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しかと見届けてマイラストファイト(におやぎゅ)


「もう夏みたいじゃのう……」

屋上から見上げる空は青くて、雲の様子もすっかり春とは違う。でも今と本格的な夏との間には、テニス部員をほぼ例外なく憂鬱にさせる梅雨がある。常の倍程機嫌の悪くなる部長や副部長を思い出すだけで気分が沈んだ。気分転換しに来たのにこんなことではだめだ。ホイールをくるくる回して、お気に入りの曲まで飛ばした。イヤホンから柔らかいギターが流れはじめる。


(仁王くん)


呼ばれた気がした。でもきっと気のせいだ、いまは授業中だし。自分をそう呼ぶのはただひとりだけだし、そいつは授業をさぼるような人間ではない。胸が痛んだ。と、視界が翳った。

「……ああ、音楽を聴いていたんですね」
「……………あれ」

柳生が後ろに立ったせいだった。横に座ってイヤホンを片方取ると、自分の耳にはめる。俺は目を細めた。柔らかい日差しの中柔らかい風の吹く屋上で柔らかいギターと柔らかい歌声を聴いている柳生を、直視したら目が潰れてしまうと思ったからだ。それくらい綺麗で、絵になっていた。

「……どしたん、珍しかね」
「貴方がここに向かうのを見掛けたので。連れ戻そうと思っていたのですが……これでは、さぼりたくもなりますね」
「……どーゆーイミ」
「今日のような日の屋上は、こんなに気持ちいいんですね。知りませんでした」
「………………」
「仁王くんのおかげで気付きました。ありがとうございます」

柳生は俺をみてにこりと笑った。俺は柳生のこういうところがすきだ。真面目なのに、それ以外のもののよさもちゃんと認めてくれる柳生がすきだ。真面目であることを頭ごなしに強要しない柳生がすきだ。そうじゃなきゃ、俺みたいな奴と話すこともなかっただろう。柳生は本当に真面目な人間だから。俺はこの通り、不真面目でちゃらんぽらんだ。

「……じゃあ、今度さぼるときは誘っちゃるよ」
「そうですね、天気がよかったら御一緒します。私でよければ」
「柳生さんしか誘わんよ」
「どうしてですか?もっと、こう……断らなそうな方を誘えば、」
「……一緒にさぼりたいのは柳生さんくらいしかおらん」

口にしてからしまったと思った。自分の中の、この同性に向けるには醜悪過ぎる感情を、柳生には見せるまいと必死に隠してきたのに。けど柳生は驚いた顔をしただけで、嫌悪とか、怯えは感じられなかった。

「…仁王くんて、」
「なに」
「友達少ないんですか?」
「………………」
「冗談ですよ」

柳生はしれっと言うと前を向いてため息をついた。不安で不安でじっとみつめ続けると、瞳だけをこっちによこして、すぐ瞼をおろした。次に目が開いたとき、柳生の瞳は既に遠くへ向けられていた。柳生は恥ずかしいときや照れたとき、相手をみないで話すのだ。でもいまの柳生の瞳は、少し悲しそうに揺れている。

「…あまり、調子づかせないで下さい」
「……はい?」
「いちばん近しいと錯覚するでしょう」
「なにがなにに」
「私が、貴方に」

呆けて柳生をみると、こちらをみて口元だけで笑った。イヤホンを耳から外して、ありがとうございました、と俺に手渡して立ち上がるので、思わず手首を掴んだ。まだここにいて欲しかった。醜悪なのは俺だけじゃないかも知れないと思った。

「…なにか?」
「いちばんじゃよ」
「………………」
「柳生さんがいちばん近い。そうじゃなくても、俺は柳生さんにいちばん近くにおって欲しい」
「………あは」

柳生は破顔するとまた俺の隣に座り、またまたありがとうございますと礼を言った。

「なにがありがとうなん?」
「私のいちばんも仁王くんですよ」
「……あんがと」
「ね、ありがとうでしょう」

柳生はまた笑った。俺は笑えなかった。泣きそうだった。俺は柳生の言葉のなにが俺の心を動かすのかわからない。俺は自他共に認める捻くれ者だけれど、柳生の言葉はするりと俺の心を犯す。俺のプライベートゾーンを簡単に突破する。欲しいと思うまで時間はかからなかった。イヤホンからは相変わらず柔らかい歌声が溢れている。柳生をみた。柳生は相変わらず遠くをみている。

「………柳生さん」
「はい」
「すき」
「…………え」

柳生さんはこっちをみて目を見開いた。頬が赤くなっていくのがわかる。俺はようやく笑えた。いまなら伝わる気がしたんだ、だってすごく天気がよくて、いまの俺達の心は酷く近くて、ともすれば触れそうだったから。柳生はまた笑って、ありがとうございますと言った。床のうえの左手が右手に重なった。右手に感じる柳生の体温が心地よかった。



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