新天地に



「えーと……。ここって学校ですか?私ここに転入ですか?」

ばかでかい校舎を前に、私はそう呟いた。











私立氷帝学園。言わずと知れた金持ち学校だ。
広大な敷地に整った設備など、まあ勉学に励むにはもってこいの場所かもしれない。
そんなことはわかりきってる。納得してる。納得してるんだけど………



(胃が痛いー……)



一人暮らしのじり貧生活を送る私には、なんつーかその、ちょう居心地悪ぃ。
だってさー、まわりから金持ち臭がぷんぷんするんだもん。私みたいな貧乏人が来る所じゃないんだって絶対!
……とまあぐちぐちいってみても、私の氷帝への転入が変わるわけでもないし、もうさっさと転入手続き終わらせて帰ろう。




* * *




でかい校舎をパンフレットを頼りに進み、とりあえず職員室に到着した。
コンコンと適当にノックをして、職員室のスライドドアを開ける。


……うわあ、濃ゆいなあ。


見るからに個性の強そうな先生達が私を見つめている。なんだこいつって顔だね。
夏休みの中盤というこの微妙な時期にこれだけの先生がいるってことは、授業が始まればもっとたくさんの先生がでてくるんだろう。すっげー壮観。
職員室に一人で(しかも私服)ひょこひょこ入ってきて、何をするでもなくあたりを見渡していた私をさすがに不思議に思ったのか、先生の一人が「なんのようですか?」と声をかけてきた。
ああそうだそうだ、はやく手続き終わらせないと。



「夏休み明けから氷帝に転入することになりました、中学二年のみょうじなまえです。伯父から話は通っていると聞かされたので、転入手続きに来たのですが」

「あ、ああ!みょうじさんの!分かりました、こちらにきてください」



事情を説明すると満面の笑みになった先生は、私を職員室の奥にあった談話スペースに座らせた。たくさんの書類を片手に、氷帝の説明を受ける。
表面で適当に相づちを打ちながら話を聞き流して、書類の必要事項を手早く書き込む。先生の話が終わったと同時にペンを置いて、書類を渡した。



「え、もう書けたの?」

「はあ。確認したので誤字脱字は無いと思います。では私はこれで―――」



帰ります。そう言って席を立って、呆気にとられている先生を尻目に職員室を後にした。
無駄に長い廊下をパンフレット片手に歩きながら、新学期の準備に思いを巡らせる。



(制服……新学期までに間に合うかあ?てかなんでここの学校制服をオーダーメイトしなきゃなんないんだ……。リサイクル品で十分なんだけどなあ。あと学費、ちゃんと伯父さん払ってくれるよね。まあ払えと言われてもこればっかりは無理だし、心配しなくてもいっか)



中学二年生の思考とは考えられないようなことをぐるぐると悩みながら校門を目指していると、ふと、前から人が歩いてくるのが見えた。男子生徒だ。
薄い色素の髪に涼しげな目元、氷帝の制服を少し着崩したそいつは、モデルといっても通る完璧な美形。運動した後なのか、うっすらと汗をかいている。
レベルたっけーなあと思いながら見つめていると、こちらに気づいたのか、そいつと目があった。



吸い込まれそうな、蒼の瞳



瞳に映る強い意志に飲み込まれそうになって、一瞬身体の動きが止まった。私とそいつの周りの時間が、ゆっくり流れていく。
理由なんてなんにもなくて、ただその瞳をもう少し見ていたくてそいつに声をかけようと―――



「なに見てんだよメス猫。うぜえ見んな」



ぷっちーーーーーーーん


ごめんなさい今までの全て前言撤回。なんだこいつ赤の他人にたいしてメ ス 猫だとぉおおおお?


あまりに失礼な発言を受けて、私の中の理性とかその他諸々は一気に吹っ飛んだ。ええ地球の彼方へ飛び去っちまいましたとも!
だから私は今後の生活とか考える余裕なんて全然全くこれっぽっちもなくて、考えるより先に身体が反応しちまったんですね。今思えばこれが全ての始まりだった、うん。
まるでそうするか決めていたかのように、身体がなめらかに動いた。私は手に持っていた氷帝パンフレットを、一片の迷いもなくそいつの顔目掛けて、



「歯あ食いしばれえええええええええ!!!」



ぶん投げた。



丸めたパンフレットは一直線にそいつに飛んでいって、バズン!と実に痛そうな音を立てて綺麗な顔に当たった。高慢ちきなヤローのことだ、多分こんなことされるとは夢にも思っていなかったに違いない。
パンフレットのくりてぃかるヒットに満足した私は、ビシッ指を突き出して、呆けた顔でこっちを見ている美形に、言い放った。



「私にはみょうじなまえっつーすんばらしい名前があるんだ。メス猫なんて呼ぶなよオス猫!」



……これが私と跡部景吾の、一般的に見て最悪といわれる出会い。
名前も知らないむかつく美形に一発言ってやった私は、その後るんるん気分で家に戻った。
るんるんしすぎて周りなんか全く気にしてなかったから、美形が私のことをずっと目で追っていた、なーんてことももちろん知らなかったのです。






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