宝物
雨の日は君と(ヨハ十/kotarou様)
しとしと。雨が降る。
薄暗い雨空の下、細い路地をヨハンは行く。
右手に藍色の傘をさし、左手にもう1本の傘を持って。
濡れた石畳を暫く歩けば、目的地となる古本屋の屋根が見えてきた。
そして、その下に佇む同居人の姿も。
「十代」
「……あ、ヨハン」
名前を呼べば、十代はパッと顔を上げてヨハンを見た。
その髪や服には濡れた跡があり、ヨハンは苦笑いしながら十代に傘を差し出すのだった。
「助かったぜ、ありがと」
「災難だったな。今朝の天気予報では、雨が降るなんて言ってなかったのに」
「ほんとだぜ。今日はお前が家に居る日でよかったよ、ヨハン」
ヨハンから受け取った傘をさしながら十代が礼を言う。
ヨハンも、返事をしながら十代の横に立った。
「じゃ、帰ろっか」
「おう」
簡単に言葉を交わして、2人並んで歩き出す。
雨のせいか、人は少なく町はとても静かだ。
ポツポツと、石畳に雨粒が落ちる音が当たりに響く。
その音は、十代達の耳にも届いた。
「なんか、走り出したくなるな」
「はあ?」
十代が唐突に言い出した。
ヨハンが器用に方眉を吊り上げ、首を傾げる。
「こんなに静かなんだ、走って騒いでも誰も文句言わないだろ」
「俺が言うっての」
「……ちぇっ」
ヨハンに企てを阻止され、十代が不満気に唇を尖らせる。
そんな姿にヨハンが溜め息を付く。
そのときだった。
「……ん?」
「どうした?十代」
十代が辺りを見回した。何かを探しているようだ。
「なにか聞こえる!……たぶん、猫!」
「猫?」
十代曰く、猫の鳴き声が聞こえるらしい。
だが、ヨハンにはそれが聞こえなかった。
「こっちだ!」
十代が走り出す。慌ててヨハンも駆け出した。
「十代!」
何本もの細い道が繋がる、小さな広場。そこに十代は居た。こちらに背を向け、しゃがみ込んでいる。
「ヨハン……」
十代がヨハンを見た。その腕には猫が1匹、収まっていた。
「猫……ほんとに居たんだ」
「この猫、連れて帰れないかな……」
「連れて帰るって……。」
十代がぽつりと言った。ヨハンは困ったように頭を掻く。
「家にはもうファラオが居るし……」
「せめて、雨に濡れないように何かしたい」
「十代……。」
十代の腕に収まる猫は、温もりを求めるように十代に擦り付いている。
「……濡れてる。拭いてやらないと」
十代が上着の袖で猫を拭う。濡れていた毛並みは次第に乾いていった。
そのかわり、十代の上着が水を吸い、さらに毛まみれになってしまったが。
未だ止む気配を見せない雨空を傘越しに見上げて、ヨハンが言う。
「十代、ずっとここに居るわけにはいかないぜ。もう行かないと」
「……わかってる……」
十代が、腕に抱いた猫を見詰めた。
何かを考えているらしい。
少しの間そうして、立ち上がった。
「十代?」
ヨハンが名前を呼ぶ。しかし十代は振り向かない。
十代は近くにあったベンチの元まで歩くと、背凭れの後ろに回り込み、再びしゃがむと傘を傍らに置いた。
「わ、バカ!濡れるだろ!」
ヨハンが驚き、駆け寄る。
十代はヨハンを気にすること無く、器用に片手で傘をベンチと石畳の間に挟んだ。
「……よし!」
しっかりと傘が引っ掛かり固定されたのを確認して、傘の中に猫を放した。
「……なるほど、雨避けか。」
ヨハンが呟いた。
頷きながら、十代がヨハンの傘に入り込む。
「おう。風も殆ど無いから、これで間に合うと思う」
ベンチの下を見れば、猫は乾いた石畳の上で落ち着いている。
「でも、あの傘いいのかよ」
「ああ。明日にでも取りに来ればいいし。無くなってても、別に良いよ。
それはそれで誰かの役に立ってるし、安物だし!」
ヨハンの問いに、十代は笑顔で返した。その笑顔に、ヨハンも頬を緩める。
「そっか」
「ん!」
短く返事をして、十代がヨハンの腕に絡み付く。
「へへ、相合い傘だぜー」
いたずらっ子のように笑う十代に、ヨハンは本日2度目の溜め息を付いた。
「今日だけだぞ」
そう言って、ヨハンは擦り寄る十代に頬を寄せた。
雨はまだ、止みそうに無い
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「PyropeGarnet」管理人kotarou様からいただきました
素敵なヨハ十小説をありがとうございました!
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