過去編 9 必ず迎えに来るからと約束をして。 その日は深夜遅くに帰る事となった。 俺は直ぐに原因を調べる為、理事に連絡を取り次ぐよう親父に頼み込んだ。 頭を下げる時が来るなどと思いもしていなかった。 それは俺も親父も同じだったようで。 深々と頭を下げる俺の姿に、一瞬だけその場の時間が止まったようにも感じてしまう。 「────…ああ、私だ。速急に頼む…死人が出る前にな」 親父が表舞台で経営する本社ビルの最上階。 街を一望出来るガラス窓の前、父親の座る椅子がギシッと唸り声をあげた。 俺は頭を下げたまま、微動だにせず拳を握り締める。 ──…本当は、俺の力だけで何とかしてやりたい。 でも俺はどれ程意気がっていようが、同じ不良共の頂点に立とうが。 …所詮は餓鬼なのだ。 今はまだ、何もしてやる事の出来ない未熟者。 「仕事だ、和臣」 「……………」 「今日中には報告させる。今、お前は自分の任された仕事をしろ…分かったな」 絶対だった。 この男に逆らえる者など、誰もいない。 実の息子だろうと───…意見する事は許されない。 「……分かりました。」 必ず迎えに行く。 初めて欲しいと思った、男を。 握った拳を解きその場に膝を着いた。 俺の我が儘を初めて聞いてくれた親父に───感謝と忠誠の意を込めて。 自分に与えられた任務を果たす為、その場を後にした。 ******* 俺に伝えられた報告兼情報は、あまりにも信じられない物だった。 「…何だよコレ」 「宮脇蒼に関する調査報告です」 そんな事を聞いている訳ではないと、目の前にあったガラステーブルを蹴りあげる。 ガシャンッ!と簡単に割れてしまったテーブルは音を立て床に散らばった。 …手の中にある報告書がぐしゃりと握り潰される。 「……車出せ」 「和臣様…」 「出せって言ってんだろうが!」 黙って首を振る親父の秘書に怒鳴り声をあげた。 当たる人間を間違えている事は俺が一番良く知っている。 それでも何もせずにはいられない。 今直ぐ会いたい───…会って、地獄のようなあの場所から救い出してやりたかった。 「ボスからのご命令です…学園へ行く事は許されません」 「クソ…っ!!」 自由が無いのはお互い様だった。 俺も、蒼も、自由に生きる事は出来ない。 許されない───歪んだ人生。 行き場のない怒りは自分の拳を痛め付ける事しか出来なかった。 血が出ても骨が砕けても構わない。 ただ俺は────…蒼が欲しいだけなのに。 どうして其処まで執着するか分からない。 一目惚れという感情は経験した事がない俺を取り巻くのは、澱んだ想いだけ。 興味だけじゃない、蒼に対する気持ちを止める事が出来ないのだ。 初めて生まれた感情に流されるままの俺を、試している実の父親。 声を荒いで俺の名を呼ぶ秘書を置いて、俺は一人部屋を飛び出した。 迎えに行くと、約束をした。 蒼に会う為だけに俺は全てを投げ出す覚悟を決めて─────。 ******* 深夜何時かも分からないまま、俺は蒼のいる学園の前に立っていた。 携帯を片手にコールし続ける。 寝ていてても構わない、起こしてでも会いたい一心だった。 迷惑極まりない時間帯だと言う事だけは分かっていた。 「蒼………」 鳴り続ける呼び出し音が途切れる気配はなく。 乗って来たバイクに跨がり、煙草に火を点ける。 ───…蒼がこの学園に来たのは本当に幼い餓鬼の頃。 俺が初めて親父から刃物を渡されたであろう歳と同じ時だった。 両親は海外を転々とする生活の為、蒼をこの学園に入学させた。 常に成績は優秀で明るい性格、周囲からも評判の良い人間。 何の問題も無かった、あの事件が起こるまでは。 …集団に暴行を受けているのは報告されているのにも関わらず、学園は全てを揉み消していた。 それは蒼だけではなく、殆どの被害者全てがだった。 『死にたい』と蒼が俺の前で言ったのは、本心の叫び。 死を選んだ人間を何人も見てきた筈の俺でも、歯を食い縛る程胸が痛んだ。 こんな俺にも感情があると気付かされたのである。 俺に出来る事はないか。 まだ二度しか会った事のない存在を、救ってやりたかった。 「頼むよ…出ろ…」 何度目か分からないコール。 俺の携帯の発信記録は、一分置きに蒼の名前で埋め尽くされていた。 ≪≫ [戻る] |