矛盾の騎士 赤い影 目の前の男は依然として俺を覆うように壁に手をつき、そして首を緩く横に振りながらブツブツと呟いている。嘘だ嘘だ、と。 ここを抜け出すタイミングはいつなのかと悩んでいると、ふいに人の気配を感じた。暗闇で、しかもこの男に覆われているせいで目では何も分からない。だが気配は感じ、どんどん近づいてくるのは分かる。 …なんだろう、覚えのある感覚なんだけど。 その気配を探るため集中しようと顔を伏せようしたのだが、突然顎に触れられたせいで出来なくなった。具体的に説明すると、目の前の男の人差し指と薬指で顎をクッと上げられている。 レ「………なんだよ。」 盛大に眉を潜めて言うと、やつはニッと口角を上げて笑った。 「男でも女でも、お前ならイケる気がするんだよな。こんなに綺麗なのに何もしないとか、もったいないだろ。」 レ「あんたみたいなやつを自己中心的って言うんだな。」 「それは了承したってことか?」 レ「そう聞こえたのならただのバカだよ。」 呆れるように言ってやり、この男の手を退かそうとすると、手を掴まれて壁に押さえられた。逃れようと動かしてみたが、想像以上に強い力で動かすことも叶わなかった。縫い止めるように手首を持つ男は、ゆっくりと首元に顔を近づけてきた。 …ヤバい気がするのは俺だけか? 首に熱い息がかかるのを感じ、背筋がぞくりと冷える気がした。だが、なんで俺はこの状況でこんなに冷静に考えられてるんだろうと、自分で疑問に思った。今から何されるんだろう、と半ば他人事のように星空を見ていると、フッと自分に影がかかった。 レ「……?」 「…レイン?」 レ「あ……。」 上から聞こえてきた声に自然と反応した。独特のこの声音は間違いなく彼のものだ。俺に影を落としている人物を見上げると、月の光に照らされた赤髪の友人が怪訝そうな表情をしてこちらを見ていた。 ラ「…なに、してるさ?」 感情の無い声だ。それに疑問を感じつつ、今の状況を伝えようとしてはっとした。首元にはまだこの見知らぬ男が顔をうずめている。退かそうと力を入れてもやはり動かない。 レ「あんたいい加減どいてよ。てか誰なんだ、なにがしたいんだよ。」 ラ「…知り合いじゃないのか?」 レ「こんなやつ知り合いでたまるか。さっき目覚ましたら俺の頬触ってたんだよ、そしたらいきなり覆い被さってきて…。」 そう言いながらグイグイと手を動かしていると、その男はようやく顔をあげた。真っ直ぐに俺を見ると、そいつはにっこりと笑った。初めてこいつの顔を見た。思っていた以上に整った顔をしてたが、別にどうということは無い。 「ひっどいね〜、俺はこんなにもお前を想ってるってのに。」 レ「初対面の人にそんなこと言われても、ちっとも心に響かないよ。」 「あれれ、おかしいな。まぁ、本当はお前をもっと愛してやりたかったけど、空気の読めない通行人が来たからまた今度な。見せつける趣味はないから。」 レ「…………。」 ラ「……………。」 そう言うと、その男はチラリとラビを見てからどこかへ去っていった。唖然というのか呆然というのか、なんと答えるのが正しいのかわからなかった。 _ [*前へ][次へ#] [戻る] |