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―Tell me a reason.―
An unexpected visitor.
膨大な書類の山と、仙台市とその周辺都市にある会社視察と、弁護士らとの面会と、それらと格闘する密度の高い10日間が瞬く間に過ぎ去った。
文七郎との会話によって多少は肩の荷が下りた気分になれた政宗は、その忙しさの中で発作の事を忘れることが出来た。怠さや痙攣は完全に止む事は無きにしも、基信の死の直後よりは幾分マシにもなった。
昼近い午前の光が差し込む温かい居間で、政宗は手にしていたファイルをソファの上に放った。傍らには、カーペットの上に座ってガラスのソファテーブルに突っ伏して眠りこける成実がいた。さすがに土日返上での激務に彼も疲れ切っているようだった。
今、小十郎と綱元は揃って監査役員会議に出掛けている。
実務の知識と、複雑な規定を理解した部長クラス以上の管理職でなければ、監査役員との答弁は成り立たない。そこまで深い知識は今は必要ないと判断されて二人は留守番だ。
仕方ねえな、と軽い溜め息と共に立ち上がった政宗は、ソファの背凭れに掛けられていた成実のカーディガンをその背に掛けてやった。
その時、控えめに居間の扉がノックされた。
政宗がそれを押し開けると女中の一人が軽く会釈して言った、「お客様です、政宗様に」と。
「俺に…?」
わざわざ最上や芦名が冷やかしに来たとも思われない。
客を待たせてある一階のサンルームに、政宗は体を解しながら向かった。

今日のように天気の良い日に来訪した客を迎え入れるのに、その庭へ突き出したこぢんまりとしたサンルームはとても適していた。大きなデッキチェアとテーブルセットの一組を置いてほぼ一杯のそこは、薄い紗のカーテンが引かれていてそれを通して庭の木々を眺めることが出来る。
そのデッキチェアに腰掛けた二人の人物の姿を認めて、政宗は軽く眼を見開いた。
部屋と部屋の間の広い通路からそのサンルームは直結していて扉はない。そこへ近付いて来た政宗に、横顔を見せて外を眺めていた彼が気付いた。
「政宗どの!!」
真田幸村だった。
当然、政宗に背を向けていたのはその幼馴染みの猿飛佐助の赤髪で、彼も又ひょいと振り返った。
ぎくりとして固まったのは幸村の方だった。
「お久し振り〜、伊達チャン」
微笑みながら立ち上がった佐助は何の動揺も示さない。
「…政宗どの…!大変な苦労をされておられるようですな、心中お察し申し上げる…!!」
苦しげに呻くのは、久し振りに見た同級生が傍目から見てはっきりと窶れているのが分かったからだ。それを口にせずにはいられない幸村の単純さは相変わらず健在だった。
「何をお察ししてくれてんだ。だいたい、何しに来た」
「そっちこそ何言ってんの〜。こっちは受験も終わって、無事卒業もして春休みだから遊びに来てあげたんじゃないの。寂しがってるかと思って」
「Ha!お前らの事なんか忘れてたぜ」
「あら、ひどーい」
ね、と同意を求めた先で幸村は口を真一文字に引き結んで俯いていた。
「どしたの、ダンナ?」
「…ん、やはりお邪魔だったようだ。佐助、迷惑を掛けぬ内に帰るぞ」
あらら、と呟いて佐助は片手を頭にやった。そうして意味ありげに政宗を見ると、彼は忌々しそうに顔を歪めた。
「冗談だ、茶でも飲んでけ」
「え〜」
まだ不服の声を上げる佐助を、政宗はじろりと睨んだ。
「何だ?」
「や、実はせっかくここまで来たんだから蔵王の春山スキーに一緒に行かないかなあって思ってたんですケド?」
「…そこまで暇じゃねえよ」
「ですよね〜」
「それ程お忙しいのでござるか?」
心配そうな表情と声音は、明らかに政宗の体調を気遣っていた。そんな犬っころのような反応をされては、政宗も居心地の悪さで落ち着かなかった。
「お忙しい訳じゃねえ」
「暇はないのに忙しくはないんだ〜」
揚げ足を取る佐助を片目で睨みつけてやったが、佐助には全く効果はなかったようだ。
「春山スキーかぁ、いいなぁ行きたいなぁ」
とそこへ、4番目の声が加わった。
成実だった。
大欠伸を隠しもせず、のそりとやって来た成実は背中を丸めながら政宗の隣に立った。
「ちょっと息抜きしたいよね」
そう言って政宗の横顔を覗き見る。政宗は左目だけで従兄弟を見返した。
「お久し振り、シゲちゃん」
「お疲れのようですな、成実どの」
二人から交互に声を掛けられ、成実は苦虫を噛み潰したような顔をしてひらひらと手を振った。
「もう大変だったらありゃしないよ。難しい事ばっか、眼ぇ回りそう。たまには何も考えないで身体動かした〜い」
うーんと唸って、伸びをする成実。
「小十郎たちが帰って来たら掛け合ってみようぜ、政宗」
「…しょうがねえなぁ…」
政宗の返事に成実は、二人の客人に向かってウインクを一つ寄越した。



An unexpected visitor.
―不意の客―



夕方になって黒いバンに乗った彼らは、蔵王に向かっていた。
仙台市から一度仙山トンネルを抜けて奥羽山脈の西側に抜ける。山形方面から上山へ向かい、上山からスキー場付近のロッジを目指した。蔵王周辺は本格的な雪解けの始まる4月下旬まで夜間通行止めになる区域がある。そこを通り過ぎる際、多少時間オーバーになったが検問所で見逃してもらい、ロッジまで急いだ。
ロッジ付近のスキー場は夜間のライティングがされていて、センターハウスの周辺とリフト一本分までは解放されていた。その為、春山スキーを楽しむスキー客がかなりいた。
季節が冬から春へ移り変わるこの時期、天候が不安定で雨が降ったり、そのせいでアイスバーンになったりとパウダースノーのような上質な雪は望めない。にも関わらず、やはりその積雪量の豊富さは蔵王ならではだったろう。
車から降り立ったとたん、成実と幸村はそわそわして落ち着かない、と言った有様だ。
夜間スキーは8時半までなので、夕飯を食っていたら終わってしまう。部屋に飛び込むなり、二人はガサガサとスキーウェアを着込み、スキー用具のレンタル場まで駆け込んで行った。それを政宗と佐助がのんびりと追う。
「…無理しないでよね、伊達チャン」
と佐助が横で呟いた。
二人の背後の小十郎と綱元が、眼だけを見交わす。
「余計なお世話だ」
案の定、政宗は佐助の言葉を突っ撥ねた。
スキー板を抱えてスキー場に出ると、ちらちら雪が降り出していた。
スキー客の中に成実と幸村の姿を探すと、センターハウスの周囲のなだらかな斜面を流し滑っているのを見つけた。向こうからも政宗たちを見つけたらしく、二人はざっとばかりに雪を掻き退けて戻って来た。
「いや〜爽快爽快、絶好調だね!!」
「気持ち良いでござる!最高でござるよ!!」
二人が興奮して代わる代わる叫ぶのに、佐助は耳に指を突っ込みながら「あ〜はいはい」とおざなりに応える。
「幸村、リフト行くか?」
「もちろん、行くでござる!!」
「なら、競争だ」
言うが早いか、ざっと雪を蹴って政宗はリフト乗り場目掛けて滑った。
「俺も俺も!」
「応」と応えた幸村と一緒に成実も身を翻した。
残った佐助がスキー板を装着すると、背後の二人を振り向く。
「気を付けとくから」そう言い残して彼も友人らの後を追った。誰よりも身軽に雪の上を滑る佐助は、後から走ったにも関わらずあっという間に彼らに追い付いた。
「もどかしいな…」
綱元の声に振り向いた小十郎は、そこに差し出された缶コーヒーに眼を落とした。温かいそれを受け取って小十郎は溜め息を吐いた。
溜め息は真っ白い花を咲かせて、散った。
「文七郎が何か知ってるらしいが政宗様に口止めされている。ともかく、取締役会が終わるまで待ってくれと言って聞かない」綱元が続けてそう言う。
小十郎は缶コーヒーを手にしたまま、山腹へ伸びるリフトを細雪の中に透かし見ていた。
何もかも、政宗の身も心も何もかも、手中に収めたならこのもどかしさは失せるだろうか。
だが、その時残るのは政宗だった「もの」の抜け殻に過ぎないだろう。
確かに待つ事は辛い、そして今は待つ事が彼らの勤めだった。
「ともかく、取締役会が終わるのを待ちましょう」と小十郎は応えた。




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