ユウキ→ダイゴ/篠原様(6/4提出)



 穏やかな昼下がりのことだ。親しい友人の一人であるユウキくんが、トクサネの家
に遊びにきていた。
 一緒にリビングで、僕はコーヒー、彼はジュースを飲んでいた。たわいない話なん
かして、ありふれた午後だったのに。
「ダイゴさんって、独身ですよね」
「なんだい、急に」
 断定的な口調で言われて、僕は苦笑するしかなかった。
「独身ですよね?」
 念を押すようにユウキくんが身を乗り出す。思わず目をそらしてしまった。
 大の大人が昼間から、こうしてほかにだれもいない家に友人を上げているのだ。わ
かっているならなんで聞くんだろう。未婚であることを恥じているわけではないが、
妙に悔しくなる。しぶしぶ「そうだけど」と頷いた。
「どうして?」
「じゃあ婚約者とかいるんですか?」
「……」僕から質問する権利はないんだろうか。
 黒い大きな目は僕を見て動かない。答えるまでこうしているつもりなのだろう。
「いや。いないね」
 そうしてようやく「なんでそんなこと聞くんだい」と言わせてもらえた。
「指輪してるじゃないですか」
「ああ……」
 これか。僕はコーヒーカップを置き、自分の左手の薬指にはまる指輪を見た。ずっ
とこうなので忘れていたが、そういえば、この指は特別なのだった。いまどきの子ど
もはませてるなぁ。
「特に意味はないよ。装飾の一環」
 僕は両の人差し指と薬指にそれぞれ一つずつ指輪をはめている。約束を交わす相手
もいないのにあえて左薬指を外さなかったのは、まあ……
 顔を上げる。ユウキくんはじっと疑わしげな目をしていた。
 僕の父がデボンコーポレーションの社長であることは、この子も知っている。けれ
どまだ、その出自に付随してくるさまざまな面倒事を推測できるような年齢ではない
のだ。
 父は僕に関しては放任主義で、こうして父の住むカナズミから離れて暮らしている
ことや、身の固め方や仕事のことなど、あらゆることについてとやかく言ったためし
がない。見合い話を持ちかけてくることもなく、それはありがたいのだが、それでも
僕のバックを知って近づいてくる女性はいた。あるいは、知った途端に目の色を変え
る。僕自身には毛ほども興味がないくせに。
 そういうのうんざりなんだ。
「……魔除けみたいなものかな」
「魔除け?」
 ユウキくんが眉をひそめる。
 装飾を兼ねたカモフラージュ。これをして以来、女性に絡まれることがぐっと少な
くなった。左薬指のものを含め、四つの指輪はすべて同じデザインなので、女性たち
は意味を計りかねて、たいていなにも聞いてこない。彼女たちはプライドが高いため
に良識を忘れないのだ。
 独り身の自分の首を絞めているような気もするが、いまのところ結婚するつもりは
ないし、煩わしさが消えるほうがずっといい。
「僕はもてるからね。これをしていないと女性に襲われかねない」
「……ジイシキカジョー」
 あながち嘘でもなく言ってみたが、ユウキくんは信じるどころか呆れかえった様子
だった。うん。それでいい。
「あんたそれ、逆じゃないですか? もてないから見栄張ってんの」
「ずいぶん言ってくれるね」
 知らん顔でユウキくんはグラスに口をつけた。
 彼は大切な友人だが、まだ子どもだ。大人を取り巻くいやな事情をわざわざ教える
必要はない。
 でももし教えたとして、彼とならきっとなにも変わらない気がした。ユウキくんは
とても賢くて優しい子だから、僕の立場を理解したって、彼女たちのように僕を差別
したりしないだろう。むしろ、そんなくだらない理由ですかと、僕の矮小な心を笑い
飛ばしてくれるかもしれない。
「……ユウキくんみたいな子と結婚したいな」
 ぽつりと漏らせば、テーブルの向こうでユウキくんが勢いよくジュースを噴き出し
た。






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