[携帯モード] [URL送信]
覇王様が破滅の光に拉致られた様です





流された。次元の狭間に。



そう気が付いた時には全てが終わっていた。愛に飢えた悪魔との決戦も、未来を憂いて全てを1つにしようとした闇の化身との対決も。それまでは確かに俺は十代の中にいたはずだ。間違いなく、勝敗を見届け、そして…そして?


「……シロ」


最後に見えたのは自分を引っ張りだそうとする誰かの手と、闇を呑み込まんとする白い光。頭が痛い。まだ破滅の奴は諦めていないというのか。だが、奴はこんなところに俺を放り投げて一体何をしたいのか露ほども理解出来ない…否、理解したくもない。反吐がでる。まあ、俺を殺すには絶好の場であることには違いないが。


次元の狭間は空間も時間も捻れた特異な場所である。黒く、白く、赤で、青な、黄色と、緑。視覚では決して捉えられない。以前、ユベルが異世界で消えた者どもを此処に閉じ込めていたはずだ。余りに長時間この場にいると、自身が時間と空間に溶けてしまい、存在ができなくなってしまう。特に『覇王』という名で十代から切り離されている今、肉体を持って閉じ込められた者たちよりも危険度は遥かに高い。元々俺という存在自体が希薄なのである。嗚呼忌々しい。早く在るべき場所に還らなければ、タダでさえその身に宿した魂のせいで不安定な十代に支障をきたすというのに。

だが俺は何処に行けばよいのだろうか。

狭間は狭間でしかなく、路など存在しない。行くべき場所が無いのだ。唯一、それぞれの次元に一瞬だけ擦った時、その場合のみどこかに繋がる。そのどこかは全く想像もできぬ場所でしかないが。だがこのままではこの空間に呑まれてしまう。選択肢など始めから無いに等しい。


「……十代に怒られそうだ」


思わず苦笑いが浮かぶ。俺もずいぶんと人間臭くなったものだと皮肉の笑みでもあるが。この場にいれば間違いなく消える。それならば多少強引にでも何処かの次元に避難せねばなるまい。例えそれが魂を削ることになろうとも。破滅の光、戻ったら塵も残さず闇に滅殺しててやる。



―そして黒は弾けた










『やはり物質には干渉できぬか』


半透明で床に足を着けずに浮遊する己の姿を見て思わずため息がでそうになった。肉体は持た無いが、今の格好は魂を基とした遊城十代そのままの姿だ。但し、眼の色は金色に輝いているだろうし、服は黒のハイネックに黒い綿素材のズボンだ。十代の赤は俺には似合わぬ。

そして今、誰かの家であろうマンションの一室にいる。何故マンションか判るかというと、窓の外を見たら地上からある程度の高さがあった、かつ、どう見てもこの部屋は人が(もしくは精霊かもしれないが)住んでる気配がする。そこにある文明器具を見る限り、遊城十代が存在する次元とさほど違いない、もしくは運良く元の次元に還れたのかと考えるが、あり得ないと首を振る。そんなに簡単に還れたら苦労はしない。とりあえずは次元の狭間から堕ちてきたこの部屋に少し興味が湧いたので辺りを見渡した。どうやら幼い子ども部屋のようで、色とりどりの玩具に某特撮ヒーローもののポスター、何やら奇妙な異形を描いた紙があちらこちらに散らばっている。


その中でも目を引いたのは学習机と思われるものの引き出し部分から漏れる闇の靄。悪意に満ちている訳ではないが、何処か歪んでいる…そのような闇だと言えよう(元々闇である俺は種別をつける事は造作もない) このような幼児の部屋に、なぜゆえ歪んだ闇があるのか甚だ疑問だが、いかんせん今の俺は物質に干渉できない故にモノに触れる事ができない。その正体を知るすべはないだろう。闇の根源は閉ざされた机の中にある。



―ガチャリ



不意に扉が開く音がするが、俺には関係無い事だと振り返るような事はしない。どうせ俺の姿を認めはできないのだから。それよりも、いい加減に打開策を考えなければ埒が開かない。と言っても『覇王十代』としての力など今となっては微々たるもので、次元を覆すすべなど無いに等しい。どうしたものだろうか……



「誰?」



幼い子どもの呟きが耳に入ってきた。『誰?』と言われてもこの部屋には今入ってきた者しかいないはずだが……と思い、はっと気付く。今入ってきた、というのは多分この子どもの事だろう。…もしや、俺の事が見えているとでもいうのだろうか?精霊でも無い、実体を持つわけでも無い、ただただ宙ぶらりんな状態であるこの俺を?



思わず振り返ると、そこには


「へっ?浮いてる…?俺の顔をした…幽霊っ!?」


栗色のキョロキョロとした瞳、そして濃い橙と焦げ茶のコントラストを持つ後ろにくせのあるように跳ねた髪の毛。ただし背丈は自分の腰ほどであったが、この子どもはどこからどう見ても、


『じゅう…だ…い?』


遊城十代の幼少時代であろう姿をしていた。


「スゲェ!!幽霊って俺の名前知ってるんだ!あーっ…でも足はちゃんとあるよなぁ浮いてるけど。しかも何で俺と同じ顔なんだ?生き別れの兄弟?それとも実はこの世に生まれてこれなくて俺の守護霊になった摩訶不思議な魂なのか?それともそれとも『黙れ。それ以上口を開くと俺は此処から出ていく』


煩い。本当に煩い。あまりにも興奮した幼き十代(多分確定なのだろう。さっき自分で認めていたし)は俺が言葉を発すると、慌てて自分の手で自分の口を塞いだ。……あまりそのようにきつく塞ぐと、息が出来なくなるような気がするのだが。


「十代、何をそんなに興奮しているの」


再びこの部屋の扉が開き、20代後半〜30代前半であろう女性が不機嫌そうに顔をだす。実際に俺自身は会ったことは無いが、おそらく母親なのだろう。十代は左手で必死に口を塞ぎ、右手の人差し指で俺の方を指す。だが、女性は指を指された方向(俺)を見ても頭の上に疑問符を浮かべるばかりだ。眉間にシワがよっていく。当たり前だ。見えている十代の方が可笑しい。


「ふざけてばっかりいないでちゃんと宿題をやりなさいよ。全くせっかく久々の休みだっていうのに、こうも騒がれちゃおちおち寝られないじゃない」


激しい口調でイライラも隠さずにまくし立てると、女性は足速に去っていった。その姿に十代は唖然とする。


「えっ…もしかして母さんには見えて無い?」

『俺にとっては俺が見える貴様の方が奇怪なのだがな』

「へっ?そうなのか?」

『貴様、俺が怖くないのか』

「いや全然」


あっかんけらんと言い放った十代はキラキラとした眼を俺に向けていた。普通なら、自分とよく似た存在(しかも透けていて浮いている)が目の前にいたらパニックを起こすものだと思うのだが、十代にとってはそうでは無いらしい。…無邪気というか、無防備すぎるというか、十代らしいといったらそれまでのような気がする。


「大体自分の事を怖くないのかーって聞く不審者なんて聞いたことないぜ」


そしてクスクスと笑う。まるで新たな玩具を与えられた子ども、という言葉がまさに当てはまりそうだ。


『そういうものなのか?』

「そういうものなの!なぁ、お前何て名前なんだ?」

『……名はもたぬ』

「あー…ひょっとして、幽霊になっちまったから、生前の名前を忘れちゃったとか?」


何故そうなる。


『覇王―まあ最もこれは固有名詞では無く通称なのだがな』

「ハオ?ふーん、面白い響きの名前だな」

『貴様人の話は聞いているのか。それに『ハオ』では無く『覇王』だ』

「いいじゃんハオで。覇王って何か言いにくいし」


自己完結してうんうんと頷く十代。…これだから子どもは苦手なのだ。自分だけの世界を持っていて、周りに合わせようとしない。だから、闇が入りこむ隙間などなく、子どもは純粋だと言えるのだが。


「にしても幽霊なんて初めて見たぜ。今まではっきりとした不思議な現象には会わなかったもんなぁ」


この言葉に、少し引っ掛かりを感じた。


『貴様、俺の事は見えていて、カードの精霊は見えぬのか?』

「カードの精霊!?何だそれ!!!」


思わず、という様子で十代は俺に飛びかかってくる。だが、実体を持たぬ俺に触れられるわけもなく、


ズシーン


『…アホか』

「いってぇー!!」


床と対面するはめになった。頭を抱え、ひーひー何とも情けない声をだす。軟弱な。


「そーか、そうだよ。幽霊に触れるわけねぇよなぁ」


どこか残念そうに呟くと、十代はよっと身を起こした。目尻にはうっすらと涙の膜が見える。


「で、カードの精霊って何なんだ!?」

『……その名の如く、魂の宿ったデュエルモンスターズのカードに憑く精霊の事だ』

「…今かなり説明はしょっただろ」

『フン。貴様に事細かに説明しようとも、そのちんけな脳ミソでは理解できるまい』

「勉強出来なくって悪かったな!じゃあさ、俺のカードにも精霊ってやつ宿ってるのか!?」


そう言うと十代は一目散に例の学習机の方向へ駆け出していった。闇の気配が一層濃くなる。引き出しから何かを取り出したかと思うと、また此方に駆けてきた。


「俺のマイ・フェイバリット・カードなんだぜ!」


そう誇らしげに差し出したのは上級レベルの悪魔族モンスター。


『…成る程な』

「え?何か言ったか?」


不思議そうな顔をする十代を放置して、俺は思考する。曰く、今の時間軸は何時なのかを。


『貴様が最近行った事で、一番印象に残っているものは何だ』

「は?いきなり何の話だ?」

『いいから話せ』


十代は考えこむ。とりおり「晩ご飯のエビフライ?」やら「給食のデザート?」などという呟きが聞こえてくるのだが…こいつの頭の中は食い物の事しか無いのだろうか。


「あっ、そういえば」


ふと十代が顔を上げる。


「先週だったっけ?カバ…じゃなかった、海馬?コーポレーションって会社が新しいカードのデザインを募集しててさ、俺それに応募したんだぜ!宇宙を悪から守る正義のHERO『解った、それ以上は喋らなくていい』…ハ、ハオから聞いてきたんじゃねぇか!」


憤慨する十代を尻目に、さらに熟考する。


ここは全ての転換地点だ。


今なら光に呑まれる前の悪魔もいるし、これから十代によってネオスペーシアンどもが創造される。ただ何も知らない十代は、それがもたらす悲劇を知らぬまま。少なくともここで俺が介入すれば学園生活最後の一年間の騒動は起こりえないはずだ。だが、俺はそのような面倒な事をしようという気があまり起こらない。十代を救う、というのはただの名目であり、結局のところ、救われたいのは俺の方だろうから。

多分、ここは限りなく枝分かれする平行世界の1つなのだろう。たまたま俺が堕ちてきた、というのはある意味作為じみたものがあるが、流石の破滅の奴もそこまで計算できまい。あれは闇とも光とも違うコトワリだ。


「なぁハオ。お前はどこに行きたいんだ?」

『何の事だ』


下から十代が複雑そうな顔で見上げてくる。さっきまで煩いほど騒いでいたというのに、急に何を。


「だって、何だか迷子になったような顔してるんだもん」


思わず心を読まれたのかとドキリとする。


「なぁ、幽霊にも帰る場所があるのか?」

『……還るところはある。だが、この次元の人物では無い』


今、俺は相当情けない顔をしているのだろうか。それを知るのは、目の前にいる幼き十代のみだ。


「俺もハオが無事にその人のところに帰れるように手伝いたい!」

『……は?』


突然、十代は声を張り上げ、そう宣言してきた。まるでカウンター罠が決まって相手に意表をつかせた時のような、晴れ晴れとした言葉であった。


『馬鹿者。貴様にそのような事ができると…で…も?』


そこで気付く。そうか、その手があった。ここにいるのはまごう事無く『遊城十代』という存在だ。だが幼きその身に宿すものをまだ自覚していないが、覇王の力を受け継ぐ者。ひょっとして、こいつの力を利用すれば俺の遊城十代の元に還れるのでは…?


『貴様、その言葉に二言は無いな』

「あ…うん、まあな」


余程俺の目はギラギラしているのだろうか。「やっべ早まったか?」なんて十代は漏らしているが、残念だったな。俺は俺の目的のために貴様を利用してやる……そう思う事で、少しは罪悪感を忘れたいだけなのかもしれないが。


『見返りはくれてやろう。貴様の中に眠る力の効果的な使い方だ』

「俺の中の…力?」


きょとんとした間抜け面で俺の目を見る十代。だがその顔も、みるみるうちに満面の笑みに変わっていく。


「すっげーっ!!何だか正義のHEROみたいじゃねぇか!俺、ずーっとそんな存在に憧れていたんだぜ!」

『……そのように憧れるようなモノでは決して無いのだが』

「いいじゃねぇか!細かい事は気にしないっと!よろしくな、ハオ!!」



太陽のような笑みと共に差し出された右手には触れる事はできなかったが、確かに今此処で協定が結ばれた。しかしこの時の俺は知るよしも無かった。この道程が途方もなく前途多難な道であることを。







覇王様による
遊城十代育成計画!





『…まずはそこでおぞましい嫉妬のオーラを垂れ流しにしている悪魔を十代に視覚させるところから始めなくてはな』





with ユベル











【参加企画】 覇王城再建計画








第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!