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おとなりさん1
「こんなもんか」
 バコ、と膝に置いていた空の段ボールを潰して展開した。それを同じように開いている段ボールに重ねると、ビニールの紐でぐるぐるとまとめて結んでしまった。
 高校生の一人暮らしに荷物なんて少ないものだ。年齢を抜きにしても、土方は衣類だって必要な分しか持っていない。実家の部屋の物をすべて詰め込んでも少ない方だ。平日は基本制服で過ごしているわけだし、特に問題などなかったのだ。
 改めて、くるり、と部屋を見渡す。綺麗に磨き上げられた部屋。家具は最小限のものだけ。慣れないこの空間には、新鮮な気分も感じられる。軽く深呼吸をして、まだカーテンをかけていない窓の外を眺めた。すっかりと夕暮れ時。オレンジ色の光が差し込む。
 高校三年生に進級し、春休み。始業式前日となる今日、土方は新居に越してきた。今まで暮らしてきた義兄の家を離れて、一人暮らしとなる。
「これは古紙回収に出して……今日ご飯どうすっかな」
 なんか適当に一旦はコンビニで済ますか、などと考えながら、段ボールを玄関に立てて置いた。
 一人暮らしにしては広すぎる部屋。女性向け一人暮らし物件として提供された部屋ではあるのだが、少々落ち着かない。
 最後まで反対をしてきた義兄をなんとか説得をして、叶えた引越し。女の子が一人暮らしなんていけません、と言う義兄の気持ちはよく分かるが、しかしいずれはするべきことなのだから。それが早いか遅いか、ただそれだけの話である。なんとかして説得を続けた結果、引っ越し条件をつけられた。それは、あちらが指定するマンションで暮らすこと。
 在籍している高校からも、高校一年生の頃からお世話になっているバイト先からも、徒歩圏内で済む好立地。予定より広い部屋で、家賃だって安くはない。土方が考えていた家賃想定額よりもはるかに上回る結果となり、最初は遠慮した。しかし、義兄はここなら実家からも近いし、オートロックも完備されて、交番も近いからと譲らなかった。
 家賃は義兄が負担し、土方が負担するのは生活費。一人で暮らしていくというのに、ここまで支えてもらっては意味がないのではないか。そうは思ったのだが、ここは義兄の言う事を聞いておくしかなかった。
 当初は卒業してから一人暮らし、のつもりだった。それを早めてもらったのだから、これ以上の文句なんて言えない。
「あ、そうだ。もう帰ってるかな」
 今日、部屋の片づけをする前にさっそくご近所に挨拶に回っていた。八階建てのマンションに居住するのは、若い会社員から老人までと幅広い。近くに保育園、小学校と並び、そして一番近い老人ホームもバス停一つ向こうとさほど離れていない。交番が近所にあることから、治安も悪くない。平日の昼間に挨拶に対応してくれる人を見る限り、居住者は皆穏やかなもので、ここでも土方はホッとした。
 しかし、一軒だけ挨拶ができなかった。それがちょうど隣に住んでいるらしい住民。昼に回った時に不在で、まだ帰宅していないかもしれない。もしまだ不在と言うことであれば、夜にもう一度回ってみようと立ち上がった。
 挨拶程度の土産と部屋の鍵を持ち、玄関へと向かう。平日ということもあるので、もしかしたら働きに出ている可能性もある。その時は仕方ない、と土方は玄関の扉に手をかけた。――その時だった。
「やだぁ! 晋ちゃん開けてよぉ!」
 ほんの少し開いた扉の隙間から突然聞こえてきたのは、女の泣き声混じりの声。
 一体何事だと思い、土方は慌てて扉を開けたのだが、目の前の光景にギョッとした。
 化粧もさることながら、明るい色に染め上げた髪も服装も派手な女性、が隣の家の玄関をドンドンと叩いている。自分の丸いふくよかなスタイルなんかよりも何回りも細い彼女は、派手なオフショルダーの服をさらに肌蹴させて騒いでおり、もはや見るも無残な状態だ。あまりのことに絶句してしまったが、そんなどころじゃない。
 派手な女性が泣きながら叩くその扉。そこは土方が今から挨拶に行こうとしていた部屋だった。
 どうやら今は在宅しているらしい。だからこの女性はいるのだ。もしかすると、この女性が居住者かもしれない。しかし、これまたどうしたものか、と土方は頭を抱えた。
「ごめんってばぁ! だから機嫌治してよ、ねぇ!」
「あ、あの……」
「晋ちゃんってば!……ん? なに、アンタ」
 なに、と言いたいのはこっちなんだが。そう言いたくなる気持ちを堪える。女性は土方の声に気づいて振り返った。
 大きなカラーコンタクトに過剰な睫毛エクステのせいで強烈な目力。土方はくらりと眩暈がしそうになったのだが、土方はとりあえず「こ、こんにちは」と頭を下げた。
「あの、隣に今日越してきた者で……挨拶に伺ったんですけど、ここに住んでらっしゃる方ですか?」
 すっかり目元のラメも散ってしまうほどに涙で濡れている顔が悲惨だ。しかしここまで泣くなんて、喧嘩かなにかをしたのだろうか。
「え? あ、アタシじゃないですぅ。うーん、ちょっと待ってくださぁい」
 手を伸ばして、彼女はインターホンのボタンを押した。しかし、それに対応する気配が中から一切感じ取れない。
「もぉ、晋ちゃん! アタシはいいから開けて! お隣さんが来てるんだよ、晋ちゃんに用事だって!」
(げ、なんかすげー嫌な事してる気分)
 まるで彼女が部屋の中にいるらしい「晋ちゃん」と呼ばれる人物と仲直りするための、ダシにされている気分だった。だが、彼女のその訴えはさすがに聞き入れてくれたらしい。
扉からガチャリ、と鍵が開く音が聞こえてきた。
「っせぇな。とっとと帰れっつったろーが」
(うわ、なんだコイツ!)
 出てきた男を見て土方は言葉にはしないが、ギクリと身体を強張らせた。眼帯をつけている目を隠すように長く伸ばされた前髪。片方の露わになっている瞳は、不機嫌そのもので、場合によっては殺意すら感じられる。どう見ても人相も柄も悪い。服装はシャツにジーンズというところなのだが、鋭すぎるその目を見ると、この彼女がひたすら泣きついている姿を見て「よくできるな」と関心すら覚えてしまう。
 いや、見目としては悪くないのだ。おそらく女性にはとてもモテるのだろう、と推察できるルックスにスタイルを兼ね備えている。しかしながら、彼は本当にこんなマンションに住んでいいような堅気の人間だろうか。物騒に服を着せているようだ、なんて失礼なことを考えてしまった。
 嘘じゃん、このマンションは治安がいいんじゃなかったのかよ。よりにもよって隣人にこんな男がいるなんて、と土方は嘆きたくなった。きっとこの男を引越し前に義兄が見たら、この引っ越しは叶わなかったと思う。
「晋ちゃんに用だって。今日隣に引っ越してきた人!」
「あ?」
 突然振り向かれてしまい、土方はさらに緊張する。南無三、と持っていた紙袋を差し出した。
「え、あ、今日隣に越してきた土方です……その、これ、つまらない物ですが……」
 お近づきの印に、なんて、お近づきになりたくないと心の中で絶叫していた。
 泣いていた彼女よりもはるかに背が小さい土方(と言っても彼女は凶器レベルのピンヒールを履いていたのだが)は、おそるおそる男を見上げた。パチ、と目が合って、とてつもなく気まずい。彼は片目だけなのに。
 しかし一度その目を見るともう逸らせなくなってしまって、こうなったら負けて堪るかと、持ち合わせた負けん気でキッとその目を見つめた。なぜ初対面でメンチの切り合いをしているのだろうか。そんなこと、土方自身も分かっていない。
 相手の眼帯男は目の前にいる土方を見て少しだけ目を丸くしたのだが、すぐに「あぁ、」と答えた。
「そんなことも聞いてたな。……高杉だ」
「はぁ、どうも。すみません、今日ではなく明日改めた方がよかったですかね……」
「いやいい。このバカが勝手に騒いでただけだ。迷惑かけたな。……で、お前は帰れ」
「ひどい晋ちゃん、泊めてよぉ!」
 浮気したことまだ怒ってるの、と彼女は必死で眼帯男、改めて高杉に縋りついているが「却下」と冷たい返事を浴びせられる。というか浮気をしたのか、真っ向から彼女が百悪いじゃないか、と土方は呆れ返った。
 そして彼女をもはや人間として扱ってるのか聞きたくなるレベルで突き放す高杉は、彼女に目をくれずに、引き続き土方を見ている。そういえばまだ土産を手渡せていない。土方は慌てて紙袋を近づけると、高杉は黙って受け取った。
「そ、それじゃ失礼しました」
 そのまま光の速さで身を翻して隣の扉を開けて、部屋の中に入った。この時ばかりは、体型に似合わず反射神経のいい自分の身体能力を褒めたい。しかし、バタン、と扉を閉めると土方は扉にもたれて、そのままずるずると下に崩れ落ちた。
 引越し初日に、とんでもない奴の隣に越してきてしまった。正直、さっそく先行きに不安しか感じられずにいた。

◇◇◇

 おはようごぜぇやす、と声をかけられたのはマンションのオートロックの前。そこに幼馴染の姿があった。呼応するように「はよ」と返すと、土方は連れ立って表へと出た。
 爆発的インパクトの引っ越しから翌日。小中高と同じ学校に通う沖田総悟がここまで迎えに来てくれた。義兄が行ってやってくれとでも言ったのだろうか。正直兄に対して過保護な面があると否めない土方は、そんな予想を立てた。
「ここまで遠くなかったか?」
「いンや? いつもの道の途中ですからねぃ」
「為兄が言ったんだろ? お前朝練あるだろうし、面倒ならいいぞ」
「別に言われて来たわけじゃねぇでさぁ」
 今日は朝練ないし、と沖田は首を振る。自主的に来ただなんて、なにか嫌がらせでも考えているのだろうか。道中にもしかしたら落とし穴でも仕掛けられているかもしれない、と邪推してしまうのはきっとこの幼馴染の普段の行動のせい。なんか変なこと考えてないだろうな、と素直に問えば、沖田は目を丸くした後に溜息を零した。
 アンタは放っておいたら厄介なのにひっかかりそうですし、と沖田はぼそりと呟いたが、土方にはよく分からなかった。
 自分のような女がなにか厄介事になるなんてあるのだろうか。土方は少しだけ首を傾げて、「私また誰かに喧嘩売ったっけ」と思わず聞き返してしまう。正直いい子に生きてきた自信はない。売られた喧嘩は買う主義と、妙に腕っぷしの強い部分があることも踏まえ、今までなにかと喧嘩すること多かった。その仕返しが待っているというのはなんとなく想像できる。しかし、沖田はまた頭を振った。
 土方十四子、十七歳。あとひと月すれば十八歳となる。性別は女性。多少言葉遣いも荒く、手も足も早い部分はあるのだが、生物科学上も見た目も完全なる女である。
 変わっているところとすれば、生まれてからずっとふくよかな体つきであるということ。よく言えばぎりぎりぽっちゃりで済むのだが、はっきり言って一般的には「デブ」と評されるくくりにある。それは自覚している。細身の体型である沖田と並ぶと、それは顕著だった。背も低いせいで、よく後ろから小突けばころころとボールみたいに転がって行きそう、なんてことはしょっちゅう言われた。その度に言ってきた者を後ろから殴ってはいたのだが。
 胸ほどまで伸びた髪の毛をおさげに結わえ、セーラー服のスカートも膝下の基準値に合わせた丈を守り、ローファーだって踵も履き潰さずに使用している。あまりにも地味なほどに普通の姿。一見すると大人しそうに見えるのだが、いかんせん目つきが鋭く、第一印象はとっつきにくいとよく言われて来た。おかげで女子の友人は高校に入学するまではいなかったし、友人といっても、隣にいる沖田か、同じく幼馴染の近藤勲くらいしかいない。この目つきのせいでなにかにつけて不良の目に留まった経験があり、声をかけられるとすれば喧嘩を売られる程度で、だからこそ沖田の心配に厄介ごとに巻き込まれたかと心配したのだ。
「アンタ、今日からバイトでしょうが」
「まぁな」
「だから言ってんでぃ。変な男に引っ掛かりでもすりゃ、為五郎さん発狂しやすぜ」
「前からいるバイト先だぞ、なにが変わることあンだよ。それになんで私が男に引っかかることがある」
 ありえないだろ、と言うと、沖田は呆れたような表情になった。どうしてこの男はこんな目で自分を見るのだろうか。土方にはまったく分からなかった。
 だってそうだろう、と土方は自分のことを考えてみる。誰がこんなデブを引っ掛けようとするのか、と。不審者や夜道で女性を狙う犯罪者のターゲットは、わりと目立たず容姿が特別優れているとはいえない女性が多いとも聞くが、自分のような人間だとそれこそ相手の方が力負けしそうなものなのだから。だからこそ、喧嘩以外なにも思いつかないのだ。
 ところが、沖田からすると土方にはなにを言っても自分の真意が伝わらないと思ったのか、「それよりも」と彼の方から話題を変えてきた。
「今日からクラス替えありやすけど、噂じゃ、Z組のヤンキーと一緒になるかもしれねぇですぜ」
「え、そうなのか?」
「らしいですぜ。山崎が言ってやした」
 突然変わった話題ではあるが、土方は沖田から伝えられた情報に目を丸くさせた。土方の通う学校には、クラス替えはなかった。しかし生徒数の問題なのか、三年目にしてとうとうクラス替えが行われることになったのだ。
 さて、そんな沖田が話題にした「Z組のヤンキー」というのは、校内でも有名な生徒だった。
 別に学校内で悪さをしているだとか、犯罪に手を染めたとか、そんな不良行為をしてきた者たちではない。とにかく喧嘩にはめっぽう強い、という話で、近隣の高校からも恐れられている者たち、とまことしやかに噂されている生徒なのだ。
 四人存在し、全員男。しかもなかなか女子から人気がある、らしい。らしい、というのは土方も知らないからだ。話したことどころか、見たこともない。ヤンキー、というだけあって風紀委員だった土方にとっては目の上のたん瘤にも近い存在ではあるのだが、なんせ学校内で見かけることが極端に少ないせいで、注意することもなにもなかったからである。
(桂と坂本、だっけか。あの二人はわりと……つってもそんなだけど、見たことあっても、残り知らないんだよなあ)
 比較的、まだ自分たちの手に負える人物たちはいるにはいる。土方が列挙した桂小太郎、坂本辰馬の二人はそれぞれ委員会に所属している。意外だと思うが、桂も坂本はこれでも生真面目に月に一回の委員会会議にきちんと出席している。だからこそ土方も認識できる。だが、その他はまったくだ。
 土方は今年、風紀委員にはならないつもりだ。バイトでこれからの生活費などの工面の方が大事になってくるので、疎かにしないためにも委員会には入らないことを決めた。下手な喧嘩も買ったりしないで、大人しく品行方正に、そして卒業後にはきちんと就職ができるように、着実に高校生活を過ごしていこうと考えている。
(ま、関わることなんてないと思うけど)
 たとえ同じクラスになったとしても、噂の「Z組のヤンキー」と関わる理由はない。しかし、やはり平和に暮らしたい以上、できる限り教師に目をつけられるようなことはしたくない。一度不良から喧嘩を買った時に、教師に迷惑をかけた経験もある。とにかく数の中に埋もれてそっとしていたい。
 何事もなく、一年過ごせますように。土方は正門をくぐりながらそう祈った。


 人だかりの出来るクラス替え表が貼りつけられた掲示板をスルーして、沖田と共に事務員室近くで配られたクラス表を見て教室へと向かうことにした。ところが、クラス表を見ると、土方が配されたのはまさかの三年Z組。
「え、うそ」
「うそっつーか、俺もZ組ですぜぃ」
「え、じゃあ三年で初めて同じクラスになんだな。……あ、よく見りゃ近藤さんも山崎も同じだ」
 Z組になった、ということでギクリとしたが、考えても見ればクラス替えによりこれまでのZ組がどうあったかなど、関係がない話である。それに近藤とは一年の時に、山崎とは一年、二年と同じクラスに慣れたのだが、沖田とは高校生活一度も同じクラスになったことが無いのだ。最後の最後で幼馴染で揃うのは、案外嬉しいかもしれない。なんせ、気兼ねなく話せるのが彼らだけだからだ。
 三年の教室がある三階まで上がると、校舎の一番端に設置されたZ組の教室へと入った。するとそこには見慣れた顔が揃っており、すでに山崎と近藤もいた。ぐるりと見渡す限り、「随分個性が強い人間で固めたな」という印象だったのだが、無事に一年を過ごすことができれば問題はない。土方は、黒板に掲示されている席順を見て、自分の席を探した。
 土方の席は廊下沿いの列から二列目、後ろから二番目の席に配されている。どうやら苗字の五十音順になっており、沖田は窓際の後ろから二番目に配されていた。特等席じゃん、と喜ぶ一方で、近藤は窓際から二列目の最前列。可哀想に、と思いながら土方は苦笑して立ち上がり、沖田の席の方へと近藤も集まっていくので、荷物を置いて向かっていく。すると、土方の前を横切り、誰かが沖田の後ろの席についた。
「お、桂」
「ああ、確か沖田総悟だな。クラス替えが初めてなのもあるが、初めて同じクラスになるな。よろしく頼む」
「へーいどうも」
 先程までの会話もあって、桂がその席にいるということに少し気になりはしたのだが、土方は一先ず桂に向かって軽く会釈をした。すると彼も委員会で何度か会っている土方のことを憶えているようで、「土方も同じクラスか。世話になる」と声をかけてきた。相変わらず髪が長い、という安直な感想を抱きながら、「ああ、よろしく」と返す。
「それにしても、どうやらZ組はこれでは厄介者……ではなく、癖の強い人間をとにかく寄せ集めた、という感じだな」
 初対面にあたる近藤と山崎とも軽く挨拶を交わした後、桂がそうしみじみのたまったので、土方は首を傾げた。どういうことだ、と聞こうとすると、山崎が「クラス表、上から順番に見ましたか」と土方に配布されていた藁半紙を見せる。それは自分も持っているし、軽く確認はした。山崎も桂の言いたいことには気づいているらしく、「今回のクラス替えの目的はここですよ」と言った。
「多分、一般生徒よりも癖のある、生徒たちをなべて等しく見るには少々手に余る人間を、Z組に集約したんですよ」
「それはなんだ、俺も面倒ってことかよ山崎」
「や、土方さんのことを言ってるわけでは」
「いやアンタも含まれてやすぜ。忘れてねーでしょぃ、喧嘩して教師巻き込んだこと」
 それを言われて、土方はグッと詰まった。あの喧嘩は不可抗力の正当防衛とはいえ、土方は相手の男子を殴り飛ばした。それは事実として記憶にも残っている。確かに、厄介な曲者と言えなくもない。そして考えてみれば沖田も近藤も、この学校ではえらく目立つ存在だ。度合に大なり小なりあれど、おそらくZ組に配されるのはそういう理由があるらしい。
「まあ、だから……結局俺たちもそういうことなのだろう」
「え? 俺たちって、」
 桂が溜息を零して呟いたことに、土方が聞き返そうとした時だった。
「なんだよまたヅラも一緒かよ〜」
 出入り口から声がする。あ、と沖田が反応した。ちょうど扉に背を向けていた土方は、声のする方に振り返ろうとした。
「ヅラじゃない、桂だ!」
「なに、クラス替えっつーからもう雁首揃えなくていいと思ったのによ。結局高杉も辰馬も一緒じゃん。なんだこれ」
「朝っぱらからうるせぇよクソ天パ。とっとと退け」
「ってぇな、なにしやがるチビ!」
「ハッハッハッハ、初日じゃからって浮かれポンチも大概にしとけや金時ィ」
「お前俺に向こう何年銀時だって訂正させてぇんだよ」
 がやがやと途端に騒がしくなった出入り口付近に、周囲の目が集まる。アイツらは、と皆が囁き合う。
 Z組で二年間、四人組の厄介者として有名な者たち。土方も知っている。今聴こえた声だけでも、桂を含めれば四人。まさかあの、Z組きっての問題児が集ったというのか。せっかう平穏な一年を過ごしたかったのに、と土方は初めての有名な四人衆を見た。
「え」
「あ、」
 見て、固まった。が、直後に声を上げた。
「た、高杉、さん!?」
「お前、隣の」
 銀髪のふわふわした髪の毛の男の隣。制服の学ランの下に赤いシャツを着て着崩している、片目に眼帯を付けた男。
 思わず指を差してしまった。その上、うまく二の句が継げなくてただ口をパクパクさせるだけ。なんというか、なんといえばいいのか、真っ先に浮かんだ言葉は「この男高校生だったのか」という一言。自分より年上に見えていたのに。あとすごく人相が悪い。この人相の悪さは時間関係ないのか、と思わず感心する。
「え、なになに高杉、お前あの子と知り合い?」
「……隣人。昨日越してきた」
「え、マジで? 名前なんての? 俺坂田銀時ね。こんなちっこいチンピラが隣とかカワイソ〜。ていうかワンルームじゃなかった? 一人暮らし? うわ君ちっちゃ、身長いくつ? なんて名前? X子ちゃんって呼んでいい?」
 ずかずかと近づいてきた銀髪の男が、怒涛のように話しかけてくる。土方は思わず後ずさりしてしまった。こんなにいきなり自分の領域に踏み込まれたことなど、一度もなかったのだ。「こら、落ち着け」と桂が軽く嗜めるのだが、多分聞こえていない、というか聞いていない、というよりも聞く気がない。
「あ、あの、」
「なんの用でぃ、坂田銀時」
「お前それナンパのつもりか銀時、下手くそかよ帰れ」
 戸惑っていると、自分の前に沖田が立ちはだかった。続けて銀時の首根っこを力任せに掴む男。土方の隣人となった、高杉である。
「ちょ、なに! 同じクラスだから仲良くしよーとしただけじゃん!」
「金時ィ、それでX子っておまんオトモダチの作り方下手くそかあ、ハッハッハ」
 ただの悪口じゃ、と黒髪ではあるが銀時同様にくるくると跳ね返った髪のサングラスを付けた男がはっきりと言ってのける。X子ってなんだ、と言おうとしていた土方だが、どうやら真っ向から悪口(しかも初対面で一見しただけなので、見た目によるものと思われる)なので、聞くのをやめた。
「土方さん、この四人ですよ、噂の」
「…………うわ」
 個性のデパートか。山崎が耳打ちして教えてくれた情報に、頭が痛くなる。
「土方、このぽんこつが失礼をした。……この男は坂田銀時だ。そして後ろにいるサングラスの男が坂本辰馬、……は、知っているな。そして土方はどうやら先に挨拶をさせていただいていたようだが、そちらが高杉晋助」
「そうかあ、お前たちがあの有名なZ組の四人か! 賑やかな一年になりそうじゃねぇか」
 桂の紹介に対して、近藤がカラカラと豪快に笑い、持ち前の心の広さや懐の深さで、すぐに自己紹介を交わして他愛無い話を始めた。こういうことが平気でできるからすごい、と土方は近藤の人の良さに感心してしまうが、それより衝撃が頭から抜けきらない。
 まさか隣人の男が同じクラスになった。ということは彼も高校生にして一人暮らしをしている人間のようだ。それも自分よりも前から。そもそもこんなに有名な男であるはずなのに、知らない自分もどうかしている。とりあえず席に戻るか、と土方はその場からふらふらと離れた。
「………もしかして隣か」
 え、と土方は席に着いたところで固まった。隣の席からの声に振り返ると、そこには先ほども見た眼帯で人相の悪さがカンストした男。高杉に言われて思わず自分の鞄を置いた席と、高杉が手をついている席を見比べる。隣に並んでいる。
 まさかの、まさかすぎる。
「昨日、」
「え?」
「驚かせたな、悪い」
「い、いや………大丈夫だったのか」
「ああ、帰らせたからな」
 結局家には一歩も入れてやらなかったのか。そこまで頑なに追い返した辺りが見事だが、それよりも今の状況の方がついていけない。満を持して単身引っ越してきたマンションの隣人は、すこぶる人相の悪い男。そして人相の悪い男が驚きの高校生で、しかも同じクラスに。さらに彼は校内でも有名なヤンキーで、そしてその仲間も同じクラス。誰だろう、なにも目立ったことのない大人しい高校三年の一年間を過ごすぞと意気込んでいたのは。うん、自分だ。
「嘘じゃん………」
 嘘ならよかったが、なにを隠そうとても現実。土方は初めて「明日から学校通えるかな」と心配になった。



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