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ゴーストインラビリンス2

 土方が通う中学校のちょうど隣に児童公園がある。そこまで広くもない公園なので、利用するのは日中や夕方のまだ日が高いうちに子どもが遊ぶ程度である。公園の中心には滑り台などもあり、土方ほどの年齢の少年少女が好んでくることはあまりない。それも好都合だった。
 部活が終わる時刻が大体夜の七時頃と聞いており、金時の出勤時間を考えても、土方を迎えに行って家まで送る時間を考えればちょうどいい。基本金時は出勤時間が遅く、短時間でいかに稼ぐか、という勝負を毎晩している。
 土方と決めたのは、『しばらく一緒にいる時間を毎日短時間でも作る』というもの。それにはちょうど部活の終了時刻が都合よく、土方を迎えに行き、家の近くまで送り届ける中で今自分の周りがどうなっているかを教えてもらうことにした。あまりに状況が悪い事態になったら霊媒師に依頼をして、そして特に気になっている右肩のモノが消え失せれば打ち止めとしようということになった。
 土方曰く、右肩にいるのは三十代前半ほどの女性で、誰かの名前をずっと呟いては金時の肩を掴んでいる。たまに金時の顔を覗き込んでいるらしいが、その呟いている名前が金時とは聞こえないらしく、かといってきちんと呼んでいる名前が上手く聞こえないようだった。念のためにどんな姿か聞いてみたところ、髪形はボブほどの短いヘアスタイルで、細身の目の大きな女性だという。おそらく死に際は出かけているところだったのか、ばっちりと化粧をしているらしい。どうやら死んだときの状態で揺蕩っている状態のようで、彼女は足が無いのではなく、腰から下が無いらしい。それだけでも気分は悪いのだが、頭からも血を流しているという。
 そんなものを毎日見る羽目になって問題ないかと聞けば、「可哀想だなって思うくらいで、別に」と大分淡白な返事がやってきた。存外強かだ。
「金時さん、」
「あ、おつかれ」
 公園の柵にもたれていると、少し息を切らした土方の声が近づいてきた。走らなくてもいいのに、と竹刀袋を背負っている華奢な少年の姿に、遠い日の自分を重ねてしまう。
 どうして公園にしたかといえば、金時のいで立ちの問題だった。スーツに金髪、会社員と同列に並べるには少々厳しい派手な着こなしと手ぶらのせいで、いかにも「ホスト」然としている。そんな人間が学校の前で堂々と立っていたら注目の的だ。どんなにこの公園に人がいなくても、学校から出てくる人間は多い。この待ち合わせ場所は打開策を打ち出した結果だ。
「昨日と変わらないですね」
「マジで。どーよ、恨んだ面してる?」
「それなりに」
 それなりにやばいということ。金時は苦笑を零して、土方の隣を並んで歩き出した。まだ家までの道のりは知らないので、今日は道案内も兼ねている。たまに走り去っていく車の走行音が響く程度で、至って静かな通りだ。
「でも俺の顔何回か見てんのに気づかないってどんだけ似てんだよって思うね」
「もしかしたら、目がはっきり……あんまり見えないとか……。身体も欠損してるし、目もどうにかなったとか」
 憶測でしかないけど、と土方は言うが、金時は「なるほど」と返した。それはあるかもしれない。
 なにか変わったことがあれば教えてほしい、とは言いながら、金時は「部活はどう」と問いかけた。なにも幽霊ばかりが話題ではない。土方の行動で気になることは聞くつもりだった。未だに怪しんでいるつもりはないのだが、「幽霊が見える」という少年の行動はどこか気になる。それにこれだけ見目整った中学生も見たことが無い。どんな家庭で育ってきたのだろう、と不思議にも想う。
「部活は……いつもと変わらないんですけど、今年は入部者が少なくて、来年困らないように途中入部も募集してて。それで今日体験入部の案内でほとんどでした」
 土方は小学生の時から、幼馴染の祖父と父親が指南する道場で剣道を学び、そのまま中学生に上がっても剣道を続けようと至ったらしい。同じ学区で育ったらしい道場の息子と、道場に通う生徒たちも土方と同じ中学に入学して、剣道部に入部したようなのだが、やはり経験者が多い分初心者が寄り付きにくいのだろう。
 どうやら土方も、その道場の息子も強いらしく、大会にも毎年勝ち進んでいるようだ。そして一人、土方の幼馴染に飛び抜けた天才がいるようで、それに憧れて入部してくる生徒も少なからずいるのだが、あまり本気にもなれず、厳しい練習についていけずに退部していく者も多い。
「分かる分かる。俺の時も退部する奴結構いたわ。俺の入ってた部活の顧問はなんの影響か知らねぇけど、たまにうさぎ跳びとかさせんの。あんなもんでグラウンドなんか走れっかよ」
「金時さんがうさぎ跳びするんですか」
「途中で一周二周はちょろまかした」
 なんだそれ、と土方が薄く笑う。その様子に嬉しくなる。土方はあまり声を上げて笑ったりすることも少ないのか、わりと険しい表情をしていることが多い。後輩にも怖がられている、とちょっと寂しそうにしている様子が可愛いと不覚にも思った。
 綺麗な顔は必ずしもとっつきやすいとは限らない。あまりにも見目が整っている上に、あまり笑わないとなれば、「冷たいのでは?」と不安に思われてもおかしくはないからだ。だがその分、少し微笑むだけでもこちらは気分が高揚する。
「金時さんは、ホストになったのはいくつの時なんですか」
「二十歳。大学に行きながら最初はバイトでやってたんだ」
「仕事の時間、夜だったらしんどいんじゃないですか」
 俺、すぐ眠くなるから、と言う土方の案外子どもらしい一面に微笑ましくなる。確かに始めは夜の仕事というものに慣れずに戸惑いは感じたが、辛いと思ったことはない。
「女の子にいい気分になってもらうと、なんとなく男前になった気持ちになる。……って、分かんないよな」
「残念ながら……」
 なかなか伝わらないだろう。金時だって、不特定多数を日常的に口説く、なんてことはしたことがなかったから、きっとホストという仕事に従事していなければ、気持ちなど分かりっこないだろう。
「好きな人とかは?」
 話の流れで軽く聞いてみる。するとあろうことか土方の動きがピクリと強張る。いません、と返ってくると思っていた。だって、彼が誰かに懸想する、という印象が今は掴めずにいるから。
「………います」
 まさか、と。今度は金時の方が戸惑った。声変わりを迎えたばかりのハスキーな声で、ぽつりと紡がれるたった一言。その一言に、心臓が嫌なほどにざわついた。好きな人がいる。いや、中学生なんていてもおかしいわけじゃない。思春期の少年らしい回答だ。
 だが、どうしてもざわついてしまう胸の内に戸惑ってしまう。理由は分からないが。
「土方君ってモテそうだし、案外相手も好きになってくれてんじゃない?」
「……そんな」
 気まずそうに土方は薄く笑って、目を逸らした。
「相手にすら、されてませんから」
 まだ中学生の子どもの口からこんなシビアな発言を聞くことになろうとは。好きな人の話題、なんてもっとからかって聞きだしてやることもできた。しかしそれができないのは、彼が至極真剣な目で、厳しい状況を見据えているから。金時はそれ以上なにも言えなくて、「そっか、」とだけ返し、とにかく別の話題に変えようと日常のことに話を逸らした。
 彼が、相手にされないほどの相手はどんな人間なんだろう。
 土方を送り届けて出勤するまでの時間、金時は飽かずに考えた。彼は選んだとしても引く手数多だろうと思うほどに綺麗な見た目をしている。見た目で話をするなんて不躾かもしれないが、中学生くらいの時、金時にとって恋心の基準なんて可愛いか可愛くないかの二択だった。子どもが考え付く魅力なんてその程度だからだ。
(年上なのかもしれねぇなぁ)
 同年代に土方を相手にしない女子なんてそうそう思いつかない。どんな人間がいるのかも知らないが。だとすれば、彼が懸想する相手は彼よりももっともっと大人なのかもしれない。逆のパターンはなかなか考え付かないのは、中学生のようなデリケートな年代は、「大人」と「子ども」という区別に非常にシビアだ。なぜなら、自分が大人になりかけているから。自分より年下の、となると一つ年下、あるいは小学生。小学生なんて一層子どもに見えてならない。案外、年上に憧れを抱きがちになるのは、金時にも覚えがある。
 年上だったら、どんな人なのだろう。綺麗な人か、聡明な人か、優しい人か。いずれも備わっている人間かもしれない。
 店についてフロアに出てきてハッとした。なにをこんなに考えているのだろうか。自分にそんなことを考える義理も理由もないはずなのに。どうしても気にならないといけない相手でもないはずなのに。金時はガシガシとあちこちと散らかる金髪を手で乱暴に掻き毟り、重いため息をついた。


 ◆◆◆

「一人、減りましたよ」
 そう土方が言ったのは、彼と会ってから数えて五回目の時だった。土方を待ち、公園にいると、やってきた土方がキョトンとした表情でこちらを見ていた。こちらというよりも、左手の周辺を見て。
 マジで、と思わず金時もポカンと間抜け面になったが、土方はコクリと頷いた。最近よく目が合う人だった、と土方は語ってくれるが、少々薄気味悪く感じる。土方はどこまでも、「目がよく合うから気まずくなったみたいですね」と簡単に言ってのけるのだが。
 どちらにせよ減ったのはありがたい話だ。つまりは、土方とこうして共に行動する時間が増えるのは、方法としては良策なのかもしれない。見える人間がいるということは、幽霊たちも自分が生きている者から見られているという意識が備わり、身の振り方を考え始める。金時に憧れを持つ女性なんて、見た目が命だった。いかに余裕を持って金時を独り占めできるか、それが良い客への道。金時も変な客がつかないように、そういう女性が自分を好いてくれるようにと方向性を守り抜いてきた。
 しかしそれも、金時のことを金時だと思って付きまとっている幽霊のみに限り、金時のことを人違いで付きまとう幽霊に関しては、そんなもの知ったこっちゃない。まだいるかと聞けば、土方は吐息してから頷いた。ほとんど金時のことを金時と判別ができないほど、目も見えないらしいのに、熱心なことだった。褒めたくはないが。
「でも悲しいですよね、死んでまで追いかけてきたのに、辿り着いた先が別人だったなんて」
「土方君はそうやって幽霊にも同情できる人?」
「……同情、になるんですかね。でも、気持ちはわかります。虚しいじゃないですか。死んでからも忘れられずに彷徨ってるのに、相手は目的の人間じゃないんですよ。……ほら、」
 金時の右肩に送っていた視線を逸らして、土方は口元だけをゆるりと緩める。
「見えもしないのに、必死になって縋り付いて」
 どこか自嘲気味に言う姿は、妙に扇情的に見えて、金時はドキリと心臓を打ち鳴らした。
 


 翌日、土方の中学では遠足が予定されていた。その話を聞いていたのは二日前。だからこの日は部活もなく、まっすぐに帰宅をすることになるから会うことはできないと聞いており、金時も大人しく出勤時間に合わせて家を出た。きっとこんな日もあるだろう、と思いつつ、毎日あっていると少し寂しく感じた。
 その次の日は、従来同様に部活もあり、終了時刻も予定している通り。金時はいつもの約束通りに公園へと向かった。
 すると程なくして近づいてくる人の気配があったのだが、それはどうも一人じゃない。土方とすぐに判断ができた。遠くからでも整った身なりはパッと目を見引く。しかし、彼の傍には人がいた。土方と背格好の似た生徒かと思ったのだが、「金時さん」と聞き慣れた声がかかって、金時は土方が知り合いらしい中学生を連れているのだと理解した。
 すみません遅くなりました、と近づいてくる土方の隣に、土方よりも数センチ低い等身の少年がいた。
「へー、これが土方さんが最近ご執心っつうホストか」
「総悟、お前失礼な真似すんならさっさと帰れ」
 いつも聞いている丁寧に努めた敬語と違い、粗野な物言い。おそらく土方にとってこれがノーマルだと思われる話し口調を聞くと、傍にいる男子生徒は随分仲がいい相手なのだろうと推察できた。
 類は友を呼ぶ、と言えばいいのか。美形には美形が寄ってくる法則でもあるのか。総悟、と呼ばれた少年は土方と負けず劣らずの美少年だった。同じく竹刀袋を持つ体躯はしなやかで、学生服が良く似合う。金時ほど明るくはないが、栗色に輝く頭髪は見るからに柔らかく、土方の凛とした見目とは打って変わって、どこか可愛らしい印象を受ける爽やかなルックスをしていた。
「金時さんすみません、会うって言ったらついてくなんて言い出したから……」
「沖田総悟っていいやす。土方さんとは幼馴染で、同じ部活仲間でさぁ。いつもうきうきしながら出て行くから気になってねぃ」
 幼馴染で、とどこか強調されたように感じた。可愛らしい見た目、飄々とした物言い。ところがそれにそぐわないほどの、こちらを値踏みするような目。この目に覚えがある。
 牽制されている。金時は口元が引き攣りそうになった。
「うきうきなんてしてねぇだろ! 変なこと言うな!」
「なんでぇ、人一倍さっさと着替えるくせして。今までそんなことしなかったくせに。ったく忙しねぇから俺まだベルトつけれてねぇんですぜ」
「なら別についてこなくていいだろうが!」
 あまり友達でわいわい、という相手ではないようにも見えるが、土方と沖田は明らかに「普通の同級生」ではない。長く相手を知っている、幼馴染という表現がしっくりと来る間柄に感じられた。土方も沖田に対しては特に隠すこともなにもないようで、話し方もすべて自然。今まで上手く掴み取れなかった、土方の中学生らしさがここにきていかんなく発揮されている。
 ちらり、と沖田が金時を見る。その目に金時はギクリと肩を強張らせた。やはりそうだ。牽制という言葉に偽りなどない。焦りを感じた。沖田は自分に対して、明らかに「お前とは付き合いの長さが違う」と見るからにアピールされている。
「じゃあ今日は友達と帰る?」
 それでもいいよ、と金時はにこりと笑った。
(やばい、挑発に乗るところだった)
 沖田の目は明らかに自分を試すような目をしていたのだが、これで乗っかってしまったらホストが廃る。金時は平常心を取り戻して、土方に問いかけた。え、と土方が虚を突かれたように固まる。あくまでも、今の自分の表情は「懐の広い大人」である。
 我ながら自分が最低だと思った。明らかな沖田の挑発にまんまと闘争心や競争心を突かれてしまい、よくない嫉妬で埋めてしまいそうになったのだが、ここは自分が大人としての駆け引きをしなければと切り替えた。だから、あえて土方に選ばせた。元を正せば、自分が土方に対してお願いベースで切り出したことなのだ。選ぶ権利は、土方にある。
 だから意地悪な大人である自分は、どこまでも土方に決定権を与えた。
「……金時さんとの約束が先だし総悟は別方向だから」
 ここで、義理堅い土方が自分を選ぶことは火を見るよりも明らかな事実。土方の言葉に内心ガッツポーズした自分が本当にどこに出しても恥ずかしい上にみっともないほどに格好悪い。――子ども相手に、必死か。
 総悟早く帰れ、と土方は再度沖田に言い聞かせる。沖田は若干面白くなさそうに唇を尖らせて、「黙っててほしかったら明日焼きそばパン奢れよ土方コノヤロー」と言い捨てて、沖田はすたすた歩いて行く。その後ろ姿にホッとしたような土方の表情。
「いつも待っててもらって、ありがとうございます」
 改めて、土方から言われたのはお礼の言葉。凛々しい瞳は常からこうだと思うのだが、自分に向けてくれる時はどこか緩やかで、柔らかく見える、そんな気がする。
「ううん、いいよ。部活お疲れ様」
 行こうか、と背中に手を添えるような形で、土方を歩くよう促す。それに従って土方も歩き出し、いつものように並んでお喋りをする。
 今日は体験入部でやって来た生徒が仮入部してくれた、と話してくれる。だが沖田と練習試合を試しに行ったところ、まったく相手にもならなかったので、かなりショックを受けてしまっただろうし、明日ちゃんと来てくれるか不安だと年頃の学生生活の悩みを話してくれる。金時は自分の悩みを打ち明けることはない。あまりにも年が違いすぎる。
(言えるわけがない。不安だとか、孤独だとか)
 自分は、土方になにを期待しているのか。気づけそうだが、気づいてはいけないような気がしていた。
 馬鹿馬鹿しいくらいに必死な自分がいる。たかが子ども、たかが中学生、たかが霊感が強い人間。彼は自分の命綱だ、なんて名目は言い訳に過ぎない。そんなこと、金時にも分かっていた。自分がそんなもので土方を毎日毎日飽きずに迎えに来ていないことくらい。
 土方と別れてからも、しばらくの間沖田が自分に向けていた見事なほどの嫉妬を思い出しては胸がざわつく。こんなものに優越感を抱いている。その理由に気づきそうになって、何度も何度も呟く。
「幽霊、とか、とっとといなくなればいいのによ」
 早くいなくなって、土方と会う理由を必然的になくす必要がある。どうしてこんなにも焦っているのだろう。




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