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過去編



迷わず足を踏み入れた中庭。
男の俺が見ても分からない色鮮やかな花が綺麗に整備された噴水の周りを取り囲む様に咲き誇っている。
その中心に置かれたベンチに腰掛ける男。
校舎から見下ろした時よりも近くで見るその男は───…まるで消えてしまいそうな程、美しく、壊れそうな表情をしていた。

一歩ずつ歩む俺に気付いていないのか、一点を見据えて動こうとしない。
花に囲まれた男から目を離せずにいた俺は真っ直ぐその男に向かって歩いた。

「──…何してんだ、お前。」

男の直ぐ側に立ち、声を掛ける。
漸く俺に気付き顔をあげた男に、俺は息を飲み込んだ。
背筋に、ぞくりと電流のような物が走る。
初めて興味を持った物に、初めての感覚を持つ。

───…驚く程美しい顔の男だった。

数えきれない程、女は見てきた筈なのに。
それでも比べ物にはならない。
今までのどんな女よりも──…俺の興味を惹き付けた。


「…だ、れ…?」
「此処の理事の知り合いが家の親父で、その付き添い人。」

警戒した表情の男に微笑み、ベンチに腰掛ける。
突然隣に座った事に驚いた男は慌てて立ち上がった。
その手を掴んだ俺も男も同時に驚く。
掴んだ手首の細さにも驚いたが、何故自分がそんな行動を取ったのかも分からない。
目を見開く男を引き寄せるように再びベンチへと座らせた。

「あの…」
「暇なんだよ。付き合え」

戸惑う男に言って煙草を咥える。
歳は俺と変わらないだろう男は、そんな俺を黙って横から眺めていた。


「…まだ中学生なのに、煙草…」
「分かる?俺が中坊だって」
「うん…」


煙を吐き出しながら自分を嘲笑う俺に、男は僅かに笑みを浮かべる。
年相応に…なんて見られた事は無かった。
喧嘩ばかりして、顔に生傷が絶えずそして裏を知る俺は老けてみられがち。
それなのに、男は俺を中学生だと言った。
一目見ただけでそう言われたのは、もしかしたら初めてかも知れない。

「お前は?何年生?」
「一年…」

──確かに、幼い顔付きをしている。
美人だが中学生らしい顔。
男にしておくには、勿体ないと思った。

「じゃあ俺の一つ下だな…俺は仁堂和臣」

短くなった煙草を靴踏み消し、男に手を差し伸べる。
二つの双眸が開かれ真っ直ぐ俺を見据え、恐る恐る伸ばされた手を握った。

「…宮脇蒼です、和臣君」
「蒼ね、いー名前じゃん」

──…青とは違う蒼。
綺麗だと思った、本当に。
透き通るようなその双眸に吸い込まれてしまうのではないのかと、思う程…──。

「…いつも、女みたいだって言われるから…好きじゃない」

消え入りそうな声で言った蒼に、俺は眉間を寄せた。
名前と容姿を兼ねて言われているのだろうと、直ぐに気が付く事が出来る。

「そうか?俺は好きだけど。蒼って名前」
「………」
「綺麗だし、お前に似合ってると思うよ」

ベンチの背凭れに身を預け、空を見上げた。
隣で身を小さくした蒼は俯きながら顔を赤くしている。
俺の口から次々出てくる言葉に緊張しているのか、照れているのだろうか。

何も言わずに俯く蒼の頭の上に、何と無しに手を乗せた。

「…有り難う」

揺れる瞳を庇う様に視線を反らして、笑う。
───…そんな顔、出来るんじゃん。
俺が釘付けになってしまう程綺麗に笑う物だから、今度は俺の方が目を反らしてしまった。


「所でこんな所で何してんだよ。今日休みだろ?制服まで着てるし」


──ふと思い浮かんだ疑問を投げか掛ける。
蒼は何処か遠い目をしていて、俺の質問に口元を緩め息を吐いた。

「制服じゃないと校舎に入れなくて…部屋は、ちょっと…」
「寮なんだよな、此処の生徒。で、何で部屋帰れねぇの?」

唇に挟んだ煙草に火を点ける。
煙が蒼の方にいかないよう手で仰ぎながら、目の前に咲く花を眺めた。

「…同室の子が、友達来るからって」
「ふーん…」

同室者まで居るのかと、俺には無理な生活をしている蒼は凄いと思った。
随分と自分勝手な奴だとも思ったが、それは口には出さない。
其処までは、俺の口出す領域ではないと鼻を鳴らして蒼を横目に見た。
悲しそうな表情を浮かべながら、立ち上がり花が咲く花壇へと歩いて行く。
その背中を眺めながら、俺は煙を吐き出した。


「蒼、花が好きなの?」
「…うん。凄く落ち着くの、花とか自然とか見てると」


然程遠くはない距離から声を掛けると、返って来た声はさっきよりも幾分か明るく。
煙草を消した俺は蒼の元へと行き、花壇の中を覗き込んだ。
丁寧に植え付けられた沢山の種類の花。
どれを見ても首を傾げてしまうような初めて見る花の数々に、俺は苦笑した。

───…どの花なんかよりも、お前の方がずっと綺麗だ。

もし俺がそんな事を言ったら、蒼はどんな顔をするのだろう。
考えれば考える程、蒼は俺の興味を惹き付ける。








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あきゅろす。
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