ゲン×ヒョウタ/藍依様(6/9提出)
珍しい、とその時僕は思った。俯いてはいるけれど、確かにくうくうと健やかな寝息を立てている。アイボリーのテーブルで肘を突いて眠るこの人のこうも無防備な姿を見るのは初めてかもしれない。だって、この人は何時だってぴんと糸を張ったような緊張感を持っているんだから。
(……ゲン、さん)
起こしてしまってはいけない。声にならない息をすうと吐きながら、その頬へと手を伸ばし掛けて、止める。起こしてしまってはいけない、のだから。空を切った指が、宙を掴んだ。頬杖をついている彼の頭が、こくりこくりと揺れていた。
――奇麗な人だ。幼い頃には奇麗という言葉の意味すら理解出来ていなかったんだろうけど、今なら断言出来る。この人こそが奇麗と称するに相応しいものを持っているんだ。それが何なのか僕には表現する力が無いけど、憧れにも似た慕情に焦がれている事実だけが僕の脳髄から指先へと流れていった。
もしあのまま触れていたら、この思いは伝わってしまったんだろうか?
「そんなの、厭だなあ……」
僕はゲンさんと違って頭も誉められるようなものじゃあないし、間が悪いと言われるし、何より人の事が解る程聡明でもない。その割には言い訳めいた理論で己を守る事が簡単に出来てしまって、我ながら閉口するけど。
ぶちまけてしまえば、本当はただゲンさんに触れたいだけなんだ。化石が可愛いから触れたいのと同じ、この人の奇麗さに触れてみたい。それだけなら良かったのに、僕と来たら。
「何を考えているんだ……」
「何を考えていたんだい?」
「う、わわ!」
独り言に呼応する優しい声に、僕はみっともない声を上げた。こっ恥ずかしくて顔を直視出来ないけど、この人の事だから何時も通り読めない表情をしているんだろうなあ。そう思うと、少し悔しくなった。初めて見たあんなに人間臭いこの人を、もう少し見ていたかったのに。
慣れない状況に背中を向けて一人悶々とする僕の頭に、ふわり、と手が載せられる。そして、そのままくしゃりと頭を撫でられる。気紛れな行動に、僕は硬直した。
(……嘘!)
何時の間に立ち上がったのか知らないけど硬直する僕の隣で帽子を被っているその人の目が、僕をじいと見詰めている。眼鏡を越えて、まるで考えている事の全てを見透かされたような気がした。
否、既に見透かされていたのかもしれない。
「さて、それじゃあ行こうか」
ゲンさんはそう言って、未だ唖然とする僕の左手を掴むと歩き出す。機嫌良く鼻歌混じりの随分と楽しそうな表情もまた、初めて見るかもしれない。
彼特有の緊張感なんてものはもう存在しない、僕はぎゅうと左手を握り返した。
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