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過去編




必ず迎えに来るからと約束をして。
その日は深夜遅くに帰る事となった。
俺は直ぐに原因を調べる為、理事に連絡を取り次ぐよう親父に頼み込んだ。

頭を下げる時が来るなどと思いもしていなかった。
それは俺も親父も同じだったようで。
深々と頭を下げる俺の姿に、一瞬だけその場の時間が止まったようにも感じてしまう。

「────…ああ、私だ。速急に頼む…死人が出る前にな」

親父が表舞台で経営する本社ビルの最上階。
街を一望出来るガラス窓の前、父親の座る椅子がギシッと唸り声をあげた。
俺は頭を下げたまま、微動だにせず拳を握り締める。
──…本当は、俺の力だけで何とかしてやりたい。
でも俺はどれ程意気がっていようが、同じ不良共の頂点に立とうが。
…所詮は餓鬼なのだ。
今はまだ、何もしてやる事の出来ない未熟者。

「仕事だ、和臣」
「……………」
「今日中には報告させる。今、お前は自分の任された仕事をしろ…分かったな」

絶対だった。
この男に逆らえる者など、誰もいない。
実の息子だろうと───…意見する事は許されない。

「……分かりました。」

必ず迎えに行く。
初めて欲しいと思った、男を。
握った拳を解きその場に膝を着いた。
俺の我が儘を初めて聞いてくれた親父に───感謝と忠誠の意を込めて。
自分に与えられた任務を果たす為、その場を後にした。




*******



俺に伝えられた報告兼情報は、あまりにも信じられない物だった。

「…何だよコレ」
「宮脇蒼に関する調査報告です」

そんな事を聞いている訳ではないと、目の前にあったガラステーブルを蹴りあげる。
ガシャンッ!と簡単に割れてしまったテーブルは音を立て床に散らばった。
…手の中にある報告書がぐしゃりと握り潰される。

「……車出せ」
「和臣様…」
「出せって言ってんだろうが!」

黙って首を振る親父の秘書に怒鳴り声をあげた。
当たる人間を間違えている事は俺が一番良く知っている。
それでも何もせずにはいられない。
今直ぐ会いたい───…会って、地獄のようなあの場所から救い出してやりたかった。

「ボスからのご命令です…学園へ行く事は許されません」
「クソ…っ!!」

自由が無いのはお互い様だった。
俺も、蒼も、自由に生きる事は出来ない。
許されない───歪んだ人生。
行き場のない怒りは自分の拳を痛め付ける事しか出来なかった。
血が出ても骨が砕けても構わない。

ただ俺は────…蒼が欲しいだけなのに。


どうして其処まで執着するか分からない。
一目惚れという感情は経験した事がない俺を取り巻くのは、澱んだ想いだけ。
興味だけじゃない、蒼に対する気持ちを止める事が出来ないのだ。
初めて生まれた感情に流されるままの俺を、試している実の父親。
声を荒いで俺の名を呼ぶ秘書を置いて、俺は一人部屋を飛び出した。
迎えに行くと、約束をした。
蒼に会う為だけに俺は全てを投げ出す覚悟を決めて─────。




*******



深夜何時かも分からないまま、俺は蒼のいる学園の前に立っていた。
携帯を片手にコールし続ける。
寝ていてても構わない、起こしてでも会いたい一心だった。
迷惑極まりない時間帯だと言う事だけは分かっていた。

「蒼………」

鳴り続ける呼び出し音が途切れる気配はなく。
乗って来たバイクに跨がり、煙草に火を点ける。

───…蒼がこの学園に来たのは本当に幼い餓鬼の頃。
俺が初めて親父から刃物を渡されたであろう歳と同じ時だった。
両親は海外を転々とする生活の為、蒼をこの学園に入学させた。
常に成績は優秀で明るい性格、周囲からも評判の良い人間。
何の問題も無かった、あの事件が起こるまでは。
…集団に暴行を受けているのは報告されているのにも関わらず、学園は全てを揉み消していた。
それは蒼だけではなく、殆どの被害者全てがだった。
『死にたい』と蒼が俺の前で言ったのは、本心の叫び。
死を選んだ人間を何人も見てきた筈の俺でも、歯を食い縛る程胸が痛んだ。
こんな俺にも感情があると気付かされたのである。
俺に出来る事はないか。
まだ二度しか会った事のない存在を、救ってやりたかった。

「頼むよ…出ろ…」

何度目か分からないコール。
俺の携帯の発信記録は、一分置きに蒼の名前で埋め尽くされていた。






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