ランス×バショウ/ジョン様(6/1提出)





 透明度が高いのは検体を視覚的にもよく視るためで、その硬度はドサイドンの突進でもヒビひとつ入らないと言う。
 幻、伝説、などという言葉で称される能力未知数な生き物相手にも何ら不足はないクリスタル防壁だ。
 巨大な柱のような試験管に入れられたのは、可哀想な翡翠の龍。散々暴れ狂った体には何度も何度も電流を流され、幾分大人しくなった今も時折流れるそれが、火花の爆ぜる音を上げている。
 検体を照らす照明だけを残した薄暗い研究所で、“彼”は己の捕獲した龍を眺めていた。
 青白い光の反射するアイスブルーの瞳はまるで湖の水面が揺れているようで、銀灰の髪は青みがかり輝いて見えた。見る人が見たら、その光景は絵画のように美しかったことだろう。並の女性よりも整った顔立ちをしている彼が、今はどこか生気が消え失せ、よく出来た人形にしか見えぬのだから。

 しかし――知っている。彼もまた人間だということを。
 過去に失態を犯した、眼前の囚われの龍と同様哀れな存在だということを。

 ランスは知っていた。





「このような時間まで研究ですか?」

 よく通る声は、反響しやすい空間により一層響き渡る。
 ぴくりと肩を揺らし、彼は目だけをこちらに向けた。反射角度の所為なのか、その瞳は獣のように爛々と光って見えた。

「……指定時間外の部外者の訪問は禁じられている筈ですが」
「そうなのですか?それは失礼…」

 涼やかな声で受け流したランスは、かつかつと、階段を下りて来た。足音がひとつ、またひとつと近づく度に、バショウは体の向きを変え、光源から背いた瞳はただの仄暗い碧眼となった。

「…何か用があるのなら、すみませんが後日改めて――」

 とん――、と。
 クリスタル壁に背中を押し付けられたバショウは、僅かに目は見開いたものの、直ぐに目を細め眼前の“上司”をねめつけた。
 心持ちバショウの方が目線が高く、そうでなくとも“見下している視線”にランスは口角をミリ単位でつり上げた。

「放してください」
「逃げればいいじゃないですか」

 押さえつけている筈の手は、肩に添えられている程度。逃げるなり、抵抗するなり、すればいいのだ。
 照明で顔を真っ青に染めたランスは、視線を相手の後ろ――大分大人しくなった囚われの龍に注ぐ。
 そしてまた、バショウに目を戻すと、にっこりと微笑んだ。

「憐れだとは思いませんか?」

 後ろの検体のことを指していることはわかったが、バショウは眉を潜めただけで何も言わなかった。
 憐れか憐れでないか、滑稽かそうでないか――バショウにとっては関係のない話だった。これは“検体”で、対象物に何らかの感情を抱いたところで何になろう?
 ただ探究心があればよいのだ。それにバショウ自身は捕獲が仕事なだけで、研究等は作戦指揮者でもあったシラヌイ博士が行っている。探究心すらもバショウには必要ないのだ。
 バショウが同意しないので、「わたしは思いますけどね」とランスはくすくす笑った。

「そして、あなたにそっくりです」

 地鳴りのような唸り声が響いた。
 囚われの龍が鳴いたのだ。普段の咆哮からすればか細い羽音の如きものだろうが、それでも充分クリスタル壁を震わせる。まるで、人間に対する憎悪や憤怒が滲み出ているようだ。

「電流に身体を縛られて…」

 するり。ランスの指が、バショウの頬を撫でる。
 愛玩動物を愛でるような手つきにバショウは思わず顔を逸らしたが、ぐっと顎を掴まれ顔を正面に向ける他なかった。

「雷に逃げられて、さぞや悲しかったでしょう?――いつでも、わたしのところへおいで」

 つり上がった口角は、どこまでも冷ややかで。
 一層バショウに体を寄せたランスは、耳元に口を寄せ一言囁いて、最後に一度、愛しげに男の頬を撫でて体を離した。
 かつかつと去って行く後ろ姿を一瞥し、バショウは今までで一番顔を歪め、憎々しげに耳に手を当てた。
 全く馬鹿にしている――。





 いつでも、わたしのところへおいで。

「 かわいがってあげます 」




8



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!