さよならの温度 A

補佐官とか言ってヴァンのとこから強制的にやってきた刹那とか言う女は、一言で言うなら鬱陶しいことこの上なかった。
こっちが何も言わないのをいい事にちょろちょろいつも後を着いて回ってさ。お茶を淹れただの何だのって、いつだってヘラヘラ笑ってるようなウザイ奴。
部下じゃなかったら(正確にはヴァンの命令で受け入れた人間じゃなかったら)関わりたくないタイプ。とにかく煩くて、どんなに怒鳴っても次の日には

「師団長ー!!折角ですからご飯ご一緒しませんか?」

「嫌だね。なんであんたなんかと食事まで一緒にとらなきゃいけないのさ」


そう。こんな風にまた、煩く話しかけて来る。
全く、執務室で嫌と言う程顔を突き合わせてるんだ。大体何が悲しくて、アンタと四六時中…。


「あ、それじゃあ気が向いたらまたご一緒させてください!」


棘々しく言い放ったのに怯まないし、懲りないし、ほんと、なんな訳、
苛々して本気で殴り飛ばそうかとも思ったし、殺気で遠ざけた事もあった。
馴れ合いなんて冗談じゃない。僕はそんなもの求めてなんかいないし、有り得ないけれどもし求めることがあったとしても、あんなへらへらした馬鹿女、絶対に御免だ。
それなのに、


「シンク師団長!」

「何?僕忙しいんだけど」


また、僕に構うんだ。何度振りほどいたって、何度突き放したって。しつこい奴は嫌いだよ。そう言ったら言ったで、目の前でただ、そいつは笑って見せた。

不可解な奴だ。煩くて鬱陶しくて馬鹿で懲りなくてヘラヘラしてて、ヘラヘラしているはずなのに一瞬、笑顔に影を落とすような。
別に、馬鹿女の過去に何があったかなんて知る必要も調べる気も何一つない。だから向こうも話そうとはしないし、まぁ話されたところで聞いてやる気なんて毛頭ない訳だけど。
ただ、こんな、神託の盾なんかにいるって事は、僕の大嫌いな預言を信じているんだろうってことだけ。

本当に嫌になる。堪らず溜め息を吐き出せば、馬鹿女は「シンク師団長、溜め息は幸せが逃げちゃいますよ?」と言って、間抜け面して笑った。

笑ってたんだ。それに僕が苛立って顔を背ける。先に歩き出せば慌てた様に後ろを着いて来て、益々苛々として――

それは、唐突に、終わった。


「ねぇ、アンタ、死ぬの?」


真っ白な空間で、真っ白な手がシーツに力なく横たわっていた。覇気のない表情。そう聞いてやれば、刹那はふっと笑った。任務先で、部下を庇った結果だと言う。所々に巻かれた包帯は、こいつの肌がいくら白いと言ってもあまりに異質だ。

"あっ!シンク師団長!!"


青白い血の気の引いた顔は、僕を見つけて走って来た時の赤みのある顔とは大違いで、


「ごめ、なさ …しだんちょ、」

「は?何が」


アンタ、なんかしたの?そう問うてやれば、馬鹿女はか細い息を吐いて、書類がまだ終わってませんでしたと、途切れ途切れに呟いた。その言葉を拾いあげて、改めて思う。


「ほんっと馬鹿だね。その程度で僕が困る訳ないだろ?」


本当、馬鹿だよ、アンタ。馬鹿女は――刹那は、そうですね、と苦く笑って、それから、もう行ってくださいと続ける。もう力がないのか、聞き取りにくくて仕方ない。アンタいつも煩いくらいだったのに、らしくないんじゃない?
僕は仮面の内側でそっと目を閉じて、ベッドに背を向けて扉に向かう。そろそろ会議か、面倒くさ…。そんなことを考えながらノブに手をかけたら、背中から小さく小さく、「御武運を、シンク様」そう聞こえた。僕は結局、振り返らなかった。


それから間もなくして、あいつは絶命したらしい。弱い、あまりにも脆過ぎる。
変わらない執務室に、あの煩わしい声は聞こえないし、一人でいる時、後ろから駆け寄る影もない。
もう二度と出過ぎたあの不味い最悪なお茶を喉に流し込むことはない。
丸っこい小さな字の書類に眉を寄せる事もない。
それは、ただあの馬鹿が来る前の日常に過ぎなかった。

けれどどうしてだろう。どこか、何か、名前など知らなくても確かに欠けてしまったものがあって、

「師団長、溜め息は幸せが逃げちゃいますよ?」

幸せなんて、知らないよそんなもの。けれど、空っぽの僕と違って数多の感情を知るあいつなら、このどうにも重苦しい感情の名前を簡単に言い当てることが出来るのだろうか。

あの馬鹿な女が僕に残したのは、苦々しく不愉快な、名前のない感情だけだった。



よならの


5000&6000 Thank You!

蝙蝠商店(小さな隙間)



20081103




あきゅろす。
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