夏の終わり(土沖)
この両手にはもう掴めないいのちを思い出す。
赤、黒、黒、赤。
透明な水の中をひらひら泳ぎ回る姿はとっても気持ち良さそうだった。
開けた窓からほんの少し香る花火の匂い。
昼とは打って変わって冷え切った夏の風。
かなしい、夏の終わり。
「土方さん・・・・・」
「ん?」
「夏祭り、終わっちゃいましたかねえ・・・・・」
まだ言っているのか、とちょっとだけ眉間の皺を深くしてため息を吐く貴方。
ちょうど一年前の今頃、夏風邪を拗らせて寝込み、夏祭りに行けなくなった。
私はどうしても貴方と夏祭りに行きたくて体を起こすもふらふらして歩けない。
小さな子供みたいに無理を言う私を宥める様に頭をなでて、暫く土方さんはどこかへ行ってしまった。
今となれば笑って話せるけれど、当時私は愛想を尽かされたかと不安で、涙さえ滲み出て来る程だった。
そんなことを考えている内に眠ってしまったらしく、すっかり外は明るくなっていて、まだ土方さんは帰ってこなかったのかと不安になって起き上がると、壁にもたれて眠る貴方の姿が目に入って安心した。
そしてふと横を見ると、涼しげな金魚鉢、忙しく泳ぎ回る金魚達。
「・・・・・?」
「・・・・・、起きたのか」
「あの、土方さん、これ・・・・・」
「かわいいだろ?」
夏祭りに行ってた奴が居て、そいつが沢山は飼えねぇからって、俺には似合わねぇだろ、だからお前にやろうかなってさ、
「・・・・・ありがとうございます」
私、知ってたよ。
貴方が夜遅くに金魚屋さんに無理を言って分けてもらってきたこと。
それも方々探し回ってくれたこと。
そうじゃなきゃそんなに濃い目の下の隈はできないもの。
「来年は行こうな、夏祭り」
そう笑った愛しい貴方の声が遠く、遠くに聞こえる。
嫌だ、離れたくない、離さないで。
貴方と居たい、貴方が好きなの、ずっとこのままで居たいだけなのに、何もこれ以上を望んでないのに、
「・・・・・!」
夢、だったのか。
きっと、あの夢の続きは見られない。
あの日常に戻る事だってない。
あの腕に抱かれることも、
あの唇に触れられることも二度とない。
ただ変わらないのは思うように動かない体と、ただあの言い様の無い、計り知れない寂しさだけ。
「・・・・・かえりたい、だけなのに」
..fin.
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