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―Tell me a reason.―
Ranaway trip.
帰りは、政宗がみなとみらいに行ってみたいと言うので、来た道を引き返さず国道を通って横浜方面に向かった。
その途中で成実が「腹減った!」と騒ぎ出し(ちょうど7時を回った頃だ)、横浜で食事とシャレ込む事にした。
幸村たちを探しに行けないのならちょっと豪勢な夕飯にありつきたいと言う腹の成実と、微妙な罪悪感に付き纏われた小十郎との利害が一致したようだ。横浜に向かう車内には、少しぎくしゃくした空気が漂っていた。
「あ、横浜」
と政宗が声を上げたのはそんな中だ。
少し考え事をしていた小十郎は道標を見逃した。慌ててハンドルを切り、横浜市内に向かうであろう道へと車線変更した。
やがて辿り着いたのは、新横浜の駅前の大通りだ。
大型バスが行き交う目抜き通りに出てしまい、成実が「あーあぁ」と声を上げる。
「ここにだって飯食う所あるだろ」と政宗は言った。
それもそうだ、と思い直して駅近くの駐車場に車を停めて少し店を探した。不案内な彼らが結局行き着くのは手近な駅ビルの中で、そこで適当な店を見つけて食事にした。
「週末にはあいつら呼んでホームパーティしようぜ、政宗」
「そうだな」
「俺、自分でピザ作ってみたいんだよな〜、でっかいの」
「好きなもんばっか乗せまくるつもりだろ」
「当たり前だろー!ポテトとエビとチキンとチーズたっぷり乗せてやるんだ、山盛りに!」
「それ、ピザじゃねえよ…」
中華料理を頬張りながら二人はそんな会話を交わす。
伊達事務所には、一昨日から施行屋や大工が入って工事を始めていた。早ければ木曜日にはシステムキッチンが入れられるだろう。同時に進めている3階全体の床の張り替えや、その後のテーブルセットの設置などは一日もあれば終わる予定だ。
小十郎は、その図面を見て政宗が零した言葉を思い出していた。
「俺こんなに幸せでいいのかな?」と。
キッチン一つ作る事で幸福を感じる彼の敏感な感性を思うと、胸が締め付けられるようだった。それに、何で彼が幸せになってはいけないと言う理由があるだろうか。
それを守ってやりたいと、思ってはいけない理由などあるだろうか?

食事を終えた彼らは、同じ駅ビルに入っていた電気量販店を流し見た。時計を見るともう8時半を回っていた。
「みなとみらいに行くなら、そろそろ発たないと」そう小十郎に促されて店を後にした。
JRや新幹線乗り場のあるフロアから外へ出られる。
「―――…」
政宗は通りすがりに新幹線の電光時刻表を眺めた。
かと思うと、次の瞬間には駆け出していた。
先に気付いたのは隣を歩いていた成実だ。彼が「あれっ政宗?」と呟いた声に振り向いた小十郎が見たのは、遠ざかる少年の後ろ姿だ。
その先にあるのは新幹線乗り場。
―――まさか。
とは思いつつも、小十郎は駆け出した。
案の定、政宗は新幹線乗り場の改札にsuicaの定期券を叩き付けるように当てた。が、ブザーが鳴って遮蔽版が飛び出してしまう。
政宗はしかし、それを飛び越え中に入ってしまった。
小十郎は傍らの駅員に「身内です、連れ戻しに行くんで!」と叫んで遮蔽版のない通路を走り抜けた。
政宗は既に目的のホームの目星をつけていて、止まる事なく通路を人を掻き分け突っ走り、階段を駆け上がって行った。
小十郎がホームまで上がると、ちょうど名古屋行きののぞみが停車していた。左右を見渡せば少し離れた出入り口から政宗が身を躍らせた所だった。
小十郎はそれを追った。
列車に飛び込んだと同時に扉が閉まった。
「―――…っ」
息を切らして扉の窓から外を見る。駅員が二人、走り出した列車に追い縋りながら何か言っていた。小十郎はそれに向かって片手を上げて拝む仕草をした。次の駅で降りるし料金も払う、と言う意味で。
しばらく車内を探し回れば、客席と客席の間のデッキに座り込む政宗の姿を見つけた。
ちらり、とその左目が小十郎を見上げて来たがすぐに顔を伏せる。
彼を見つけた事に安堵した小十郎は、今頃になって成実を置いて来てしまった事を思い出した。尻ポケットから携帯を取り出して、成実の番号をコールする。
「……泣くな、バカが…。―――済まねえが、綱元さんに連絡取って迎えに来てもらえ、いいな?」
小十郎は用件を言うだけ言って、継ぐ文句も聞かずに通話を切った。それから政宗の前に膝を折ってしゃがみ込む。
「何もなかったらあいつらを殴って笑って帰る。でも、何かあったら、俺はこの先、笑って日々を過ごす事は出来ない…」
目も合わせず政宗はそう言った。
「………」
黙り込む小十郎を少年の片目が見上げて来た。
そこには卑屈さも悪びれた所もなく、ただ彼は色の強い眼差しで小十郎の両眼を見つめる。
「学校はどうなさいます」
「病欠ってことにしとけ」
「決断を下された、と言う事ですな?」
念押しをされて、不意にその瞳が揺れた。惑って、ほんの僅か唇を震わせると次に小十郎を見やった時、縋るような気色が流れる。
「…わかんねえ、もし何かあったら小十郎や成実を危険な目に遭わせるかも知れないって―――それで一人で来たのに」
この台詞に小十郎は眉根を寄せた。
政宗が自身で決断したならどんな事でも従う、と小十郎は彼に言った事がある。それでも、いやそれだからこそ、もう二度と小十郎たちを危険な目に遭わせたくないと言うそんな理由でこんな事をしでかした政宗に、苛立ちのようなそうでないような息苦しさが募る。
小十郎は右手を伸ばして、少年の唯一見開かれた左目に掛かる前髪を指先で掻き退けた。
ふと、慌てたように視線が外される。
「わかりました…」
溜め息を吐きながら小十郎は言った「彼らを探しましょう」と。
大概、自分も政宗に甘いよな、と苦笑が我知らず漏れる。



Ranaway trip.
―逃避行―

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