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―Tell me a reason.―
Confession.
伊達の屋敷前で車は停まった。
先に路上に降り立った左月(後部座席で政宗の隣だった)は、降りようとしない政宗を窓から覗き込んだ。
「最後の質問が残ってる」と少年は言った。
バックミラー越しにそのただ一つの眼を受け止めた不破は、振り返る事もなく微笑んだ。
「不破は私の部下の名だ」
続く言葉を政宗は待った。何となく予感はしていた。
「私は遠藤基信、百合香の夫だ」
体の中で何かが大きく揺れたようだった。そのまま崩折れる事も出来そうだったが、政宗は理性をかき集めてそれを封じた。
「俺には、お前があいつより伊達を優先させているように見える」
やけに抑えた声で政宗はひっそりと呟いた。それを認めて欲しくなかったのかも知れない、と後で思う事になる。
だが、男の微笑みは消えぬまま、バックミラーから少年を臆する事なく見つめている。
「私の全ては、君の父上の為にある」
ドクン
心臓が、悪魔の手に掴まれたかのように一つ脈打った。
「てめ…百合香の居場所知ってて…!」と政宗は運転席のシートに手を掛け身を乗り出した。
「もしそうであっても」
基信が振り向く。
至近距離で、その深い色の瞳と視線がかち合った。
「そうでなかったとしても、私は輝宗の為に動く。それは誰にも変えられない」
「―――な、にをバカ…な…」
「輝宗以外の手には私は動かされはしない、君には理解出来ないだろうが」
「―――…」
絶句した。
脱力した政宗を、ドアを開けた左月が引き出した。
それを追って成実も助手席を飛び出す。



退院には未だ早いが、小十郎は病室で服を着替えていた。
「…脱走すんの」
「バカ言え、ちょっと出て来るだけだ。すぐ戻る」
「それを脱走って言うんだよ」
「何とでも言え」
ベッドの上で不貞腐れる慎吾とそんな会話を交わした小十郎は、何食わぬ顔で病室を出た。そのまま見舞客の振りをして病院を出て来れたのは、主治医や担当ナースの日番やローテーションを熟知した上での行動だったからだ。
病院前でタクシーを拾い、目的の場所を告げる。市内のとあるホテルの前だ。
お膳立ての半分程は綱元が用意してくれた。
政宗が遠藤百合香を探して左月を酷使している事を説明したら、彼はいかにも渋い顔をした。
「全く、あの方は―――」
左月には不破と言う男が調べているからお前は何もする必要はないと言ったのだが、政宗には通じなかったようだ。全然、懲りてない。
そこで不破との接触を小十郎が望んだ。
「連絡を取ってみよう」と綱元は言い、繋ぎが取れたのが昨夜だ。
これからそのホテルで不破と会う事になっている。
―――遠藤基信。
その男は小十郎とは浅からぬ縁があった。
彼が14の若さでアメリカ・マサチューセッツ工科大学に入学出来たのは、保証人として基信が署名してくれたお陰だ。輝宗がその退学に関する手続きをした際それを知って「全く、あの男は」と憮然と呟いたのが昨日の事のように思える。
家出した小十郎の寝食や身の回りの世話を焼いてくれたのも、基信だ。
彼がいなかったら子供だった小十郎は路頭に迷い、生きて行く事さえ出来なかったろう。基信がどんなつもりで小十郎の為に骨を折ってくれたのかは分からない。ただ、その当時同じ疑問を持っていた小十郎に基信はこう漏らした。
「同族愛、…かな?」
どういう意味だ、と当時の小十郎は首を捻った。
だが現実問題として彼は色々と窮していたのだ。基信の手助けを小十郎は有り難く受け取った。義姉の喜多と旧知の仲の男と言うのも、基信の世話になる事を決断した理由の一つだった。
思えば、あの辺りから彼の心持ちは決まっていたのだろう。
今なら分かる―――同族愛。
輝宗の為に在り、輝宗だけを見て、輝宗の為だけに動く。
ここ数年、彼は輝宗の前に現れる度に伊達の窮地を救って来た。今回もそうだ。輝宗の息子である政宗が誘拐された事によって、輝宗の立場は伊達の内部でも危うくなったと聞く。それを基信は自ら公安警察を動かす事で救ったのだ、とは綱元から聞いた話だ。
遠藤百合香を犠牲にしてまで―――。
そんな事はあってはならない、と小十郎は思う。
ホテルのフロント脇に喫茶店がある。その中で不破は待っている筈だった。しかし、そこで小十郎が見たものは、
「…基信様…!」
本人だった。
小走りに近寄って来た小十郎を、ソファの上の男は微笑みながら待ち受けた。
「久しぶりだな、小十郎」
「―――本当に」
上着を取り席に着いた所へ、ウエイトレスがやって来て水を置いた。それへブレンドを一つ頼むと、改めて目の前の男を見やる。
「良いお子に成長なされた」
ひっそりと告げる言葉は唐突だったが、小十郎はすんなりとその中へ入って行けた。
「お会いになられたのですか、政宗様と」
「ああ、ついこの間」
「政宗様は百合香さんが何者なのかご存じなかった…」
おや、と言うように男の表情が動いて、すぐにふうわりと微笑んだ。
「私は政宗様を責めてはいない、むしろ感謝している」優しげにそう言ってから、その顔にふと陰りが差した。
「自分の有様を恥じたいくらいだ」
それには小十郎も返す言葉がない。
「俺に協力出来る事はありませんか?百合香さんを取り戻しましょう」
小十郎が必死に言い募るのに、今度は基信は泣き笑いのような不思議なものをその頬に浮かべた。
「君たちは良く似ている」
「え―――」
「今、伊達家が…いや輝宗がどんなに危うい立場に在るか、わからないお前でもないだろう。奴らは百合香を人質にしたが私は全く動かない。その苛立ちが何時輝宗本人に向くか…それを考えると居ても立っても居られなくなる」
「………」
「もう少しだけ待ってくれないか?」
これが最大の譲歩だと言うように男は言った。
「あと4、5日で結果が出る」
「…結果―――って…」
「あらゆる手段を尽くして、中野と牧野を排斥する」
―――やはり、と小十郎は思った。
小十郎でももし、基信の立場だったら同じ事を考える。それは確かだ。
「…決して…ご無理はなされぬよう…」
「人を殺すのに刃物はいらない。今の時代、一枚の紙切れで十分だ」
「それは…そうですが……」
「小十郎」
「はい?」
ウエイトレスがコーヒーを運んで来た。
その、馥郁たる香りに負けぬ位の穏やかな笑みを浮かべて基信は言った「政宗様を離すな」と。
「―――――」
「そして、私のようにはならないで欲しい」
「どういう意味でしょう…?」
「私は輝宗の意志を無視してでも輝宗の為になると思った事をして来た。その度にあれは非道く切ない顔をする。そんな表情をあの子にはさせるな、と言う事だ」
分かっていながらそうせずにはいられなかった。
―――基信の悲劇は輝宗の為に他の一切を犠牲にして来た事ではなく、それが分かっていながら己を突き動かすものに逆らえなかった事だ。何処か男の内部で酷く重要なものが壊死している。
表向きこれ以上ない程優しげな男がしかし、心の中に狂気を宿している冷徹な鬼だと言う事に、この時小十郎は初めて気付いた。
それは余りにも―――哀しい。
「お約束は、出来ません」
ん?とコーヒーカップの向こうから基信は視線をくれた。
「俺も政宗様の為なら、多分…」
ふ、と笑って男は湯気を立てる液体を啜る。
「やはり、同族愛だ」
男の微笑に当てられたか、やけに喉の乾いた小十郎は置かれたコーヒーをふうふう冷ましながら口に含んだ。
「その時になったら不破を寄越す、頼まれてくれるか?」
男に問われて小十郎はカップを置いた。
そして深々と頭を下げる「こちらこそ、お願いします」と。



Confession.
―懺悔―

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