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宝物
風に鳴る君と戯れ(和魚結城様作)



しんと静まり返った部屋に、小鳥の囀りが届く頃。

カーテンから溢れる光で少年は朝を知る。

ベッドを出てたらまず湯を沸かし、ポットに注ぐ。

食パンにトーストを押し込んだら、顔を洗って、着替えをして、焼けたパンにはバターを塗って、レタスとベーコンを乗せる。

紅茶にはたっぷりのミルクを。

朝食をテーブル並べ終えたら鍵付きの棚にしまわれた小さな木箱を開けるのがヨハンの日課であり、小さな楽しみでもあった。

黄ばみがかった絹に包まれたそれを取り出し、窓の木枠に取り付けた金具に紐をかける。

窓をそっと開ければ風に揺れて、チリンチリンと可愛らしい音がするのだ。




「ヨハンが入れる紅茶は正直不味いな。英国紳士としてどうかと思うぞ。」

「お前なぁ・・・・勝手に飲んでおいて文句言うなよ・・・・・」

ランチタイムのこと。
キャンパスの食堂の一角にあるティーコーナーで適当にポットに詰めた紅茶は、大抵友人たちには不評だ。
美味しい紅茶を入れるにはこだわるべき点がいくつかあるが、ヨハンはそれらに時間を割くことに興味が無かった。
味音痴では無いし、不味いとも思っているが、いつもミルクを多めに入れてごまかしている。

「勉強大好きなヨハン氏には、世話好きな彼女が必要だな。」

「カーラとか、マルグリットは地味だけど世話好きそうだぜ。」

クラスメイトは事あるごとに女の話をする。
容姿も人柄も、ヨハンは人気がある方だ。
彼女も作らずフラフラしているのはよほど都合が悪いのだろう。
しかしそれもヨハンの興味対象外だ。
空になった皿とカップをトレーに乗せて早々と退散した。

授業の後はバスに乗り郊外へ出る。
草原と小高い丘ばかりの場所に、赤いレンガの大きい煙突が一つ。
手作りガラスの工房らしく、頑固そうな職人が5人、汗を流し仕事に打ち込んでいた。
ヨハンが明るく挨拶しても見向きもしない。
そんな男達の邪魔をしないよう、片隅に折りたたみの小さな椅子を置き、日が暮れるまでその様子をじっと見つめていた。
本当は同じように釜から熱せられたガラスを取り出し、思いのままに作品を作ってみたい。
だが以前から弟子入りを願い出ても「モヤシみたいなガキには無理だ」と蹴られ続けている。
実際体力を使う仕事ではある。
今できることは勝手に見て技術を覚えることくらいだ。
やがて日が沈み、職人が一人、また一人と工房を後にする。
薄暗くなった部屋の中で、炉の光だけが煌々と燃え上がり、ガラスを照らしていた。
ヨハンは時を忘れて見続けた。

「おい、ボウズ。あまり炎を見るんじゃねぇ。魅入られるぞ。」

聞きなれない声にヨハンはハッとした。
黒いヒゲを蓄えた一番ベテランの技師が珍しく話しかけて来たのだ。
最後の工程をやり終えたのか、黙々と片付けを始めている。
熱い所に長時間いたせいだろうか。
頭がぼぅっとして体も重い。
外は完全に星空になり、もうバスも終わっているだろう。
技師はヨハンの腕を引っ張り、強引に車に乗せると街まで走らせた。
着いたのは草原へ出るところの最初のバス停で、ヨハンの家からは遠かったが、歩いてそこまで時間がかかるほどでもなかった。
街灯がついているし、寝ぼけていなければ家までたどり着けるはずだ。

「あの・・・・ありがとうございます。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

ヨハンは深々と頭を下げた。
こんなに真夜中まで工房にいたことは無く、きっと帰りのバスが無くなっても放って置かれるものをばかり思っていたからだ。

「あのまま放って置いたら、炉に飛び込んじまいそうだったからな。さすがに死なれちゃ目覚めが悪い。」

「そんなことしませんよ。」

「どうだか。」

技師は低い声で疑わしそうに言うと、来た道を戻っていった。
よく似た建物ばかりで住宅街は迷いやすい。
だけども以前「物覚えが悪い奴は嫌い」と言われたから、家と学校と市場だけは必死になって覚えた。
帰宅して、朝入れた紅茶に温めたミルクを注ぐ。
生ぬるい上に茶葉と分けるのを忘れたので渋みが出すぎている。
呆けた頭にはちょうど良いのかもしれない。
それに、そこに時間をかけたくはなかった。
出かけにしまったそれをまた窓辺に吊るす。
夜風にそよぐ赤いガラスには、馴染みのない花と蝶が描かれ、紐の先端には自分で作った押し花のしおりがくくりつけてある。
以前は別の紙がつけてあったのだが、風化してしまったので取り替えたのだ。

『随分と遅かったじゃないか。どこで油売ってたんだよ。』

チリンチリンと鳴る音はどこか不機嫌そう。
瞬きすると窓辺には赤い着物を着た紅茶色の子が呆れた顔をして座っていた。

「・・・・・・・っ!!!」

『・・・ヨハンは馬鹿だからもう忘れたのか?』

「そ・・・んなわけ・・・あるかよ・・・・・!
ラベンダーが咲いてきたからそろそろかと思っていたけど、」

体が動かない。
チョコレートのような瞳と視線が合うと、炉の傍にいた時よりずっと熱かった。
柔らかな髪に触れてみたいのに指先一本動かせない。

「十代・・・・会いに、来てくれたのか?」

チリン、チリン
心臓の音と澄んだガラスの音がやけにクリアに聞こえた。

『馬鹿。自分が寝たことくらい気づけよな。』

「・・・・・ははは・・・・・・だよなぁ・・・・・・」

十代は夢の中でしか会えない。
幻といえどヨハンがいる世界には決して現れない。
それはずっと昔から変わりようがないことだ。
その上会えるのは夏の間。
夏が終われば、十代は夢にも現れてくれない。
冬の寒さも、月日が流れていることも、ヨハン毎日欠かさず窓辺に吊るして愛でていることも知らない。
夢の中でも、決して触れ合うことはできなかった。
現実でないと認識されるやいなや、夜だったものはたちまち塗り替えられ、
白い雲が浮かぶ青空が視界一面に広がる。
足元は水鏡のように空を映し、十代の鮮やかな色彩を引き立てる。
眠っていた体を伸ばし、着物の埃を払う仕草一つ一つをヨハンは嬉しそうに眺めた。

「十代は変わらず綺麗だな。」

『んー?ただの背景効果だろ?
ヨハンは老けたな。じいさんまっしぐらって感じだ。』

「後30年くらいは余裕で大丈夫だぜ!」

『サンジュウネンってどれくらいだよ。』

「俺と十代が出会って今までを三回くらいかな。」

『そっか。ならあっという間だ。』

「そんなことないさ。今までだって結構長かっただろ?」

『いろいろさせられたのは覚えてる。
するなって言ったのに新品の紐に変えたり磨かれたり、
中に花びら詰められたり・・・・
一番酷かったのは色水を入れられた時だな。
現実じゃしゃべれもしないの知ってて好き勝手しやがって。』

「あれは紅茶だぜ。いやぁ、入れたら飲めるんじゃないかと思ってさ〜」

『そういうところが馬鹿なんだよ。』

「殴ってくれても良かったんだけどなぁ。」

『呆れかえる性格だな・・・。』

十代の、ころころと変わる表情が好きだ。
時間が許すならずっと見ていたい。
祖父から贈られ、木箱を開けた瞬間から変わらない。
この気持ちが無くなった時は
自分が死んだ時だと思っている。

「いつか、殴れるようにしてやるから。
その時は思いっきり叱ってくれよ。」

『出来るわけないだろ。
どうせ気がついたら老けていなくなるんだ。
忘れて、思い出せなくなって、俺は真っ暗な箱の中で腐ることもできないのに、そのまま放っておかれるんだ。
馬鹿なヨハンにもらわれたばっかりにサヨナラも言えないだ、きっと・・・・・・・・』



ヨハンはため息をつく十代を見ていることしかできない。
十代が話している間に意識が薄れ、開けっ放しだった窓から朝日がさす。
いつもと変わらない朝が来る。
昼も夜も言葉を交わしあえたらと何度思ったことだろう。
十代も、自分の入れる紅茶を不味いと言うのだろうか。
十代の髪に似た色が見たくて、ヨハンはポットの湯を沸かしに行った。

今日は俺の方が遅起きだな

そう思うと、自然と笑が溢れた。

チリンチリンと、風と戯れるあの子に思いを馳せながら。







fin

和魚結城様から相互記念でいただきました!
シロの風鈴の精十代さんのネタを使ってくださいと土下座したところ、快く了承してくださりました。
ありがうございました!

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