもらう」
「そうですな、でなければ探し出すのはちょっと…」
「わかってる」
名古屋駅に着く少し前に、事務所に戻った成実から電話があった。
政宗だけ狡いとか、気をつけろよとか、一人じゃ絶対動くんじゃないだとか、延々説教されたが政宗はそれを右から左へ聞き流していた。
それから、成実の方から佐助には出来るだけコールし続けるから、もし佐助と繋がったら政宗にも連絡をくれるように言う、とも言ってくれた。
最後にこの従兄弟は「絶対ホームパーティするぞ!」と意気込みを熱く語った。
政宗も短く応えた。
「そうだな」と。

何時の間にか眠ってしまったようだ。
風呂場の扉が開いた音に政宗は寝返りを打って、自分の体の上に毛布が掛けられているのを知った。
風呂から出て来た小十郎は、ベッドサイドのテーブルから自分の携帯を取り上げ、何やら操作している。
そして画面を見つめる瞳に鋭い光が射したのを、見た。
難しい表情でベッドに腰を下ろし、操作を続ける。
政宗には背を向けているので何をしているのかは分からない。あるいは誰かとメールのやり取りをしているのかも知れない。その小十郎が振り向く素振りを見せたので、慌てて目を閉じた。
カーペットの床を踏む微かな音がして気配が傍らで止まった。寝顔を見られていると思うと何だかむず痒かったが、ともかく耐えた。
風もないのに前髪が揺れた。
軽く髪を梳いて耳の上で掌が止まった。
とくん、とくん、
と、自分の鼓動がやけに耳についた。
小十郎の手は羽根のような軽さで頬を包み、その親指が眼帯を外した右目の下をなぞる。
「何でお前はそんなに俺を甘やかすんだ?」と尋ねた事がある。政宗の右目を切り落とした事が枷となっているのではないか、と思った。
そうではない、と小十郎は言う。
だったら―――その情の深さは一体何なんだ。
常に納得のいかない部分が胸の奥底にわだかまっていた。だが、政宗はそれをとことんまで問い詰める事はしない。
出来なかった。
それが何故出来ないのかを自分に問う事をすら政宗は思いつかなかった。
頬の上を滑って掌は顎の辺りで止まった。自然、親指は政宗の唇の上で落ち着く。
するり
とその指先が下唇を辿った。
刹那、首筋から耳の後ろに掛けてざわり、と鳥肌めいたものが駆け抜けて行った。

するり

するり

何か甘い感覚が唇をなぞる指先から齎されて口中に唾液がじっとりと滲んで来る、その不思議。
その指先を口に含みたい、と言う欲求を捩じ伏せて政宗は寝た振りをやり通した。
何度かそうやって、男の手は名残惜しそうに去って行った。
小十郎がベッドに潜り込む衣擦れの音がして、薄暗いフットライトも消された。
ほっとしたような、拍子抜けしたような、奇妙な感覚が政宗を覆った。
お陰で眠らないよう気を引き締める必要もなくなったが。



Feather touch.
―愛撫―

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