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《freaks》
ひとでなし。

◆◆◆

今はもう使用されることのない、旧校舎。竣工当時は白塗りにされていたであろう外壁は、今やその化粧を剥がされ、諸所に風の通り道を空けている。
俺は昇降口の鍵を開けると、中へと進んだ。
腐った木の臭いが鼻をつき、俺は顔をしかめる。
新校舎の方から、ブラスバンド部の演奏が、弱々しく響いてきた。これは何の曲だったかと思案するのだが、思い出せない。どこかで聞いたことのある曲であったのは確かなのに。
廊下を歩けば、床が音を立てて軋み、風が吹けば、窓枠が悲鳴をあげて震える。
旧校舎それ自体が楽器のように音を奏でていた。だが、それは雑音でしかない。
ゆっくりと流れるブラスバンドの溌剌とした音色に、雑音が混じった。



◆◆◆

俺は旧校舎での用を済ませ、床を軋ませながら昇降口を目指す。
外はもう暗く、冬が近付いたことを想起させる。どうやら、ブラスバンド部の練習も終わったようである。
今はただ、ささくれた床板が奏でる不快な音だけが、この寂れた場所を支配していた。
そして、その不協和は俺の意識を軋ませる。
来永劫赦されることのない罪。されど、俺に未来など見えやしない。未来などない。
終わらせることがなければ、終わることのない儀式。
俺たちの儀式に意味はあるのだろうか。
俺の行いで一体誰が、誰が、しあわせになるというのだろうか。
俺は旧校舎から出、ふと振り返り、書庫であろう場所をじっと見つめる。
「なあ、お前はしあわせか?」
誰にともなく、俺は問うた。誰も答えてくれないことは知っていた。


◆◆◆


旧校舎から少し歩き、新校舎の真正面に位置する校門にたどり着いた俺は、携帯電話を開いて時間を確認した。
校門前の街灯が明滅している。
下校時間はとうに過ぎ、部活帰りの生徒すら残っていないような時間。
故に、校門に寄り掛かるように立っていた、その少女は異質な存在であった。
下着が見えない程度に短くされたスカートのポケットに片手を突っ込み、脱色したのであろう明るい頭髪をゆらゆらと闇にうごめかせている。肩にかけたスクールバッグからは、細長く赤い線が少女の側頭部まで伸びていた。
俯いた顔から窺えるのは僅かに開いたり、閉じたりしている唇だけ。
どうやら何かのメロディーを口ずさんでいるようだった。
少女は俺に気がついたのか、まず頭を上げ、俺を認識すると片側のイヤフォンだけを外した。
「あ、先輩」
少女は気怠げに声を出した。
「よう。こんな時間までどうしたんだ?」
「先輩こそなにしてたの?」
少女は細く長い指に、イヤフォンの線を巻き付け弄ぶ。
白い指に赤い糸が絡まっていく。
「生徒会の仕事が長引いたんだ」
俺は落ち着いた声で、一拍空けて答えた。
街灯が明滅を止め、本来の仕事を果たした。
「ふーん」
街灯に照らされた少女。視線が交錯する。
少女は口角を上げていた。
動悸。
街灯が再び明滅し始めた。
少女は黙って俺を見つめている。
「で、お前はどうしたんだ、こんな時間まで。おばさんが心配するだろ、早く帰れよ」
俺は彼女から目を反らすと、片手を上げ、挨拶のゼスチュアをする。
さっさとこの場から立ち去りたかった。
「じゃあな、また明日」
俺は校門沿いの道路に出た。この町は田舎だから、日が暮れたら車の通りなんてほとんどない。道を沿うように植えられた並木がひっそりと佇んでいる。
歩道はしんと静まりかえっていたが、道の先に林立する街灯はちかちかと目にうるさかった「先輩」
少女の声が水を打ったように、凛と、響き静寂を打ち破る。
「なんだ?」
俺は振り返らず、彼女に聞く。
「一緒に帰ろ」
腕をきつく握られた。痛くはない。だが、俺はそれを振りほどく。
「やめろよ」
俺の力が強かったのか、はたまた俺の剣幕に驚いたのか、少女は少し後ろによろめいた。
「……今日の先輩、変」
「……」
「……」
「……すまん」
少女が目を伏せる。
悪いのは一方的に俺であった。そして、一緒に帰るのを断る理由もなかった。ある?いや、ない。なかった。
「……行くぞ。おばさん、心配するだろ」
「うん」
俺は溜息をつくと、少女を促し、ゆっくりと歩きだした。
後ろから聞こえる、一定のリズム。彼女はいつだってそうだった。俺の隣には立たない。絶対に。なぜだかはわからない。いつからかも定かでない。彼女はただ、俺の後をついてくるだけ。
俺と彼女が住むマンションまで、あと少しといったところで彼女が口を開いた。
「先輩帰ってきて、そろそろ一年経つよ」
「ああ、もうそんなに経つのか」
「うん、懐かしい?ほら、あの公園」
少女は、無邪気に笑い、小さな公園を指差した。
恐らくマンションの駐車場を作る際に余ったスペースを有効活用したのだろう。遊具もなく、ただ砂場とペンキの剥がれたベンチがあるだけの、とても公園とは呼べない場所。でも、俺たちの間では公園と言えばこの場所だった。
「覚えてる?」
「ああ」
「あの頃はよかったなー。なにも考えずに、ただひたすら遊んでさ。男女の区別なんかなくて」もうマンションに着いたというのに、彼女の話は終わらない。彼女はスカートを翻して公園に駆け出す。「陽が暮れて、おいしいご飯の匂いがしてきてね、みんなばいばーい!って」彼女は薄汚れたベンチに腰掛け、俺を見た。「それで、先輩はあの娘と一緒に帰るんだよね」夜闇の暗幕によって、彼女の顔色は窺えない。唯一の光源である月は厚い雲に遮られている。
「やめろ」動悸。
「ただいまーって」動悸。動悸。
「何が言いたい」動悸。動悸。動悸。
「何も。ただ、懐かしいねって」動悸。動悸。動悸。動悸。
「気になってた。お前、あんな時間まで何してた?」動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。
「あたし?先輩待ってた。でも」動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。「あたしも用事あったから」動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。「あたし、旧校舎でピアノ調律してた。先生に頼まれて。でもね、あたし何も知らない。何も。ね、先輩」動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。動悸。
雲間が切れ、月が煌めく。赤い三日月が、笑っている。


◆◆◆

その夜、俺はしこたま吐いた。


◆◆◆


《freaks》 is the end...
/
《What is it freaks?》...
/
to be continued...《empty》...




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